ヒトデナシの秘密と更なる問題
「ヒトデナシが差別を受けているという話は知っていると思う。北ではヒトがヒトガタを、南ではヒトガタがヒトを、程度は違えど嫌っている。だから、そのハーフが嫌われる。だけど、容姿はいいから、アクセサリーのようにされたり、過激派が相手なら一族が殺される。ここまでは知っているかな?」
「はい、大体聞いた話です」
「だが、疑問には思わなかったかい? ヒトとヒトガタがお互いを嫌っていないこのサンタマリアですら、ヒトデナシの存在が嫌われているのはどうしてかと?」
「ああ、そう言われれば」
なぜ疑問に思わなかったのか。
「それは、ヒトデナシの性質によるものなんだ。ヒトデナシそのものじゃなくてね」
「どういうことですか?」
「ヒトとヒトガタが子供を為すのは、それぞれが同じ種族で行うことよりも、ずっと難しいことだというのは知っているかな?」
「はい」
「まず、この時点で駄目なんだ。これはサンタマリアに限った話ではないが、魔物との戦闘や、どんどん多様化していく仕事。だから、人手はもっと増やさなければならないのに、跡継ぎ、つまり子孫を残すことができない関係は、国としては容認できないんだ」
「なるほど」
日本で言うところの、少子高齢化みたいなもんだな。
「それでもまだ、ヒトとヒトガタなら、頑張れば子を為せる。だが、ヒトデナシは、絶対に子供を為すことができないんだ……」
「!? まさかそんな……」
「残念だが、本当だ……。それこそ、奴隷身分に近いヒトデナシの経歴も調べたが、妊娠の情報は何1つない。そもそも、ヒトデナシには男でいうと、精子、女なら子宮がないのだ。だから、確率の問題ではなく、絶望的に無理なのだ……」
「……」
「これは、サンタマリアの国民は皆知っている。だから、ヒトデナシの存在は、わが国でもいいものとはされていない。だが、ヒトデナシである彼女たちは、一度見初めた男を失わないように、例外なく容姿は優れる。そして、その男に他の女性の影があれば、敏感に気づく。心当たりはあるだろう」
それはそうだ。ここ最近はそんなことばかりだ。でも、あの4人は家族としての幸せを得ることはできないのか。
「だからだ。ヒトデナシが増えるということは、それだけで未来の国力を減らすということにもなる。もちろんこのサンタマリアでも、種族的な嫌いを持っている存在が0とは言わないだろう。だが、本当の理由は、このサンタマリアのことを思ってのことだ。サンタマリアは現状でも、他の4国に比べて、国力は下がりつつある。サンタマリアが力を失えば、完全に平等に彼らが存在することはできなくなる。だから、サンタマリアを守るためには、ヒトデナシの存在を認めるわけにはいかない。それが、この国の国民が、ヒトデナシを嫌う理由だ。ヒトデナシがいれば、自分達の大事な国が失われるきっかけになってしまうから」
「それに、ヒトデナシがいるということは、皆がそれをわかってこらえているのに、我慢できなかった一部のヒトとヒトガタを禁忌を破ったということです。嫉妬や羨望の気持ちもあるでしょう」
「ああ、そのとおりだ。わが国では、ヒトデナシの存在は認めていないし、ヒトとヒトガタの婚姻も認めてはいないが、同棲までは止めることはできない。それは、お互いが平等に生活空間を維持するためには、規制できないことだ。結婚せずとも同棲すれば、そういうことともあるだろう。それを止めるなど不可能に近い」
「じゃあ、実際にはヒトデナシの存在を認めるのは」
「難しいだろうね。だから、でっぱりさんたちに渡したあの指輪を何とか多く生産して、存在をごまかすのが、今できる精一杯だ。他にも、ヒトデナシになんとか、生殖能力をつけるための研究、移民の受け入れ、労働環境の効率化、子供を多く作った家庭への補助金など、いろいろな制度を考えてはいる。これは、私が在籍している間に、なんとか成立させたい。ヒトデナシの存在が少しでも認められるようにしていきたいのだ」
「……、話を聞かせてもらって、ありがとうございます」
「ああ、でっぱりさんたちに優しくしてあげてくれ。せめて君が帰るまでは……」
俺はヒューリさんの話を聞いて、王城を後にした。
気持ちはすごく重くなったが、もう少し彼女達に優しくしてあげようと思った。
