第4節 「流される人々」
◆図書室
教室へ行く通り。生徒達は、刃沼とすれ違うとき、顔を背ける。避けるように逃げ出す。いつものことだ。体育の授業中、刃沼は一人図書室にいた。そこへ白い和服姿の知り合いと会う。相変わらず白くて長いボサボサ髪だ。
ヘレネー「よォ。サボってる、ってな様子だな」
刃沼「うん」
「あまり、学校になじめねぇのか?」
「うん――。グループで行動するのが嫌だ、苦手。単独行動が合ってる、自分には」
「単独かァ。確かにあんたはそうだよ」
「ヘレネーは? ……サボり? いつものように」
「あァ~あ。オレは年中フルタイムの……サボりだ」
「……学校に、何しにきてるの?」
「見たり、聞いたり、喋ったり。オレの好きなようにさせてもらっている」
「……」
「ところで、オレは学校生徒を見て思うんだけどな、学校と家を往復してばっかの毎日で、いったい何が学べるっていうんだ? パズルばっかり頭に詰め込んだってよ」
「学校で学べるものを、聞いているの?」
「勉学――とか、ありきたりな答えはいらねえよ。あんたなりの答えがあるなら、聞きてえもんだな」
「……、『人間の悪い心を身をもって知る』。それが、今まで学校で学んだものの中で唯一、意味があったと思えるもの」
「そっか。だが、そんな経験、あんたにゃ、もう十分だろ。もう人の悪い面を見せられるのはよ」
「だからサボってるんだ。それに最近は、学校へ通うのをやめようかなと思ってる」
「やめるったって、ああ、登校拒否ってわけか。今だと不登校児とでも云うのかな。いいんじゃねえか、イヤなら。――我慢できねぇことがあったら云ってくれよ? 助けになるからな」
「ありがとう。優しいね」
「あぁ、そうさ、オレは優しい人間さ。でもおかしいことによ、刃沼しかそう云ってくれねえんだ。オレぐらい優しくて繊細な人間もいねえもんだぜ」
「……そう」
*
そして――チャイムが鳴る。
「終わったぜ? 授業」
ざわざわとした人ごみ気配、現る。
デガラシ「ここにいましたか! 刃沼、――と、ヘレネーさん……」
デガラシは刃沼を見つけてホッとした表情をしたのち、ヘレネーを見つけて驚き混じりの警戒を示した。
刃沼「ヘレネーとも知り合い?」
デガラシ「いいえ……。実際に会ったのは初めてです。噂では何度も耳にしましたけれども」
「噂って?」
デガラシは、ヘレネーの方を見て、それからややうつむく。云いずらそうにしているようだ。
ヘレネー「色々とオレの名が有名になっているらしい」
刃沼「何をやらかしたの」
ヘレネー「殴ったり、蹴飛ばしたり。ケンカを少しやっただけよ。なあにちょっとドタバタしたぐらいのもんだ」
デガラシ「ちょっとって……。話では4階から突き落としたと、聞きましたが……」
刃沼「殺害目的で?」
ヘレネー「違う、1階だ。1階の窓から外に放ったんだよ。――人の噂ってぇのは大げさになってくる。鵜呑みにしちゃアいけねぇな」
デガラシ「みんな、貴方のことを不良扱いにしています」
ヘレネー「ガキはレッテル貼りが好きなんだよなー。少し人と違うからって、何かしら大げさな扱いをしてくる。少し、違うだけでな」
ヘレネーはちらりと刃沼を顔をうかがう。刃沼は、近くの窓から空を眺めてぼーっとしていた。デガラシは図書室の壁掛け時計を見た。
デガラシ「次の授業、教室で自習です。刃沼、どうします?」
ヘレネー「オレのクラスの次の授業は? 何かナ?」
デガラシ「知りませんよ。クラスも学年も違うんですから」
ヘレネー「14年A組だ」
デガラシ「だから分かりませんって」
ヘレネー「そうか。じゃあ、もう1つ聞きたいこと。そっちにヘルって子がいるだろ? どういう調子かな、って」
デガラシ「ヘル……さんですか? えっと……」
ヘレネー「分からねえか。えっとだな、黒い髪の奴で――、ああ、ちょうどオレと同じ髪型の、色違いだ。顔も違うけどな」
デガラシ「もしかしてあの人でしょうか? …いやもう一人似た方が……。 瞳が灰色の方ですか?」
ヘレネー「灰色……だったっけ? あー多分、うん、そうだ。そいつ」
「もしかして今度はその方をいじめてるんですか!?」
「いーや、オレの妹なんだ。何を誤解してる」
「ええっ! ……全然似てませんね」
「似てねえって、よく云われるよ。で、元気か、ヘルは。いじめられてないか?」
刃沼「そんなに気になるなら、自分で確かめてみればいいのに」
デガラシ「まぁ多分、何事もなく、普通なようです。あまりその人のこと知らないので、よく分かりませんが……」
「まぁ、そうか。ありがとな。――そうだよな。関心ある対象以外は目に入らねぇもんだよなア~」
◆教室 給食時
みんなお喋りしながら、飯を口に入れている。刃沼はその給食風景を見ながら、思い浮かべてしまう。家畜の馬や豚が飼料を食っている姿を。
