気さくな王子様
「いやー、便利便利」
火の実がたくさん手に入るようになってから、すごく楽になった。
肉とか魚とか料理はできないけど、とりあえず、味付けて焼けば食える。
火と水が生きるために必要だということを改めて感じたな。
火の実は日持ちも抜群にいいので、ある程度一気まとめてとってこれば、そこまで頻繁に行く必要も無い。
俺が適当に買う食材を適当に焼くという、1人暮らしの男丸出しの生活を過ごしていた。
でっぱりとかわるものさんがちょくちょく来てるのだから、作ってもらえばいいのでは? と思われるかもしれないが、以外にも俺の雑な料理は好評で(多分食材がと調味料がいいだけ)、料理好きのがらくたさんまで、そのまま食べているのである。
でっぱりとわるものさんの頻度が高いのは相変わらずだったかが、ふろとがらくたさんの頻度も高くなりつつあり、1日に最低2人は家にお邪魔するようになっていた。
そして、食事をしているうちに理解できたこと。
でっぱりは、肉が大好きで、魚と野菜はほとんど食べない。猫なのにという突っ込みはしてはいけない。
ふろは、とんでもない大食漢で、わるものさんの3倍は食べる。
がらくたさんは、意外と量は食べないが、水分の摂取量がめちゃくちゃ多い。
わるものさんは、見た目どおり超小食。
村でお世話になってるときは、適当に大きめの皿にどかんと乗ってるのを皆で分けてたから、気づかなかったが、最初から分けてあると、意外と気づきやすい。
料理の経験はないのだが、個別に皿を準備してしまうのはやはり日本人の性か。
「というか、これじゃただのハーレム異世界生活じゃん。しかも、冒険もしてないし」
とにかく平和すぎる。部の悪い賭けもいくつかしたが、それでも平和がすぎる。
「暇だからヒューリさんとでも話せないかな」
あの人との会話はためになる。今は何もしなくてもなんとかなるので、どんどん駄目な方向に向かいそう。
この後日本に戻っても、一般生活を送れる気がしない。
「やぁやぁ。今日は前とは違う子だね」
「ヒューリさん。あまり大きい声で言わないでください」
今日家に来ていたのはわるものさんだったので、家でのんびりしていてもらおうと思ったのだが、なぜかついてきたのである。
「わるものですぴょん……」
「私はサンタマリア帝国第一皇位継承者、ヒューリ=サンタマリアだ。君もこの前のでっぱりさんと同じく、シュウジ殿と仲良くしているのかい?」
「……そうですぴょん」
すげー、引きつった笑顔で言ってるけど大丈夫か。
「うむ、君もシュウジ殿のことは好いているようだな。実にいい。シュウジ殿はすばらしいな」
えー、この人節穴じゃね?
「…………」
あれー、わるものさんも、ちょっと不機嫌そうに顔を背けるだけ?
まぁ、最初の最初よりは、嫌われてないとは思うけど。
「この辺りは平和ですね。最近ライニングに召還された勇者もいるというのに」
「ああ、サンタマリアは侵攻には向いていないが、防衛には向いているからな。あまり戦闘を仕掛けられない」
「ですけど、サンタマリアは周りの4カ国に囲まれてるじゃないですか」
「サンタマリアを落とせば、もちろん戦闘に有利にはなる。だが、ロロロレは完全にここに協力してくれているし、ライニングも侵攻は基本的に考えていない。それに、この前泥魔を君が倒してくれたおかげで、サンタマリアには、うかつに攻め込まなくなってきた。最近は、ロロロレとライニングに援軍を贈ってはいるが、サンタマリアは実に平和だ。君の功績はやはり大きい」
ロロロレとライニングか……。ライニングには多分だが、俺の知り合いが……。
「どうしたのかね? 浮かない顔をして」
「あ、はい。ヒューリさんになら話しても大丈夫だと思いますので、こっそりお話できませんか?」
「ならば君の家にお邪魔しよう」
「いいんですか? 仮にも皇太子でしょう?」
「私は結構出歩くことで有名だからね。対して問題は無い」
というわけで、俺の家にヒューリさんを案内することになった。
「すごいですね。ヒューリさん」
「何がだい?」
「いえ、俺のイメージする王子と違うというか……」
ヒューリさんは、住民にすごく気安く声をかけられていた。
