越えてはいけないもの
「リアン、やはりお前か」
「おや、疑われていたのですか? 私よりも怪しい動きをしていたのはかなりいたのですが」
「明らかな動きをしていれば、むしろ動きは読みやすい。それに彼らは失敗のリスクが、大きいことはしないさ」
「ヒューリさん、このヒトを知っているんですか?」
「ああ。わが国の大臣の1人であり、優秀な魔法使いの1人でもあるリアン大臣だ」
「中立だと怪しまれますから、どちらかといえばヒューリ様に属しているように見せかけましたがね」
「ユーキの周りにいるのは、良くも悪くも損得にうるさいが、リスクを嫌がる。嫌がらせはしてきても、テロや革命を起こそうとはしない。私の意見に賛同してくれているならば、それを理解できぬほどおろかではない。無論、リアン殿のことも警戒はしていたつもりだったが、さすがに、魔物を使役しているとは思わなかったよ。まさか魔王に魂を売っているとは、見下げ果てたものだ」
「フハハハハ! 私が魔物に味方をしていると? ヒューリ殿の目も曇ったものだ。私はあのような下劣な存在の力など借りぬよ。私の高尚な研究の達成には魔物は邪魔なだけだ。もちろん、ヒューリ様、あなたも邪魔です」
高笑いをして、冷たい目を向けるリアンというヒト。その目は、来るっているように感じた。
「そもそも何なのだ。お前の目的は」
「私の研究成果こそが、今回の襲撃の結果ですよ。これで世界中を制覇するんです。間違いなくあなたを殺せると思ってのですが。武器も魔法も効かない完璧な存在を作り出すことに成功したんですから」
「……ナナシ……?」
俺はふと先ほど頭の中にめぐった言葉を無意識につぶやいた。
「おや、ご存知なのですか。だからあなたは対策ができているのですね」
「?」
何のことか分からず、横のヒューリさんを見る。
「ヒューリさん!?」
ヒューリさんは、顔色を明らかに悪くして、肩を震わせていた。
「ま、まさか……。あの襲撃してきた魔物は……」
「お察しのとおり。あれは魔物ではございません。私が奴隷として買い取ったヒトガタに、特別な薬を投与して、永遠に動物に変身した状態のままで、戦い続けられるように作り変えたヒトガタですよ。確か、もう自分の名前すら思い出せなくなることから、『ナナシ』と呼ばれていましたね」
「だが、あの薬はずっと昔に作成が禁止されていて、作成方法も全て闇に葬られたはず……。作成どころか、それに関わる材料を購入や所持をしているだけでも、処罰の対象となるはず……」
「そうですね。サンタマリアはもちろん、ヒトガタを奴隷のように扱うヘスですら、この薬を使うことだけは禁じています。ですが、全く同じものをつくる必要はありません。材料を全て変えても、それに近いものを作ることは可能なのです」
「ど、どうしてヒトがそんにゃことをするにゃ……」
「おや、これはヒトガタの……、うーむ、いい素材になりそうではあるな」
「素材とは何だ?」
「簡単な話です。ヒトガタを実験道具にするのと同時に、ヒトガタはその実験の材料でもあるのですよ」
「貴様……、どれほど……」
「おやおや、怖い怖い。まぁ、サンタマリアは一旦あきらめましょう。私もあまり数はまだ作れていませんし、あの魔方陣もまだこの王城の辺りしか出せません。それに対して、これほどうまく対応されるとは思いませんでした。では、私はヘスに戻って、また実験に明け暮れようと思います。ヘスは奴隷が容易に手に入りますから……、グハァ!?」
「な、なんだ?」
「グァァ? 詠唱に集中できない!? なんだ、オェェ!」
俺はいつの間にか、リアンに自分の技を撃っていた。
「シュウジくん?」
「シュウジ?」
2人が驚いたように俺のことを見ている。俺はいったいどんな表情をしているのだろう。
俺は間違いなく怒っている。だが、なんか体の全てから体温が抜けてしまったかのように、心は冷たい。
「き、貴様! 何をした!」
「何って、俺の能力はこれですよ」
「これって……。こんなので、私のナナシを倒したのか!」
「まぁ、俺も驚いてますけど。自分の能力が、俺の意思よりも強いことが多くて」
俺はこの世界に来てから、いろいろ驚かされているけど、1番驚いているのは、まぎれもなく自分の能力だ。
「シュウジくん。君の能力は……」
「黙っていたことは謝ります。でっぱりも悪い。俺の能力は、めちゃくちゃ簡単に言うと、とにかく異臭が出るって言う能力だ」
