心の在り処12
シキくんは弱い。
あのヒトは、ヒトであることもそうだけど、まるでシンマネを扱う事に関しては不得手だったから。
だから圧倒的に身体能力さえ劣る生身の身体で、戦う道を選んで修練を積んでいた。
それを何度か側で見る機会があったんだけど。
「ふっ、ふっ、ふっ!」
母を失った私達は、ジャンヌという女性のもとでお世話になった。
お父さんは何をしていたのかずっと忙しかったらしいから。
でもシキくんは力を求めて修練を始めてしまった。
木造建築の道場で毎日毎日。
ナイトメア達に紛れたヒト一人、誰にも相手にされてなんかいないのに。
くすんだ内観でも、窓ガラスだけは陽射しを受けキラキラときれいに見えたけど、彼のやっていることは。
「闇……でしょ?」
「は?」
「その傷、痛くない?」
「痛い」
「向いてないって思わない?」
「思う」
「苦しくないの?」
「なかなか」
「じゃあもう意味のない修練なんてやめてよ、毎日毎日そんないっぱいの種類の傷を作って」
目を背けたくなる傷、私にとっての数少ない家族だったのに。
「ヒトはシンマネを使って戦わないと、どうしようもないんだよ?」
「ユイ……?」
「身体一つで戦うなんて、バカげてる。私、最近は真魔欠乏症のヒトが痛い痛いって叫んでるのを見てるし、そのヒト達は自分からこうなったんじゃないってわかる」
「なのにシキくんは自ら苦しい道を行ってる!」
周囲が驚くほど声高に怒鳴りつける私を、シキくんは、顔色一つ変えずに返事をした。
「いや、そんなの誰が言ったんだ?」
「誰がって」
「ヒトがシンマネの力を使わないとナイトメアには勝てないって誰が言った?」
「よく聞いたもん」
「いいかユイ、ナイトメアは殺されない限りは死なない。でもどいつもこいつもみんな同じ事をして、猿真似して、やりたいことも伝えたいことない、それこそが死んでいくナイトメアの姿だろ?だったら俺はそいつら位ならせめて勝ってやりたいんだ」
「別にそんなことしなくてもいいじゃない……死なないならそっちの方がいいってことわからないの?」
「もし、今後、シンマネが全くない世界で力を使えない時がくるかもしれない」
「くるわけない」
「はーーーーもうめんどくせえ……じゃあさ」
「俺は変化のない平坦な道より、ユイと往く為の茨道を選んだんだ。って言えば納得してくれるのか?」
今のシキくんは絶対に言わないだろうけど。
思えばここからが、彼に背負わせていくきっかけになったんだ。
積み重なって、お父さんを自らが倒してしまったのを機に、爆発してしまった。
私の存在が彼を苦しめているのに、彼はまた、私を迎えに来た。
来てくれた時は本当に嬉しかった。
「はあ……はあ……だからこういう時くらいは、私が巫女として出来る事を……」
「せめて私に出来る事を……」
刺すような冷気が、千本の鋭い切っ先となって肌につき刺さる感覚。
私の能力をこうして使うのは初めてだ。
『おい、あいつ桜吹雪のヤツだ』
『マジかよ、おいおい何しに来たんだ?』
最悪だ……ナイトメア・ブレーキ。
『オルレアンは俺達の街だぞ?ノコノコ帰ってきたのか?』
『ボロボロだな、ライにやられたか?ならトドメさしてやるよ』
二人は、その宣言通りまっすぐに私の元へ走りだす。
私の中のコキュートスは乱れている。
傷を負っただけで、こんなに弱くなるものなんて……!
「ごめん、シキくん……」
私、一番夢楼草が必要な時に限って巫女としての仕事ができなかった……!
全うできなかった。本当に弱かったのは私だった……!
立ち上がる事さえ困難になっていまい、ついに蹲る。
ブレーキ二人に殴りつけられ、吹っ飛ばされ、そのまま足先で小突くように痛めつけられた。
私の身体を守る氷はくだけないが、その衝撃はあまりにも苦しく。
脳震盪を起こし、意識がもうろうとしてきた。
『ぐ……!』
『うおっ!』
衝撃が止んだので目を開けてみれば二人の身体を地面が受け止めていた。
気絶しているようだ。
そして、私の身体を誰かが、腕全体で包むように持ち上げた。
「随分探すのに、時間がかかってしまった」
この声、まるで半分夢のような、耳の底で優しく囁かれてるような感じだ……
「ボロボロだな、これじゃあオルレアン攻略戦には出せないなでもまあ……」
「俺も結構ヤバい感じで症状が進んでいたから、結果オーライか」
「シキ……くん」