気安くといっても、さすがに敬語は使われていたが、そういうことではなく、気軽に挨拶をされていて、別に頭を下げて会釈をするとかもなく、最近の悩みなども、普通にヒューリさんに言っていた。
そこには、傲慢さやワガママな感じは全く伺えず、とても愛されているのが分かった。
「ははは、私は小さい頃から、町に出て、いろいろな人と話すのが好きだったからね。小さい頃はそれをとがめられて、弟や分家に跡継ぎを取られそうになりそうなこともあったよ」
「そうなんですか」
「でも、やはり町の情報は町に出ねば分からぬ。所詮人づての情報や、文章での報告などは当てにならぬ。そんなことを100回やってる間に、1回見に行ったほうが、時間も早くなるし、理解もよほどできる」
「でも、大丈夫だったんですか?」
「正直言えば、父上と私の側近以外には、あまりいい顔はされてない。だが、私は譲るつもりはないさ。仮に奪われても、奪い返せる自信はあるがな」
「意外と物騒ですね」
「もちろんそうはならないようにするがね。だが、うちの10兵団のうち、ライオネルの第3兵団を筆頭に既に5兵団、6兵団、7兵団は私の手が届く範囲で固めてある。特に、ライオネルの指導が完璧な第3兵団と、私と私の知己が作った魔法道具を扱える優秀な魔法使いがそろう第6兵団は優秀だ。戦争になったら、勝てる自信はある。地理も私のほうが詳しい」
「そうですか。もしそうなったら、俺もヒューリさんに協力しますね」
「おお、そう言ってくれるか。泥魔を倒したヒトが味方となれば、さらに士気は上がるだろう。ありがたい」
「……、あまり戦争はしないでほしいぴょん。誰でも死ぬのは不幸だぴょん」
「うむ?」
わるものさんがずっと黙っていたが、ふいに口を開いた。
「すいません、わるものさんは、両親がお亡くなりになってるんです。ですから……」
俺はこっそりヒューリさんに耳打ちする。
「ああ、分かった」
そう言うと、ヒューリさんはわるものさんの目線にあわせてしゃがむ。
「心配なさらなくとも、戦争など起こさせない。きちんと戦力をそろえているのは、そもそも戦争を起こさないためだ。戦っても無駄だと思えば、戦争は全く起こさないことは難しいかもしれないが、減らすことはできる。そして、死者はそれ以上に減らすことができる。それが私の理想だ」
「…………。その言葉は一応信じておくぴょん」
「うむ、ありがとう」
そんなこんなで話しているうちに、俺の家についた。
「あ、おかえりにゃん。あ、この前のヒトにゃん」
「おや、でっぱりさんもこちらにお住まいですか。こんにちは」
「こんにちはにゃ」
そして、テーブルと椅子がある部屋にヒューリさんを案内する。
「では、これでも飲みながら話そうではないか」
ヒューリさんが取り出したのは、赤紫色の液体が入ったビンであった。
「それは何ですか?」
「ワインだよ。君は成人していないのかい?」
「俺は16歳です」
「そうか、ならば問題は無いな。昨年成人しているようだ」
この世界の成人は15歳ですか。ということは、でっぱりも成人していることになるのか。いや、それ以上に成人していることが疑わしい存在がいるけど。
「何か失礼なことを思ってないかぴょん?」
何か後ろから声が聞こえたような気がするが気にしない。
「さてと、乾杯」
「か、乾杯」
断るわけにもいかんし、ちょっと興味はあるから飲んでみよう。
「お、普通にいけるじゃないか」
なんだこれ、メッチャうまい。
「さてと、では君の話を聞かせてもらおうかね」
「あ、はい。これはヒューリさんを信じて話すことなんですけど、最近ライニングに何人が召還されましたよね」
「うむ」
「実は俺。そのうちの1人なんですよ」
「うん、そうだろうね」
「え、知ってたんですか?」
予想以上にあっさり受け入れられて、俺のほうが驚いた。
「まぁなんとなくそうかなって思っていただけだが。君の髪色や瞳の黒は珍しいし、泥魔を倒せるとなれば、ただものではないとは感じていたからね」
さすがだなこのヒトは。
「それで、俺の能力はライニングでは使えないと判断されて、着の身着のままで、放り出されてしまいまして」
「うーむ、それは抗議をしてもいいくらいだが……」
