歯がゆいこと
さて、ヘスの城下町を歩いてみると、ある程度はサンタマリアと同じである。
違いがあるとすれば、基本的に商売をしているのが、ヒトであること。ヒトガタが奴隷として売られていることや、奴隷として理不尽な扱いを受けている様子である。
見た目がぼろぼろのヒトガタがいて、傷つけられている様子も見える。
その様子を見かねてか、わるものさんが俺の袖をつかむ力もどこか強く感じる。
サンタマリアの奴隷は、やや行動制限があったとは言え、小奇麗だったし、ライニングでは見る暇もなかったので、俺が知っている一般的な奴隷を見るのは、俺も初めてだった。
「女王であるクリス殿が歩いていても、この状態ですか」
ヒューリさんが苦い顔をして言う。この国のトップであるクリスさんが目の前で歩いていても、誰1人悪びれる様子が無い。これはこの国の日常なのだということだ。
「ええ、奴隷制度を認めてからは、ずっとこの状態ですから」
「? 奴隷制度って最初から無かったんですか?」
「ああ、それについては僕も知ってるんだけど、もともとね、ヘスはヒトガタを嫌うヒトの国って言うのは知ってるよね」
「はい」
「だから最初はたとえ奴隷でも近くにヒトガタがいるのは嫌って、全くヒトガタ自体いなかったんだよ」
「ああなるほど」
好きの反対は無関心。嫌いならそもそも近くにはおきたくないということか。
「だけどね。ヒトの数はヒトガタに比べてかなり少ないんだ。とてもじゃないけど国を運営するには人手が足りなくなって、それで、苦肉の策でヒトガタの奴隷制度を設けたんだ」
「そんなことを急にしたら、ヒトガタともめるんじゃないんですか?」
「そこが難しいところなんだよ。ヒトガタは逆に数が多すぎる。だから、奴隷でもヒトに買われないと生きていけない存在も結構いるんだ。現にトトトトッソには、ヒトガタしかいなくて、ヒトは全くいないからね。それで、貧乏な種族が奴隷としてライニングやヘスに捕らえられて、奴隷にされてるんだ。できることならサンタマリアで全員引き取りたいけど、それも簡単じゃないからね」
「なんかいろいろ複雑ですね」
人口のバランスから起こる問題。ヘスでは人手不足、トトトトッソでは人口が多すぎることによる居住地の不足。面倒である。
「実はこの奴隷制度ができてから、まだそんなに時期が経ってないんです。それで、不本意な形とはいえ、ヒトガタと接することになって、わずかながらヒトの認識は変わりました。私が兄の不祥事があったとはいえ、ヒトガタとの平等をうたいながらも王になれたのは、そこにも理由があります」
「え?」
「ヒトガタをそれでも嫌っている国民。ヒトガタを労働力としては必要としている国民。ヘスは大きくこの2派閥に分かれました。後者が何とか4割程度いるので、私は王になったんです」
「もはや面倒くさいですね」
「ええ、私を誹謗中傷するヒトもまだ多いですから。でも、王になったからには、サンタマリアのような国を目指せればいいと思うんですけど」
こんな雑談をしている間にも、やたら目線を受ける。
クリスさんには、嫌悪の目線が大目の、時々期待の目線。
ヒューリさんも同じような目線。
わるものさんには明らかな嫌疑の目線。
俺にはよく分からない感じだが、わるものさんがいつの間にか俺の手を握っていたので、やはり余りいい目線ではない。
わるものさんには、聞こえてくる言葉も、見えている景色も全てが心のトラウマを抉るものだ。
何のトラウマもない俺ですらあまりいい気持ちはしない。
見た目がでっぱりたちと変わらないヒトガタが、檻に入れられて値札がついていたり、ミスをして叩かれていたりするのは、やはりいい気はしない。
「わるものさん、大丈夫ですか」
「大丈夫だぴょん……」
俺は優しくわるものさんの頭を撫でる。最近は嫌がらないが、顔を赤らめたり、ちょっとツンツンした言葉を言ってくることや、耳がピコピコはねたりすることはあったが、今回は何も言ってこない。
俺にはこれくらいしかできない。
この奴隷が存在する問題は、それこそクリスさん1代の問題ではなく、何年もかけてようやく解決できる話だろう。
仮に俺にチートスペックがあったとしても、それは短期的な解決にしかならない。
