戴冠式直前
街中は祭りのように騒がしくなり、周りにいるヒトとヒトガタが笑顔で過ごしている。
そう、今日はいよいよヒューリさんがサンタマリア帝国の王となる日である。
ちょっと前にアメリカの選挙で大統領が決まったときとか、その就任日で既にデモが起こっていたりしたのを考えると(さすがにそれは極端だろうが)、まったく不快そうな国民がいないというのは、さすがのカリスマである。
「うにゃー、ヒトがこれだけ密集してるのはすごいにゃー」
今日はでっぱりを連れて来ている。何か知らんけど、2人以上一緒に町を歩くと目立つので、彼女達の中で、ローテーションがあるらしく、今日はでっぱりの番だったというわけだ。
まぁ、そこらじゅうで、食べ物売ってるから、ふろだと全然話が前に進みそうにないし、それぞれ大きいがらくたさんと、小さいわるものさんは、お互い真逆の意味で、人ごみを歩きづらい。
そう考えると、でっぱりが1番バランスがいいのである。
「ヒューリさんの人柄が表れている感じだよな」
「かっこいいからにゃ」
「やっぱでっぱりもああいう感じのイケメンが好みなのか?」
やっぱかっこいいのは得だな~。俺は全然イケメンじゃないし。しかも、ヒューリさんに至っては、見た目のかっこよさに中身が伴ってるからな。
「そうにゃね~。いいとは思わなにゃくもにゃいけど、あれくらい非の打ち所がにゃいと、ちょっと気後れしちゃうにゃ」
「ああ、そうか」
俺もあまりにも完璧な美人過ぎると、とてもじゃないけどそういう対象にならない。そう言う点で言うと、でっぱりたち4人ともそういうことは考え付かんが。
「えーとにゃ……、…………………………………………………」
「でっぱり……。頼ってくれんのは嬉しいけどさ……」
「にゃにゃ? 声に出てたにゃ? もーにゃ!」
「がらくたさんみたいになってるぞ」
「乙女の心の声は聞こえても聞こえないフリをするべきにゃ!」
「悪い悪い。俺さ、でっぱりたちに会うまで、まともに女子と会話をすることが少なかったから、その辺がよく分からないんだ」
「………………………………」
聞こえないふりしとこ。でっぱりは、声のとおりが良すぎて、小さい声でも耳に届いてしまうのである。
「にゃ?」
『おっと、ごめんねお嬢ちゃん』
でっぱりがヒトにぶつかって、倒れそうになる。相手のヒトは、謝りながらも、ヒトが多いので人ごみの流れに流されてしまい、姿が見えなくなる。
「大丈夫か?」
「ありがとうにゃー、これだけたくさん周りにいるにょににゃれてにゃいから、うまくよけられにゃかったにゃ」
でっぱりがしりもちをついて倒れてしまったので、手を差し伸べて起こしてやる。
「はぐれるとやばいな。このままでも……、いいか?」
「べ、別にでっぱりははぐれても、シュウジのことは見つけられるにゃ。でも、はぐれないに越したことはにゃいから、別に手をつにゃいだままでもいいと思うにゃ」
と、いうわけで、手をつないで会場まで歩いていった。
なんというか、トラブル的な何かで触ってしまうことはあったが、こうして意識的だと妙にこそばゆい。
すっべすべだし、何かしっとりしてるしさ。おんなじ手か本当に。
「にゃっ!」
それでなんとなくお互いの表情を見ようとすると、目があって、目を逸らしてしまう。
でっぱりの顔は真っ赤なのが可愛らしい。
しかも、耳がピンと張って、尻尾がくねくね動いているのが、それをより可愛らしくさせる。耳と尻尾がどういう感情なのかは分からないが、なんとなく緊張してるのが伝わってくる。
いつもおしゃべりなでっぱりなのだが、なんとなく沈黙が続いた。
それがあんまり悪い気がしないのが、不思議だった。
学校でカップルがいちゃいちゃしてんのは、何が楽しいのかと思っていたが、うん、これは楽しい。
「お、つい、ついたぞ」
しばらく歩くと、ヒューリさんの戴冠式が行われる場所に到着した。
「大きいにゃ~。これがこの大陸で1番古くて、1番おおきなお城の、サンタマリア城にゃ……、中に入れる日が来るにゃんて、思ってもにゃかったにゃ」
サンタマリア城は、ドイツ風の白色のおおきな城で、俺の家や、でっぱりたちの村からでも、その一部を見ることができるほど大きい。
ヒューリさんとは何度も会っているが、さすがに中に入るのは初めてだ。
「招待状を拝見いたします……、あ」
受付っぽいヒトに招待状を渡すと、少しだけ驚いた感じのリアクションをされる。