刃沼(思っても、口にしない方がいいってのは、こういうことだろうね)
刃沼のことについて、噂している人がいるようだ。
生徒「ねえあのロボット、不良と会ってたよ」
ロボットというのは、恐らく刃沼に対してのあだ名または蔑称だ。
生徒「屋上から突き落としたっていう、あの不良」
刃沼(不良ってのはヘレネーのことだろうね。それしても、屋上とはァ、また話が膨らんだなぁ)
生徒「ケンカの相談でもしてんのかな? 怖いね」
生徒「ホント何考えてんのか分かんない」
「そうそう、あの不良もそうだけど、ロボットも、何考えているのか分かんないのが、怖いよね」
「うん、分かる~」
刃沼(当たり前だ。人の考えていることが分かったら、超能力者だ)
生徒「何やらかすか分かんないヤバい感じするもんね。私らも、いじめられるかもしんないよ?」
生徒「ねぇ、いじめられる前に、いじめ返そうか?」
刃沼(しかしまぁ……、人類の大半を占める、流される者たちは、理解できる思考も置いてきぼりにしてしまう。それもまた、現状の人間の欠陥だ。それをどう直せば――)
デガラシが横切り、噂をする生徒たちに向かって、ずかずか歩く。
デガラシ「刃沼の悪口云うならば、こそこそ云ってないで、はっきり云ってください!」
そう一喝した。その生徒たちはいったん口を閉ざす。回りの生徒も沈黙して固まった。刃沼は水筒から麦茶を注いでいた。静かな教室の中、水筒に入れた氷がカランカランと音を立てる。
生徒「ねぇアンタ、なんでアイツの仲間なの? そうだ、わたしたちのグループに入らない? アイツを抜きにしてさ。アンタ人気あるからさぁ。みんなまとめんのにいいんだよねぇ」
デガラシ「貴方たちの仲間になれと云うんですか? お断りです」 デガラシは元の席に戻った。
生徒「無理だって、引き入れようとしたって、アイツは」
「今どき珍しいよな。あんなにまで、真面目さ一本調子なのも」
「そう? 誰だって、悪い所の1つや2つあるよ。あの人、外面は良くしてるけどさ、裏ではどんなこと考えてるのか。人に知られずに貶める策略とかしてる」
◆昼休み 図書室で
デガラシ「刃沼は悔しく、ありませんか……?」
刃沼「そもそも……、悔しさという感情が分からない。私の感情はまだ未分化のようだ。スポーツの試合で負けて、悔しくて怒ったり泣いたりする人がいるけど、私にはどういう仕組みになっているか理解できない。死傷者が出たわけでもないのに」
「……」
「単に、嫌な感じ、という不快感なら、今は感じる」
「何も云い返さないんですか」
「云い返しても無意味だと直感してる。相手が一線をこえたときに、報復するよ」
「あの方たちは、口で攻めるばかりで……。そういうことがこれからも続くと思います」
「ふーん。それなりに罰した方がいいのかな」
「罰するって、レッドパスさんの影響でも受けたのですか?」
「……誰かな?」
「新聞とか、あまり読んでいないんでしたね」
「新聞はとってない。ラジオやテレビ、インターネットがある。でも、たいてい、ラジオとテレビは背景音になっちゃう。音が鳴ってるだけで、頭には入ってこない」
「そうですか。けっこうだいぶ前からですが、警察組織が機能しにくくなっていることは知ってますか?」
「良く分からないけど、そうらしいね」
「そのあたりから、そのレッドパスという方が現れ、人を裁き、罰しているようです」
「なるほど。私刑というやつか。そりゃア、何かが機能しなくなれば、代わりの何かが生まれるもんだ」
「しかし、それは独断で善悪を決めつけてるんです。しかも、次々殺しているので、殺人鬼ですよ」
「捕まえればいいのにね」
「その捕まえる警察組織が弱体化してしまっているんです! それにレッドパスさんを支持したり賛同する方も多いようです。――見ていてスカッとする、とか云っている人いました。人殺しでスカッとするなんて……!!」
デガラシは、やや怒っている。
「自然なことだよ。恨みの対象がなくなれば、喜ぶもんさ。それに、昔から殺人はなくならない。争いも、戦争も、いじめも、差別も。……まぁ、減りはするかな」
「……話が逸れました。刃沼もいじめられているのでは、ありませんか?」
「どこからがいじめで、どこまでがいじめなのか、さっぱり。とりあえず、悪いことがあったら、先生に相談してみるよ」
「そうですね。先生や、家族の方でも、友人でも、誰かに相談することは大事です」
「――おっと、そろそろ時間だ」
刃沼は椅子から立ち上がり、去ろうとしたが、もう一度デガラシの方を向く。
「そうだデガラシ。人間を改善するには、どうすればいいと思う……?」
「ええっ……」
「最近ぼーっとしているとね、そればかり考えてしまうんだ」
「人間の……改善、ですか……」
「今まで人間は何万年も生きてきたのに、まだこの程度だ。私は余程のことがなきゃ、人は改善できないと思っている」