あまりにも平和すぎる
「試してみたいにゃん!」
指輪の話をしたところ、でっぱりがまっさきに食いつき、他の3人もかなり興味津々だった。
「一応あのヒューリさんは信用できるが、試作品だから危ないかもしれないぞ」
「でもこれが大丈夫にゃら、でっぱりたちがサンタマリアの町を歩いても自然ににゃるにゃ。だからすぐ貸すにゃ!」
そしてでっぱりは何の躊躇もなく、指輪を手にはめる。
「…………、何も起こらないにゃ」
「いや、そりゃつけたらすぐなったらやばいだろ。ヒトガタが変身するときは、どういう感じなんだ?」
「えーとにゃ、確か普通にそう思えばいいはずだにゃぁぁぁぁ!?」
でっぱりが急に驚いたかと思うと、唐突にそこに1匹の猫が現れる。
サイズは1メートルくらいか、ちょっと大きい。
「にゃー、にゃー」
「お、本当に変身した」
ヒューリさんやでっぱりたちの話を聞いていて、そうなることは知っていたが、改めて目の前で見るとすごいものだ。
俺が唯一見たのは、かなずちさんが変身を解くところだったが、それは変身の解除であり、しかもちゃんとは見ていなかった。
百聞は一見にしかずとはよく言うもの。目の前で見るとやっぱりすごい。
「しゃー!」
でっぱり? がジャンプをすると、恐ろしいほど高く飛び、3階立ての俺の家を軽く飛び越えてしまう。
「にゃにゃにゃ!」
しかも、動きもめちゃくちゃ早い。これでも一応弱めてるんだよな。10%でこれということは、本物のヒトガタの戦闘力が伺えるし、それを圧倒したドラゴンがいかに強いというのも分かった。
「戻ったにゃ!」
5分ほど動き回ると、でっぱりは元の姿に戻る。
「にゃにゃ……?」
するとでっぱりは前のめりになって倒れそうになる。
「おっとと、危ないぞ」
うまいこと支える。めちゃ柔らかい。いや、そういう場合ではない。これはヒト助けである。助けられてでっぱりも得をして、俺も得をする。WIN-WIN。
「にゃ~、何か力がでにゃいにゃ~」
「大丈夫か? ベッドで寝とけ」
「ご、ごめんにゃ~」
そのまま俺はでっぱりをおぶって、ベッドに連れて行った。
「それは変身すると負担が大きいからだぴょん」
「負担ですか?」
でっぱりが調子を悪そうにしていたので、わるものさんにいらん疑いをもたれたが、詳しいことを話すと説明してくれた。
「そうだぴょん。ヒトガタは変身をすることで、戦闘力を大幅に上げることができるぴょん。でもそれは、体に大きな負担をかけることになるぴょん。だから、ヒトガタは極力戦闘以外では変身をしないように気をつけているんだぴょん」
「ああ、なるほど。ただでさえ消耗が激しいのに、変身を始めてしたから、体に負担がかかったのか」
「そうだぴょん。かなずちさんとうらないさんの変身はほとんど見てないぴょん」
「じゃあこの道具は危ないかな。せっかくだけどヒューリさんには返しておこう。実験結果としては普通に変身できたから上々だろう」
「どうしてぴょん? でっぱりみたいに、むやみに使わなければ、安全だとは思うぴょん」
「いや、いくら安全でも、でっぱりやわるものさんの体に負担がかかるようなことはよくないだろ」
「……ぴょん……、大丈夫だぴょん。タジマくんと一緒にいれば、基本的には疑われることはないぴょん。それで万が一疑われたら、一瞬変身をすればいいぴょん」
「いいのか?」
「ちょっと見直したぴょん。これを使いこなせれば、あのヒューリ皇太子の覚えもさらによくなるのに、それよりも私達を案じてくれたのは、悪くないぴょん」
ん? 褒められてる?