「で、でもそれだけじゃないにゃ。だって、ドラゴンに勝ってるしにゃ」
「そ、そうだ。泥魔を倒せているし、ただそれだけじゃないだろう?」
「いいえ、これだけです。応用は意外と利きますけど、基本的にはこれだけなんです。たとえば、こうやって、汗をぬぐって、指をはじきますと」
「グゥ……、息が苦しい……、なんだこれは」
「とまぁこうなるわけです。魔物とかヒトガタは、ヒトよりも嗅覚が敏感なので、多分絶命に至ったんです」
「…………」
「…………」
ヒューリさんとでっぱりが俺を無言で見ている。
こういうのが嫌だったから能力を隠してきたのに。
でも、どうしてもこの男が許せなかった。
俺はヒューリさんを支持してはいるが、王として戦う以上は、綺麗ごとではないことももちろんあるだろうし、その汚い手によって、ヒューリさんが負けることが合っても、それは気持ちのいいものではないが、仕方の無いことでもあるとは思った。
だが、このリアンのやり方は違う。
ヒトガタのしての尊厳を奪い、ただ道具として使う。それは、越えてはいけないラインを間違いなく超えていることだ。奴隷制度とはわけが違う。存在そのものの否定でしかない。
「ぐぅう! ものども! こやつを倒せ!」
リアンが叫ぶと、どこからか兵士が現れて、押し寄せてくる。
「今は、俺はあんたと話したいんだよ……、オリジナルフェチ! 対象変化」
オリジナルフェチについても、説明書は確認している。
この技は有効範囲の大きさもすばらしいが、対象を選ぶことにも優れている。
何もしなければ、さきほどのように、フェロモンと同じような効果になる。
だが、もう1つ使い方がある。
『対象変化、了承しました。ご使用者様に害意がある相手のみに、効果を特定します』
「ふぐぅ?」
「おぇぇ?」
「うわっ、何だこれは!」
入ってきた兵士のうち何人か倒れる。
どうやら、ここでの騒ぎを聞きつけて、ヒューリさんの兵士も一緒に入ってきていたようだ。見た目じゃ分からんから、この技を使っておいてよかった。
「ヒューリ様! ご無事ですか!」
もっとはやく来て頂きたかった。
「大丈夫だったのか!?」
「はっ、到着が遅れて申し訳ございません。ですが、これは……」
「詳しいことは後で話す。倒れている兵士をひっ捕らえよ。私の暗殺と違反の薬物の所持、使用疑惑だ」
「かしこまりました」
ふぅ、これで大丈夫か……。
「シュウジくん」
うーん、顔が見づらい。
「は、はい」
「ありがとう、また助けられてしまったね。しかも今度は国だけでなく、僕自身まで」
「え、ええ」
「どうしたんだい? そんなに浮かない顔をして」
「えーと、あんまり俺の能力よくないじゃないですか……。これがライニングを追い出された理由ですし」
「そんなことを気にしていたのか? 全く、君はどこまで自己評価が低いんだ」
ヒューリさんに呆れ顔をされる。
「でも、俺は剣を使ったり、魔法を使ったりできるわけじゃないですし、かっこ悪いですよ。回りに迷惑かけますし」
「いやいや、何を言ってるんだ。ちゃんとその能力を理解して、自制して、それでヒトやヒトガタを助けているのなら、それは名誉なことだろう」
「ですが……」
「シュ、シュウジはすごいにゃ。能力を聞いてちょっとびっくりしちゃったけど、私達に、それをh回に思わせたことはにゃいし、むしろ守ってくれたにゃ!」
でっぱりも俺のことをかばってくれる。
「でっぱりさんの言うとおりだ。少なくとも、私はその能力に助けられている」
「そうですかね……」
「うむ、自信を持ってくれ。それでも不安なら……」
「危にゃいにゃ! ふしゃー!」
「で、でっぱり?」
でっぱりが突如変身して、俺の横を抜けていった。
「この! ヒトガタ風情が!」
振り向くと、右手に拳銃らしきものを持ったリアンがこっちを狙っていて、その右手をでっぱりが引っかいていた。
「お前から死ね!」
「にゃー!」
そのままでっぱりの前足をつかんで地面に叩きつける。
本来ヒトガタは戦闘力は高いのだが、そこはどこまで行ってもヒトデナシ。それに戦ったことなどないので、回避力も防御力も無かった。
そして、変身が溶けて、気絶した状態で倒れているでっぱりにその銃口が向けられる。
「やめろー!」
俺は無意識にでっぱりの元へ走った。
何も考えず、とにかくでっぱりを殺させないことだけに、意識は向いていた。
パン!
