戴冠式と危機
「では、この度より、ヒューリ=サンタマリア皇太子をサンタマリア帝国の帝王といたすことをここに宣言する」
いろいろ長い手続きはあったが、結局は王冠を前の王様から、ヒューリさんに渡すだけの流れである。
ヒューリさんのお父さんであり、前の王様であるカナス=サンタマリアは、見た目はヒューリさんがそのまま成長して、ひげを蓄えたようなヒトで、ヒューリさんと同じカリスマ性を感じた。
ぶっちゃけ言うと、無駄に長いものだから、お経を聞いてる間みたいな、妙な倦怠感はあったが、でっぱりは行事を見れて興味津津なようで、目をきらきらさせてその儀式を見ていた。何か俺が恥ずかしい。正直座ってて、腰痛いし、眠いし。俺は将来結婚式とか葬式とかに出ても、腰痛いとか眠いとか言ってんじゃないかと今から不安になる。
「では、これから王城の門の前の中庭に来てくださった国民のために、新皇帝ヒューリ様の演説をさせていただきます。戴冠式にご参加いただいた方も移動をお願いいたします」
よっしゃ、やっと立てる。腰痛い~。
「さてと、俺の配置は……。割と近いな……」
招待状を渡したときに、もらった配置は、ヒューリさんが演説を行う場所である城壁の上の回廊のすぐ横に立っている塔の内側だった。いざとなれば、ジャンプすれば、すぐに回廊にいけるような場所である。
「うにゃー。また特等席にゃ」
「でっぱり、出番はないと思うけど、一応今度は本物の護衛だからな」
「分かってるにゃ。ちゃんと静かにしてるにゃ」
「お、ヒューリさんが出てきた」
ワァァァァァァァ!
ヒューリ様! ヒューリ王! ヒューリ様!!
ヒューリさんが姿を見せたとたん、大歓声に包まれて、耳が割れるようであった。
「うにゃぁ」
俺より耳がいいでっぱりもそれは感じたようで、耳をぺたっと畳んだ。何それ可愛い。
「皆さん、こんにちは。本日よりわが父でもあり、先王でもあるカナス=サンタマリアより、皇帝の地位を譲り受けました、ヒューリ=サンタマリアです。本日は、ご集まり頂き、まことにありがとうございます。
現在、私達の国であるサンタマリアは、周りの4国にはない、ヒトとヒトガタの平等をうたうことにより、独自の発展をして参りました。しかし、それは本来当然のことであり、隣国で行われているお互いを差別する状態は、あってはならぬことです。サンタマリアの国民の皆様は、わが国の進む道に対して、協力的になっていただいております。ですが、わが国の政策に反対し、あくまでもどちらかの優位を示すことこそが正しいと考えて、国力を大きく戦争に向けている他の4国に比べて、わが国の兵力は大きく劣っており、戦いを避けるために、サンタマリアから出て行ってしまわれるヒトやヒトガタも数は少なくありません。これは、私達の責任でもあります。戦争は正しいことではありませんが、本来正しいことをしているわが国が、戦闘力が低いがために、暴力で淘汰されるようなことはあってはなりません。わが国は、かつてのように強くならねばなりません。戦争のための強さではありません。戦争を起こさないための強さです。それには、少なからず犠牲もあるかもしれませんが、現在、ライニングに勇者召還されたということもあり、魔物の侵攻がより強くなることは、容易に予想されます。今は、わが国のように、ヒトとヒトガタが協力し合い、その脅威に耐えねばならないときです。わが国がこの大陸の中心となり、皆を正しい道に示すために、是非国民の皆様のご協力を頂きたいと思っております。もちろん、ヒトとヒトガタを平等に扱う以上は、ヒトデナシという差別されている存在もなくさねばなりません。全てがわがサンタマリア帝国の仲間です。まだ18歳の若輩者ですが、皆様の協力があれば、成し遂げられないことは無いと思っております。かつて、この世界は、サンタマリア帝国が1度1国で統一しております。昔の私達ができて、今の私達ができないことはありません。全力で全てに取り掛かっていきますので、よろしくお願いいたします」
パチパチパチ!