それは分かっていてもやはり歯がゆかった。
わるものさんの気分が悪そうだったので、俺は先に城に戻ることになった。
だが、王族2人がいなくなったことで、余計にこちらへの目線が激しくなった。
ランク3でも巻いたろかな。でも奴隷の子に悪いしな~。
「そこのヒト。お話よろしいですか?」
「へ?」
何か全員遠巻きに見てると思ったのに、1人俺に話しかけてくるヒトがいた。
そこそこいい身なりをしたおじさんである。
「はい? 何ですかね?」
ニヤニヤした表情はうさんくさかったが、こちらに嫌悪感は向けていない。クリスさんの言ってた、労働力としてはヒトガタを見ている側のヒトかな? でも何のようだ?
「そちらのヒトガタはあなたの奴隷ですかね?」
「そちら? ああ、わるものさんのことですか。はい、一応そうです」
ここで細かい説明をsると面倒くさいので、なあなあに答えておく。
「よろしければお譲りいただけませんかね? 言い値を払いますよ」
「いや、無理です。大事な子ですし」
なんだ奴隷商人か。
「そうでしょうね。まずあなたはヘスの方ではないでしょう。それだけ奴隷がヒトに懐かれているのは珍しい。サンタマリアですら、めったに見たことはございません」
まぁ名前だけで、奴隷感0だしな。しかもヒトガタでもない。
「しかも兎のヒトガタ。いったいどちらで手に入れられたので?」
「兎のヒトガタは珍しいんですか?」
俺の質問に、その商人はしまったという顔をしていた。なるほど、兎のヒトガタはレアなんだな。不用意な発言をしなければ、安く手に入ったかもしれないという顔だ。いや、本当は知らんけどね。
「ご存知ないのに、兎のヒトガタを手に入れられているとは……。その価値を存じていないのでしたら、なおさら頂きたいところですが」
「そんなにですか」
「ええ、兎のヒトガタは、人前に姿を晒すのを極端に嫌がるので、ほとんどがトトトトッソに所属していて、奴隷として手に入れるのは不可能に近いです。能力も索敵に秀でていて、まず奴隷の身分に落ちることはありません」
そういわれると、猫とか犬とか牛とかのヒトガタは結構みたけど、兎のヒトガタはわるものさん以外見たことなかったな。
「ですが、繁殖能力が他のヒトガタに比べて少ないことや、体格が大きくなりにくいので、生き残るのに不利なので、数はどんどん減る一方。是非手に入れたいですね」
「いや、ですから断ったじゃないですか」
「そうですか……。私も無理は言えませんね。あなたはクリス様とヒューリ様との親交もあるようですから、何かトラブルがあったら、私がヘスに居場所を失う可能性もあります。ここは、余計なことは避けておきましょう」
何かトラブルになるかと心配したが、そこは根っからの商人のようで、リスクとリターンをきちんと計算できるヒトだったようだ。
「ただ、これは独り言ですので、耳を傾けて置いてください。兎のヒトガタは本当に貴重です。奴隷に人権があるサンタマリアなら問題ないと思いますが、ヘスやライニングを出歩かれるときはご用心ください。暴力に出るヒトもいるかもしれませぬ」
「何であなたがそんなことを?」
「自分の手に入らぬのであれば、他のヒトの手に入れたくないだけですよ」
「めちゃくちゃ正直ですね。ですけど逆に信用できます」
「ありがとうございます。私はヘスで商人をしておりますドレ-ヌと申します。もしよろしければ、奴隷以外にもいろいろなものを売っておりますので、ご縁がありましたら」
そう言って、ドレーヌは去っていった。
とりあえず、さっさと城に行こう。そういわれると、なんか周りの目線が怖い。嫌悪の目線だけかと思ってたら、欲望の目線まであったとは。
「ふぅ~。わるものさんすいません」
城に無事に戻ると、どっと疲れた感じがして、俺はふかふかのソファーらしきものに座る。
「どうして謝るぴょん」
わるものさんは俺の横に座って俺にもたれかかってくる。
「えーと、何か気分悪くさせちゃいましたよね」
「……最初からタジマくんは私に来るなって言ってたぴょん。タジマくんは何も悪くないぴょん」
「いえ、それでもです。俺がヒューリさんについていくことにならなければ、わるものさんもここに来ませんでしたよね」
「…………」
ぴょん!
