第3節 「予兆」
◆家 夕方
刃沼はインターネット上のWebページを、さまようように閲覧していた。そういえば旅行先は”流離島”だっけ、と思い出し、検索する。
刃沼(……?)
その結果には、やや不穏な様子がうかがえた。行方不明者が続出とか、人体実験の施設があるとか、あったとか。
◆家 夜
刃沼は一人、夕食を食べる。テレビは、寂しさを紛らわすためにつけている。テレビから流れる情報へ、注意を向けるわけでもない。ただ背景音として、ぼんやりとした頭に素通りするだけだ。批評家風の人と、アナウンサー風の人が話している。
――「昨今の人々の性質について、一部からは、『狂人化現象』と呼ばれておりますが」――「狂人とはまた物騒な物言いですねぇ」――「さて、そうでしょうか? 重大なのは、じわじわ危機的状況になっているのに、それをさっぱり自覚できていない、その大衆の盲点こそ、危険だと存じます」――「あえて過激な名前がついたというわけですか」――「そのほうが良いでしょう。……果たして本当に、危機意識を持っている人が、どれほどいるか、甚だ疑問ではありますが――」
画面が突然暗くなった。自分がテレビを見ていないことに気づき、刃沼はテレビの電源を切っていた。静まりかえった部屋の中。無意識に聞いていた単語が、刃沼の頭に反響する。
(きょうじんかげんしょう……、狂人化現象……、狂人化……、狂人……。果たして朝見た光景も、あの人は、狂人だったのだろうか。それとも――)
”それとも”と考えたのち、しばらく言葉を探す。そして思考を続ける。
(それとも、ただのバカか、駄々っ子か、気違い、阿呆、お祭り気分?、魔が差した? 誤作動、イレギュラー、エラー。誰だって、頭のおかしくなるときもあるね。コンピュータだって、頻繁にフリーズやエラーを起こす。人の脳もエラーを起こす……) まどろむ頭で、そのようなことを考えるうち、眠りに落ちた。