わるものさんから飛んでくるのは、正論か毒のどっちかなのに、これは明らかに褒められてるな。
「調子悪いんですか?」
俺はわるものさんのおでこに手を当てる。
「失礼だぴょん! 鈍感クズ男だぴょん!」
結局毒が飛んできたが、今回に関しては全面的に俺が悪かった。
後で良く考えてみると明らかに褒め言葉だったもん。
「わんわん!」
さて、今日俺は元気印のふろを連れて町を歩いている。
実は、でっぱりとわるものさん以外の2人はあまり街中を歩くことは無かった。
ふろとがらくたさんは、自分たちに両親がいることもあってか、俺を頼るのをこの2人に譲ってしまう傾向があり、家に来る頻度も低かった。
まぁ、簡単に言うとでっぱりとわるものも結構目立つ容姿をしているのに、さらに2人この辺りで見ないヒトガタがいれば、さすがに疑われかねないということもあって、遠慮していた。
だが、ヒューリさんからもらった指輪のおかげで、万一疑われても、それをごまかす手段ができたことにより、ふろとがらくたさんとも出歩きやすくなった。
『おい、ついに3人目だぞ……』
『まためちゃくちゃ可愛い……』
『何であんな平凡なやつに……』
違う意味で俺が出歩きにくくなっているが。
「わーん。わんわん!」
「おいふろ。言語能力を失うくらい食べるのをやめろ」
今いるのは、屋台? のような店がオープンで並ぶ、食事街である。
ふろは4人の中でもとんでもないほどの大食漢なので、ここに連れて来てみたら、大暴走である。
しかも、比較的食べるものに縛りがあったロロロレと比べて、4つの国に接するサンタマリアはとにかくいろいろなものがそろっているので、初めて見るものが多い。
それは食事の種類もそうだが、調理法もそうである。
プロが作る料理はまさに魔法のように食材を変化させる。それは日本というか、地球と変わらないのである。
「ふぁって、おいふぃいんだふぁん! わんわん!」
尻尾をブンブン振って、耳をパタパタさせて、目をきらきらさせて、足をばたばたさせて、擬音がとにかくうるさいくらいはしゃいでいた。まさに元気っ子である。可愛いからいいけど。別に金もあるし、サンタマリアに還元するなら問題ないだろう。
右手に肉らしきもの、左手に魚らしきものを2つづつ抱えて、それでも口を動かしている。あんなにスレンダーなのにどこに入ってんだ?
「そこのヒトガタのお嬢ちゃん、こっちにも来てくれ!」
「これをサービスするから、こっちに!」
しかも何かカリスマと化している。
ふろは見た目がかなりいいし、そんな女の子が目を輝かせて食べていれば、その店はとても目立つので、いつの間にか、客引きのために、無料で食べ物をもらっている。まぁいいけど。
「ありがとだわん! うーん、美味しいんだわん!」
声も無駄に大きいし、本当に目立つ。
「こ、こっちにおいでお嬢ちゃん。おじさんについてきたら、もっといいものをあげよう」
「いくわーん!」
「こらまて」
さすがにそれは止めるわ。怪しい怪しい。
「ふろ、いくらはしゃいでも構わないが、知らないヒトについて言っちゃ駄目だろ」
やりたくないけど説教タイムである
「どうしてだわん? あのヒトはいいものをくれるヒトだから、いいヒトじゃないのわん?」
そんな純真無垢な目で俺を見上げないでいただきたい。15歳のする目じゃないだろ。完全に小さい子供の目だ。
まん丸で大きい瞳が、穢れなく輝いているのを見ると、ああ、この子はそう言う風に育ってきてんだなって思ってしまう。
悪い意味ではあるが、ふろは箱入り娘に近い。
あの4人では最年少だから、可愛がられていただろうし、母親も健在である。あの狭い世界でも、きっとこの子に関しては不幸を感じたことは無かったんだろうな。
「えーとな……、たとえばふろはキノコは好きか?」
「大好きだわん!」
「それで、そのふろが好きなキノコだが、食べちゃいけないキノコがあるのは知ってるか?」
「知ってるわん」
「それは何でいけないか知ってるか?」
「毒が入ってることがあるからだわん」
「そうだな。それはヒトも同じでな、同じヒトでも、毒があるヒトがいるんだ」
「毒だわん?」
「毒キノコを食べたらどうなる?」
「苦しいことになるわん……。1回なったわん……」
経験済みかい。
「ヒトもそうなんだよ。たまに危ないヒトがいて、そのヒトにうかつについていくと、ふろが苦しい目にあるかもしれない」
「どうすれいいわん?」
「毒キノコはどうして食べない?」
「そうだと知ってるからだわん」
「そうだな。だから、ついていっていいか、俺に聞くか、俺がいなきゃ、1回誰かに聞け。『ついていっていいか相談してきます』って言ってな。それから、俺が判断する」