「いえ、大丈夫です。今なんとかなってますし、このサンタマリアはいい町ですからね」
「そうなると? 君が連れている2人のヒトガタは、奴隷ではない?」
「話が早いですね。そうです、俺がなんとかヒューリさんに会うまで生き残れたのは、彼女たちに出会ったからです。助けてもらったんです」
「そうだったのかい。大変だったな」
「いえいえ、今は楽しいですし。そして、ここからが本当に話したいことです」
「? まだあるのかい?」
「はい。これは本当にあなたを信じて言います。あの子たちにも許可は得ています。実はあの子たちはヒトデナシです」
「!? まさか……」
ここではじめてヒューリさんが驚きの表情を見せた。
「あの2人だけじゃないです。他にも2人います。俺はあの4人に助けられまして」
「ヒトデナシが4人……。まだそんなにちゃんとしているヒトデナシがいたのか……」
「ちゃんとしているとは?」
「まだヒトデナシの権利を認めている国はない。いずれもその見た目のよさから奴隷扱いがいいところで、ひどければ、殺されている場合もある。だが、でっぱりさんとわるものさんを見る限りそうではないようだが?」
「はい、彼女たちは自分たちのコミュニティを作って、しっかり生きています。ですが、ずっとその村にいたままで、全く表の世界を生きることはできていません。それで、俺が奴隷のふりをして連れ出していました」
「なるほど……。それを私に話してくれたのは?」
「いざというときに、かばっていただくためです。ヒューリさんはヒトデナシにも悪い感情をもたれていないことは、でっぱりとの会話で分かりましたから」
「そのとおりだ。ヒトとヒトガタの平等をうたっておきながら、ヒトデナシを差別するなどあってはならない。もちろん協力させてもらう」
「ありがとうございます」
「ちょうどいい機会だ。今日は君にこれについて相談しようと思っていたが、やはり間違っていなかった」
するとヒューリさんは、何か指輪のようなもの、というか指輪を取り出した。
「なんですかそれ?」
「これは、『半変身指輪』という名前の魔法道具だ。
「どういう効果があるんです?」
「ヒトガタとヒトデナシの最も大きな違いは、ヒトガタが変身できるのに、ヒトデナシは変身ができないことだ。だけど、ヒトガタもいつでもどこでも変身できるわけじゃないんだ。それは種族によって異なるけど、1回変身してから、決まった時間が経たないと次の変身ができなかったり、そもそも変身時間に制限があったりするんだ。それを補うための、魔法道具が結構高値で売られてるんだけど、それを私が応用したものがこれさ」
「つまりこの道具は……」
「ヒトデナシでも変身ができる道具さ。そのヒトデナシの半分入っているヒトガタに変身することができる。ただし、戦闘力とかは10%程度しか出せないけどね」
「でも十分じゃないですか」
「ああ、今はよほど熟練されていなければ、変身ができるだけでヒトデナシを疑われることは無い。この道具も私の研究室のオリジナルだから、まだ流通していないしね」
「これを使えば、あの子たちも堂々と歩ける……、すごすぎじゃないですか」
「実際の実験はできていないが、危険性はまずないと思う。苦労をかけて申し訳ないが、実験も兼ねてテストをして欲しい」
「あの子達がOKすればですけどね」
「それで鎌わないよ」
そして俺は指輪を受け取る。ヒューリさんは信用できるが、実験商品である以上は、でっぱりたちの意思に反しては使えないだろう。
「じゃあ俺からももしよろしければ、実験に使ってください」
俺は火の実を渡す。
「? なんだいこれは?」
「こうやって使うと火がおこります」
俺は火の実の使い方を見せる。
「おう、これは面白い」
「実は特定の場所にしか生えない不思議なものでして、でも使い勝手と保存が利くので、もしヒューリさんの手で、栽培可能になるんでしたら、と思いまして」
「これは実験しがいがある。いいものをありがとう。ではそろそろ失礼するよ」
「はい、ありがとうございます」
「そのワインは残りは皆で飲んでくれていいからね。もしうまくいきそうだったら、実験結果も報告してくれるとありがたいな」
「分かりました」
というわけで面白そうな道具を手に入れた。