拍手と大歓声に覆われて、ヒューリさんの公演は終わった。
「すげーな。あんなに良く話せるもんだ」
内容はもちろんだが、それ以上にカンペ的なものが何もないのに、よくすらすらと話せるものだ。日本の国会議員だって、何か読みながらしゃべってるぞ。
「ちゃんとヒトデナシのことも言ってるにゃ~。みんにゃの前で言ってくれたにゃ」
でっぱりに至っては感動している。多分俺より理解してるな。いかんな、テレビとかだと下に文字出るし、すぐにネットとかで、言った事を聞きなおしたりできるから、瞬間的な聴覚力が落ちている気がする。現代病だ。
「しかし、何事もなく終わったな。やっぱライオネルさんの考えすぎじゃないのか?」
もう戴冠式が終わり、後はヒューリさんが城の中に戻って終わりだ。
「にゃっ?」
しかし、笑顔だったでっぱりが急に真面目が表情になり、耳と尻尾を逆立てる。
「どうした?」
「嫌な気配がするにゃ……」
「何だって? 一応警戒しとくか」
でっぱりが気づくということは、他のところで待機しているヒトガタの護衛も何か気配に気づいているはずではあるから、大丈夫だとは思うが。
『な! なんだあれは!?』
『空に急に緑色の魔方陣が?』
『と、とにかく逃げろ!』
すると外が騒がしくなる。その音を聞きつけて空を見上げると、確かに空におおきな円状の魔方陣らしきものが浮いている。
「なんなんだあれは? あ、何か出てくる?」
フシャー!
ギャオオオン!
ガルルルルル!
「ま、魔物か?」
魔方陣から出てきたのは、10数匹の獣だった。
『ヒュ、ヒューリ様を守れ!』
『落ち着け! いくら魔物でもこの数なら押し切れる!』
『わが兵の実力を見せ付けろ!』
『われわれも手伝おう!』
だが、そこはさすが熟練の兵士。すばやい陣形で、魔物を取り囲む。そこに、どうやら俺と同じ助っ人もいるようで、あっという間に取り囲む。
「お、いい感じいい感じ、じゃあ俺はヒューリさんのところに行こう」
ヒューリさんは急いで内側に引っ込んでいた。この場所からなら内側を通って、戴冠をしたところに迎えるはずだ。
「いくぞでっぱり」
「ええ、大丈夫かにゃ?」
「見た感じちゃんと守ってるから大丈夫だろ。それよりも、ヒューリさんが心配だ」
「分かったにゃ」
でっぱりを連れて、俺は王室に向かった。
そのまま特に問題なく王室の前にまで来れた。よし、ヒューリさんは無事……。
グラァァァァ!
「え?」
今の声は王室からだよな……。
「ヒューリさん!」
考えるまでもなく、俺はドアを開ける。するとそこに飛び込んできたのは、10人近い兵士が血を流して倒れていて、今にもヒューリさんに襲い掛かろうとする魔物が1体いるという状態だった。
ヒューリさんは俺に気づいておらず、何か本を見て唱えていた。
「モシャンヒース!」
ヒューリさんが何か唱えると、手からおびただしい量の氷の刃が飛び出して、魔物を襲った。
「お、さすがだ。これなら……」
と思ったのだが、魔物には、刺さるどころか傷1つなく全て跳ね返されてしまう。
グルァァ!
「くっ!」
次の魔法を唱えようとするが、その前に襲い掛かってしまう。
「セパレートランク2! 血は出せないから、唾液と汗であわせ技!」
ここまで走ってきた汗と唾液を混合して、指ではじく。
とにかく暇な日々が続いているので、割りと説明書を読む時間はある。
最近、合わせ技もあることが判明し、それは純粋に威力を上げることができることも実験していた。
「グギャァァァァァ!?」
あ、攻撃をやめてひっくり返った。いやだから、何で効いてんだよ。よほどさっきの氷の魔法のほうが殺傷能力あっただろ……。
いや、とにかく効いてんならいつものあれだ。連続指パッチン。
俺のおなじみの技で、魔物を内側から異臭で襲い、そのまま倒してしまう。
毎度のことながら、爽快感が全く無い。
『パララ~、レベルが80になりましたー』
お、また上がった。まぁその辺は後でいい。
「ヒューリさん! 大丈夫ですか!」
まぁそれよりもヒューリさんを助けれてなによりだ。
「あ、ああ、ありがとう。やはり君は頼りになるな」
「えーと、あのー」
「なんだい?」
「ヒューリさんが無事なのはすごく嬉しいですし、頼りにしてもらえるのも非常にありがたいんですが、ちょっとこれは距離が近すぎませんかね?」
ヒューリさんは、俺の右腕を両腕でがっしり抱きしめて、顔も息がかかるほど近い。
俺は正常なはずなのだが、男のヒトに抱きしめられてドキドキしまった。
「あ、わわ、悪いすまない申し訳ない! ここまで命の危機を感じたことは無かったのでな。私はなんだかんだで、武術も魔法も鍛えていたつもりだったからな」
普段クールで、冷静沈着なヒューリさんのあわてる様子……、可愛……。可愛いじゃない! 俺はノーマルノーマル! 越えちゃいけないラインはあるんだ!