俺がそう言うと、わるものさんが俺の前に立って、ジャンプして俺の膝に乗ってきた。
わるものさんがぴょんと言いながら、ぴょんと飛んだ訳ではないよ。ぴょんと飛んだだけだ。
「…………。まったく、どうしてそんなに優しいぴょん……、あなたはヒトなのに……」
「わるものさん……」
下からの上目遣いが半端なく可愛らしかった。俺は無意識に頭を撫でる。
「……、いつもいつも私の頭を撫でて……。私がなにも言わないのをいいことに毎日だぴょん」
「俺髪好きなんですよ。わるものさんの髪はサラサラで気持ちいいです」
「正直に言えばいいというものじゃないぴょん……。私を汚して楽しいかぴょん」
「嫌なら止めますけど?」
「嫌とは言ってないぴょん。鈍感野郎だぴょん」
「嫌じゃないんですね」
「髪フェチタジマくんが暴走しないように私が犠牲になってるんだぴょん」
もうそういうことでいいか。髪好きは事実だし、ほぼ毎日撫でさせてもらってるのは俺はありがたい。
「そういえば、あのドレーヌとかいう商人が言ってましたけど、兎のヒトガタって珍しいんですね」
「私は知らなかったぴょん。でも確かに自分とお母さん以外の兎のヒトガタは見たことがなかったぴょん」
「もし会えるなら会いたいですか? もしよければ、トトトトッソに行ってみましょうよ」
「それはいいぴょん。でっぱりたちがいれば十分だし、それに……」
「それに?」
「ヒトガタの国に、タジマくんが行くのは危険だぴょん。タジマくんには安全なところに居て欲しいぴょん。できるならそばに居て欲しいぴょん」
いつの間にかわるものさんは俺が頭を撫でていた右手をとって、わるものさんの頬に添えさせた。ほんのりと暖かく柔らかい感触が右手に伝わってくる。
「わるものさん……。俺も一緒にいれるならいたいです……」
「無理はしなくていいぴょん、居れる範囲でいいんだぴょん。タジマくんには帰るべき場所があるから、それまででいいんだぴょん」
「…………」
「…………」
ん? なにこの空気? 何か目を離せないんだけど。わるものさんも目を逸らしてこないし。
わるものさんの顔がどんどん近づいてくるし、えーと、これは。
「ただいまシュウジくん、明日のことについて相談だが……」
すると、ヒューリさんが部屋に入ってきた。
「あ、えーとごめん。一応ノックはしたんだよ……。まぁ、そうだよね。一緒に暮らしてるんだし、そういう関係にもなってるよね。じゃあ話は食事のときにでも」
「言い訳を聞いてください!」
誤解? はすぐに解けたので、良かった。いや、誤解でもないけど。ヒューリさんが入ってきてくれなかったら、俺は完全に一線を越えていたぜ。去ることが分かっている俺が、これ以上自分の存在意義を大きくしてはいけないのに。