「シュウジくんは分かるわん?」
「俺はいろんなヒトを知ってるからな。少なくともふろよりは分かる」
「分かったわん! そうするわん」
よし、理解された。悪いヒトについてってはいけないという説明をするだけで、えらい時間がかかった。
いや、知らんよ。あのヒト普通にいいヒトだったかもしれんけど、片手に肉を持って、ニヤニヤしながら、路地のほうに手招きしてたら、怪しいじゃん。
痛い目にあってわかることもあるが、ことによっては痛い目にあってからでは手遅れな場合もある。用心にこしたことはない。
その後、店から呼ばれるたびに全部『あれはついていっていいわん?』と聞かれて、さすがに聞きすぎだろ、とは思ったが、可愛いのでよし。
「ありがとうございます。私にも付き合ってもらいまして。もー」
また日を改めて、今度はがらくたさんと町を歩いた。
ふろの時とは違い、料理ではなく、素材や道具を見て周るお出かけだった。村では農業的なことをやっていて、料理もダントツで上手ながらくたさんらしいと思った。
『ついに4人目だぞ……』
『どこの大富豪だ……』
『しかも全員楽しそうだし……』
俺に向けられる目線は非常に痛いもので、リアルに心が痛くなってきた。
可愛らしくてスタイルもいいでっぱり、元気っ子スレンダーふろ、合法ロリわるものさん、包容力もスタイルも抜群のがらくたさん。
見た目がめちゃくちゃ麗しい上に、誰も属性被りしてないので、大体の男の好みを熟知していそう。できないとするならば、同性愛者か熟女好きくらいでは。
『あれはやべぇよ……』
『包まれてみてぇ……』
『あれは本物かよ……』
さて、どの子も注目を集めてはいたが、がらくたさんはやはりそれでも別格である。
それは、うずまった経験があり、結構きわどいのも見た俺でも本物かを時々疑うほどの女性のシンボルである。
「すげぇ見られてますね……」
「そうですね。もー」
「牛のヒトガタは皆大きいわけじゃないんですか?」
彼女の母親であるかなずちさんは更に大きい。
「そういうことが多いみたいですね~。もー」
「でも、それにしては、皆ずいぶんとですね……、えーと」
「そうですね~。でもお母さんはかなり種族の中でも大きかったみたいです~。もー」
やっぱり。このサイズが常時そろってたら、ここまで注目されないよ」
「元々私達のヒトガタは、ロロロレやトトトトッソにいることが多いので、ヒトにとっては珍しいんだとも思いますけどね。もー」
なるほどな。もちろん目線を受けている理由はそれだけじゃないだろうが。
『おいなんだ!』
『やるか!』
「なんだなんだ?」
周囲の目線を受けながら、のんびりと歩いていると、前で人だかりが起こっていた。
「喧嘩してますね」
見た感じはヒト同士の喧嘩のようだ。日本でも見たことがあるようなよくある喧嘩だ。
「止めてきますね、もー!」
「え、大丈夫ですか?」
がらくたさんの口癖だが、普段は『もー』であるが、気分が高まると『もー!』になる。今はどうやらちょっと怒っているようだ。
「大丈夫ですよ、もー!」
「でも大きな男同士の喧嘩ですよ。がらくたさんが怪我でもしたら大変じゃないですか」
「し、心配してくれて嬉しいですけど、恥ずかしいですよ、も~」
ちなみにこの『も~』はご機嫌なとき。大分俺達が使う『もー』に近いのがこれだと思う。
「こら~! 駄目ですよ~、もー!」
『何だねぇちゃん……、うぉっ!』
『男同士の喧嘩に……うわぁ!』
ヒト2人がにらむ前に、両手で男2人の首根っこをつかんで持ち上げてしまう。
がらくたさんは、体は一部分を除いてスリムだが、実はめちゃくちゃ力持ちである。
ちょっと触ったことがあるが、女性らしい柔らかさを残しながら、割と硬かった。
「喧嘩はだめですよ、もー!」
そして厳しい目つきで2人に説教する。
がらくたさんは、一部分ばかりに目が行くが、170を越える身長と、長い足、そして、割と中世的な顔立ちで、ぶっちゃけいうとイケメンに近い顔立ちをしているので、割とボーイッシュではある。一部分が大きすぎて目立たないのが、逆にもったいないくらいだ。
ふろみたいなスレンダー体系だったら、女子にもてそうな感じだ。
『す、すいません……』
『気をつけます……』
宙吊りにされて、にらまれてどうしようもない2人は、借りてきた猫のように大人しくなるしかなかった。
「それならいいです。も~♪」
あら、一気ににこやかになった。
「すいません、シュウジさん、お待たせしてしまって、もー」
「いえいえ、かっこよかったです」
「かっこいいなんて……、恥ずかしいです、も~」
その後は、ずっとご機嫌なも~が聞けた。