「シュ、シュウジ? 何で頭を壁に打ち付けるにゃん?」
俺が急に暴走したので、でっぱりが心配して止めてくれる。
「い、いや、ちょっと冷静になろうと思って……」
「? よくわからにゃいけど、シュウジは冷静だったにゃ」
「全くだ。10人があっという間に倒されて、私の魔法が手も足も出なかったこの魔物を2撃て倒してしまうとは、やはり勇者だな」
無駄にまた俺の評価があがる。いや、本当に臭いだけなんですけど……。
「ヒューリ様! 逃げて……、ぐはぁ!」
だが、その平穏もつかの間。再びさっきの魔物が入り込んできた。しかも14匹も。
14匹って……。ほとんど出てきた数から減ってないってことか?
そういえば、魔法とか跳ね返してたし、近くに落ちている剣や槍が折れてしまっている。
「リフレクション!」
ヒューリさんが魔法を唱えると、俺達の周りに赤色の膜みたいなものができる。
「グガァァ!」
「がァァ!」
次々と連続で攻撃をしてきて、その膜にひびが入り始める。
「にゃあ……」
「大丈夫、大丈夫だ」
でっぱりが震えて、俺の背中をつかんでくるので、俺は根拠も無いのにそう言ってしまう。なんとまぁ無責任な。
だって、俺の技は多数相手には向いていない。1人ならフェロモンを使って逃げれないことも無いが、3人を逃がすにはそれはできない。
「ヒューリさん、俺の知ってる話だと、魔物は数は多いですけど、戦闘力は低いって聞きましたけど?」
「ああ、その認識で間違っていない。魔物は魔王とそれに仕える幹部クラスは強いが、それ以外はそうでもない。少なくとも10数匹で城を襲えるほどは強くないはずだ。それに、攻撃が的確すぎる。魔物は本能のままに戦うはずなんだが」
「うーん、あ、そうだ」
「何か手があるのかい?」
「いえ、確実じゃないですけど……」
俺はさっきレベル80になっている。つまり、ダイレクトフェチが使えるようになっているはずだ。あの、フェロモンとは真逆の効果を持っていて、数少ない全体技の」
「実験だ! ダイレクトフェチ!」
『現在攻撃範囲には、『ヒト』、『猫のヒトデナシ』……」
お、これはフェロモンと同じで、対象を選べるやつか。だが1対象では……。
「『犬のナナシ』、『猫のナナシ』『寅のナナシ』、『兎のナナシ』がいます。どの対象を相手に発動させますか? ちなみにこちらは、範囲内に相手がいるのであれば、複数対象が相手でも大丈夫です』
「ナナシ?」
俺の不安をいっそうしてくれる複数対象アナウンスは別に構わない。
だが、俺の耳には、また聞いたことのない名前が出てきた。
「シュウジくん? その名をどこで?」
「そ、その話は後でお願いします! 発動、ダイレクトフェチ、対象はナナシ全部だ!」
『ガァァ?』
『ニーッ!?』
『ガラルゥゥ……』
『ブルワァァ』
俺の攻撃を受けて、14匹は全て攻撃ができなくなり、その場で倒れこむ。
必死に鼻を押さえようとするのもいるが、全く意味は無い。ダイレクトフェチは、指定した相手が、この臭いを嗅ぐことを強制させる技なのだ。
詳しくはチェックしていなかったが、必要最低限のことは、薄いほうの説明書で見ていたからな。
しかし、今まで魔物に何度臭くなる技を使ったが、鼻を押さえようとする仕草なんてしなかったけどな。やっぱり知能がずいぶん高いようだが、『ナナシ』という名前に関係するのだろうか?
「はぁ……、はぁ……」
「ヒューリさん!」
ヒューリさんが倒れそうになるので、支える。
「い、いや大丈夫だ。ちょっと防御のシールドを使いすぎたようだ。ちょっと座らせてくれ」
そのまま玉座に座らせる。
「ふぅにゃ……。シュウジ、これで大丈夫かにゃ……」
「ああ、それで、大丈夫だからさ……、もう離れても……」
「あ、にゃにゃ……」
でっぱりは俺をつかんでいた服を離す。完全に伸びたし。
「ハハハ、まさか全く成果を出せないとは。ヒューリ様を何とかして殺せれば、ユーキ様を王に据えることは容易であったのに」
倒れている魔物たちの間を1人人が歩いてくる。