「シュウジくん、強制はできないが、ヘスに私は行こうと思う。ついてきてくれるか?」
俺の日ごろの願いもむなしく、勇者が魔王を倒す前に、別の問題が発生した。
「どうしたんですか?」
「私の目論見どおり、マイル王子は失脚した。だが、その後マイル王子の消息が不明になった」
「本当ですか」
「ああ、ついでに、リッキー殿の姿も見えないらしく、おそらくだが、最悪の事態を想定せねばならない」
「ヘスの研究所の話ですね」
「いずれにしても、クリス殿が即位するとなれば、ヘスの情勢は変わる。そのための挨拶という名目でヘスに行くことにはなる。それで、現状あのナナシに対抗できるのは、君の技しかない」
「不本意ながらそうみたいですね」
あの後、対抗策がないかをリアンにたずねてみたが、どうやらまだ試作段階で、明確な弱点は無いらしい。もともとナナシは、最初に命令をした相手のことだけは襲わないので、あえて弱点を決める必要性がなかったとのことである。
「危険なのは、リアン以外は、完全な意味でナナシの統制ができていないということだ。暴走が怖い」
「もちろんです。できれば嫌ですけど、ほっとけばサンタマリアに大量のナナシが来てしまう可能性もありますからね」
この前は銃で撃たれて、本気で死ぬかと思って、もう戦いなどはしたくない。
だが、現状対抗策がはっきりしていないままで、放っておいて、なんかしらの被害が出るのもなんとなくいい気持ちはしない。
面倒なことや嫌なことを避けた結果、より面倒なことや嫌なことになるというのは、日本においてもよくあることだった。早い段階で処理しておくに越したことは無い。
「分かりました」
「それでだけどね……」
「なんですか?」
「シュウジだけが危険にゃところにいくのは反対にゃ!」
「どうしても行くなら、私たちをつれてって欲しいぴょん!」
ヒューリさんに言われたのは、今回はでっぱり達を連れて行かないことであった。
「そうは言ってもな。ヘスは1番ヒトガタへの当たりが強い場所なんだ。それで疑いの目を向けられて、ヒトデナシってことがばれると、本当に大変なことになる」
特に、でっぱり、わるものさんの反抗はかなりのもので、普段騒がしいふろや、おっとりしたがらくたさんが止めに入るくらいである。
やっぱり、でっぱりとわるものさんは、ちょっと俺への依存が強いようだ。他の2人と違って、家族がいないからかな。もちろん、この2人がうらないさんとかなずちさんを家族のような存在として疑うことはなかっただろうが、そこは、そう言う問題ではないのだろう。
「ちゃんと帰ってくるからさ。俺はでっぱりたちが悲しくなるようなことはしないから」
「ヒューリさんの手助けもしたいにゃ。ヘスに私達が行けば、ヒトとヒトガタが仲良くしてるところも見せれるにゃ」
「いや、でも危ないしさ……」
「危ないと分かってるなら、なおさら1人で行かせたくないぴょん。タジマくんはもともとこの世界のヒトじゃないのに、命を懸けすぎだぴょん。いざとなったら、連れ返せるように、私たちも連れて行くほうがいいぴょん」
まぁ、それは一理ある。
俺はヒューリさんにかなり信仰していると思う。冷静になってみると、完全に他力本願人間だったはずだし、それも今は変わらないのだが、ヒューリさんに頼まれるとどうも嫌と言えない。
今回の冒険には、ヒューリさんとヒューリさんの部下しかいないわけだから、確かに俺が冷静に行動するために、あえて違う立場の彼女たちを連れて行くのは、理にかなっていないわけではない。
「それでも駄目だ。でっぱりもわるものさんも、もし何かあったら、俺が耐えれないから」
「…………」
「…………」
だが断った。
サンタマリアにおいて、彼女達は明確に差別を受けたことは無い。
俺は彼女達が好きだからこそ、そんな彼女達が傷つくところを見たくない。
「分かったにゃ……」
「分かったぴょん」
どうやら伝わったようで、2人も折れてくれた。
俺がついていく理由を考えると、ヒューリさんを絶対守らねばならない。正直自分1人でもしんどいので、彼女達を守れる自信がない。
いろいろ地位も名誉もくれた俺の能力だが、ここに来てもイマイチもてあましている感が強いので、自らの力量をいまいち理解できていないのである。だから、俺が守るから、と言えないのが悲しい。