「痛ってぇ!」
俺とでっぱりの距離は遠かったから、本来なら間に合わなかった。
だが、リアンは運よく? 俺が走ってくるのを見て、俺に狙いを変えてきた。
その微妙な距離感か、はたまたリアンが拳銃の扱いに慣れていなかったのか、俺を殺すつもりがなかったのかは知らなかったが、拳銃が打ち抜いたのは、俺の左肩であった。
「インフェクトラ1!」
その大量の流血を利用して、俺はインフェクトラを使った。
良く考えると、インフェクトラを使ったら、ダイレクトフェチの効果がなくなってしまうので、今無力化している、他の兵士が無事になってしまうのだが、そんなことは考えられず、ただ、でっぱりに手を出そうとした、目の前の男が許せなくなった。
インフェクトラは対象が1人であることから、その苦しみ方はオリジナルフェチの比ではない。
「ウグァァ!」
まるで、この世のものとは思えない声で、もだえ苦しみ、気絶をした。
ところが、自身のにおいで、再び目を見開く。
「うぐっ!」
そして、またその臭いで意識を取り戻す。
インフェクトラの効果は、最近説明書で確認したのだが、俺の相手への意識次第でも効果の違いがある。
ヒトが死なず、魔物が死んだのは、そういうところもあるのだろう。
「でっぱり! 大丈夫か!」
そんなことはどうでもいい。とにかく気絶しているでっぱりが心配だった。
「うにゃぁ……」
俺が軽く揺らすと、目を覚ます。
良かった。浅い気絶だったみたいだ。でも頭を打ってたっぽいから心配だ。
「頭痛くないか? 自分の名前分かるか?」
「にゃあ……。大丈夫だにゃ……。って、シュウジの方が大変にゃ!t 血みどろにゃ!」
「へ? うわ、そういえばめちゃくちゃ痛い!」
頭に血が上っていたのか、痛みとか忘れてた。言われて傷口を見たら、痛みがあふれてきた。
「リフレッシュ!」
「あ、ありがとうございます」
ヒューリさんが魔法をかけてくれて、痛みが少し和らぐ。
「魔法での治癒は一時的なものだ。ちゃんと医務室で治療しよう。でっぱりさんも一緒に来てくれたまえ」
「あ、はい」
「シュウジ、大丈夫にゃ?」
「いや、よく分からん。銃で撃たれるとか生まれて初めてだしな」
そして、生涯最初で最後であってほしい。
「ヒューリ様! 全て対象を鎮圧完了いたしました! けが人多数で、重傷者もいますが、幸い死者は0人。魔物もヒューリ殿を狙っておりましたので、民間人には、被害は及びませんでした!」
「そうか、ご苦労であった。すぐに皆に説明に参る。けが人を医務室にすばやく搬送せよ。不足するようなら、民間の協力も得てくれ」
「はっ」
「シュウジくん、でっぱりさん。私も手が空き次第すぐに様子を見に行く。まずはゆっくり療養してくれ」
「はい、ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちだよ。シュウジくんの頑張りとでっぱりさんの勇気に私はまた救われたんだ」
そして、シュウジさんは再び国民の前に行き、俺は兵士に連れられて、医務室に案内された。