心の拠り所16
「でもここまで大きくなったシキに会えて私もすごく良かったかな、と思う。だから」
素直な心の交流が出来る数少ない人物だ。
「どんなに変わっても、今ある現実を受け入れて項垂れていても、再び闇の底から這い上がる決意をしても」
「強いあなたでも弱いあなたでも」
「素直になっても、強がってても」
頭を一撫で、そこで。
「あなたを愛してる」
そして額に、心のこもった口付けをしてくれた。
そんな優しい感触が残ったまま、スイは淡い光となって、消えた。
優しい風が頬と髪をなでる。
「……」
俺が持つ、火のシンマネに力をくれるみたいだ。
俺にも少しだけ、力を残してくれたのかな。
それからまた、だんだんと意識が薄れてきて、ああこれで漸く真魔欠乏症ともオサラバか、と彼女に若干の感謝をしながら目を覚ます。
なにやら苦味を感じる、口の中で激しく主張しているみたいに。
それから甘酸っぱい味がした。
目を開けると。
「んっ」
頬にボロボロの傷を負ったユイが、精一杯の口付けを施していた。
シキ「ん?」
ユイ「ん!」
シキ「んんんんー!」
飾り気のない励ましの味だった。
「ぷはっ!」
直接は聞いた事はないが、夢楼草はそのまま持ち出すのはあまりに危険で、とてもオルレアンまではもっていけないので。
そして単体では、効果を発揮できない。
ゆえに巫女のシンマネで閉じ込めてから患者にそのまま飲んでもらうのだそう。
これも巫女にしかできない仕事だった。
「こんな飲ませ方をするなんて」
「そんなすぐ起きるなんて思わなかったから」
ユイはいつまでも稚おさな顔の抜け切らぬ顔で頬を緩ませていた。
「夢楼草を取りに行って戻って、シキくんが倒れていたのを見たとき、私すごく焦ったんだよ?私のシンマネも込めてすぐ飲ませてあげたんだから感謝してね」
「痛み、取れた?」
「ああ、すっかり治った」
「良かった。じゃあ私、報酬を貰わないと」
「は?」
なんつう不潔な笑顔だ。
「何がは?なの?」
「何が欲しいんだよ」
「また抱っこして」
恥ずかしさを踏み破るような勇気を出したユイを見て。
そして、俺にはもったいないくらいの愛を込めたキスをしてくれたスイを思い返して、その時。
(俺は、こういう感情を持った素晴らしい人間達の為に、剣を持ちあげるべきだ)
と、改めて再認識できたんだ。
「よろこんで、このまま拠点まで連れてってやるな」
「俺は、今まで沢山の仲間と出会って、こうして桜吹雪を引っ張ってきた」
「うん」
「そろそろ強くなれたのかなって、思ってたけど、やっぱりまだまだみたいだ。お前の強さを、少しは参考にするべきだったのかもな」
「ぷっ」
「くっ、うはははははははは!」
「笑うんじゃねえよ!!」
「なにいってんの!?」
「お前なあ!!」
「あはははっははは!!」
悲しみを感じていなければ、コキュートスの巫女として能力を使役することはできなかったユイは。
微かに笑みを浮かべることがあっても、こんなにげらげら笑うことはなかった。
シキは、それが嬉しかったのだ。
「ぷっ、笑いすぎて、身体に張った氷、解けてきてるぞ」
「ああー!やばい!シキくん急いで!」
胸のあたりにも。
頭にだって。
まるで見つけられる気がしない心というものを。
二人でいる間だけは、熱く感じられていた。