「こちらの招待状をお持ちの方は、受付が別になりますので、こちらに行っていただけますか?」
地図を渡される。見た感じこの受付とは完全に真逆の方向である。
「にゃ? 何かちがうのかにゃ?」
「ああ、説明してたとおりだけど、多分ヒューリさんの護衛をするための招待状だから、こっそりやるんだろ」
「大丈夫かにゃ?」
「多分何も起こらないだろうし、起こったとしても、俺以外にも優秀な護衛がたくさんいるらしいからさ。特等席でヒューリさんの戴冠を見れると思えばいいさ」
「そうかにゃ。シュウジがそういうにゃら、大丈夫かにゃ」
何か妙に信頼されてんな。でっぱりとフラグがたつようなことはした覚えはないのだが。
単純に男性と接する機会が少なかったから、そう見られてるだけだろう。相対評価されれば、多分俺の順位は下がるからな。
「招待状を拝見いたします。はい、ではあちらにどうぞ」
無事その場所に到着すると、座る場所に案内される。
「にゃ~、本当にすごい席にゃ」
さて、席を説明しよう。
まず一般の方は戴冠の瞬間は見られない。
招待状と引き換えに頂いたパンフレット的なものによると、戴冠式を玉座のある王の間で受けた後に、門の外にヒューリさんが出て行って、就任演説を行うとのこと。
俺たちを含めて百人ほどの特別招待客は、その玉座の間で直接戴冠式を見た後に、一旦玉座を離れて、外でそれぞれ指定された配置につくことになっている。
その中でもさらに、選ばれている十数人は、ヒューリさんの移動の際に、近くにずっと居続けるという、かなりの重要な立ち位置で、俺はそれだった。俺が1番驚いた。
というわけで、俺とでっぱりはまさかの玉座のある王の間にいた。
席は左側と右側に格5列ずつ準備されていて、俺は左側の最善列。まさに、特等席の中の特等席であった。
「ここにいるのは100人くらいだけど、俺みたいにこっそり招待されてるのは15人……」
まぁ見ても誰が誰だかわかるわけじゃないんだけどね。
「やぁ、良く来てくれたね」
ん? 誰だ?
「僕だよ」
「って、ヒューリさんじゃないですか! どうしてそんな格好をしてるんです?」
ヒューリさんは、一般兵士の格好をしていて、兜を被っていた。俺に一瞬だけ顔を見せるために、兜の前を空けていた。
「いやいや、ちょっと様子を見ておきたくてね。ギリギリまで兵士の格好をして、僕も見回りをしてるのさ。それに、ライオネルから君が来ることを聞いていたから、一目会っておきたかったのもある。皇太子ならまだしも、王となってしまってはなかなか今までのようにはできないかもしれないからね……」
「あ……」
ヒューリさんの表情が曇る。
いくらヒューリさんが自由に動いているヒトとは言っても、さすがに、実際に王となってしまえば、今までのように好き勝手に出歩いたりするのは、難しくなるだろう。別にやってはいけないわけではないだろうが、責任が伴うことを考えれば少なくとも頻度は下がるはずだ。
「そんな顔はしないでくれ。君は異世界から来た勇者だ。いずれ去る身だし、サンタマリアに対して君に責任を負わせたいとは思っていない。だが、異世界のヒトでありながら、命がけでこの国を救い、ヒトデナシにも優しい君のことを、僕は生涯誇りに思うだろう。だから、君は君のやりたいようにしてくれればいいさ」
「ヒューリさん。俺こそあなたを尊敬しています。もし俺がこの世界に生まれていて、それでもこの国を守れる力を得られていましたら、生涯あなたにお仕えしてもいいと思いました」
これは本音だ。高き志を持つ彼に俺は惹かれていた。将来仕事をするときも、尊敬する社長がいる仕事をしたいと思えるほどであった。
「……、ありがとう……。では、今日は私を見届けていてくれ……」
そして、ヒューリさんは俺の元を離れていった。
これで、皇太子ヒューリさんとはもう会うことはないのだろう。
次に会えるのは、皇帝のヒューリさんになる。
「シュウジ……。悲しそうにゃん」
俺の顔を見てでっぱりが不安そうな顔をしている。
「だ、大丈夫さ。いい日なんだから笑顔でいなくちゃな」
ヒューリさんが皇帝となることは、間違いなくサンタマリアにとって、発展の大きな一歩となる。
俺はそれをできる範囲で見ていくと決めた。
ちなみにその後、いろんなヒトやヒトガタが入ってきたが、そもそも全員知らないので、それっぽいのが誰かわかりゃしなかった。