第2節 「ヘル。アキ、サユリ」
◆広間 朝
あれからヘルの調子は戻っていった――ようにも見えるし、そうでもないような気もする。友達も増えたらしい。何人も引きつれてる。今その友達たちとオ食事中だ。
サユリ「ヘルっ!!!」
ヘルはきょとんとした顔だ。
ヘル「そう怒らないでよ。食事中は静かにして」
アキ「サユリが怒るのも無理ないですよ。ヘル、もう少し穏やかに過ごせませんか」
ヘル「んー、なんのこと?」
サユリ「とぼけないでよ!! アンタまたやらかす気なの?」
ヘルは気にも留めず、コーンスープを口に運んでる。
サユリ「今度こそ云うからね、アンタの姉にさ……」
ヘルはサユリに目を合わせた。灰色の瞳が淀む。
サユリ「うう…………」
サユリは冷や汗をかく。怯えているようだった。
ヘル「別に。お姉ちゃんに何を云ってもいいけど。信じないと思うなぁ。もちろん、云うなら云うで、それなりのことはするよ……?」
サユリの背筋には鳥肌が立つ。ヘルはサユリの肩に手を回す。サユリはいよいよ全身を震わし始めた。ヘルの腕を払いのけ、逃げるように走り去った。
アキ「ヘル……」
ヘル「あなたはわたしの味方だよねぇ……?」
アキ「…………」
(ヘルさん、変わっちゃった……)遠くで見ていたホープの表情は哀しげだった。
◆波止場
ヘルが散歩をしたいと刃沼を誘った。そして波止場にいる。淀んだ灰色空、淀んだ空気。
刃沼「波止場か。後ろから背中をドンと押して、海に落とすユーモアは止めて欲しいもんだね」
ヘル「しないよ? そんなこと」
顔は平静だったが、ヘルの手は強く服を握りしめた。
刃沼「海にはサメでごった返しだ。ジョークのつもりで落として死んじゃったらブラックコメディだね」
ヘル「はは……は」
刃沼はしばらく海の向こうを眺めていたが、目がうつらうつらし始める。
刃沼「ふあぁぁぁっ」
欠伸も出る。
*
ヘル「相談があって……」
ヘルは寒そうに手と手をこする。
ヘル「……みんなわたし見ると、怯えるんだ。……みんなわたしをいじめるんだ。……だからわたしは…遊ぶんだ」
刃沼「詳しく」
ヘルは寒そうにポケットに手を入れる。そのとき向こうから声が聞こえた。
サユリ「刃沼さん! 気をつけて!」
遠くから駆け寄ってくる。
ヘル「ぅ……」
ヘルはポケットの中で、強く握りしめる。
刃沼「やぁ。ヘルの取り巻き連さん?」
サユリは刃沼の腕を掴み、引いて、ヘルから離す。
サユリ「ヘルっ……」
「……」
ムスッとした表情でヘルはうつむいている。もう一人、来た。
アキ「ヘル、今握っているもの、出しなさい」
ヘルは何かを握った左手を、スーッと前に出し、手を開いた。小刀が落ちた。
サユリ「今度は、この人を刺すつもりだったんでしょ?」
ヘル「ちがう。ちがうもん」
アキ「この後に及んで言い逃れですか」
ヘル「そもそも、敵うわけないでしょ? こんな小刀で。この人すごく強いの知らないの?」
アキ「でも、いつも睡魔に襲われることで有名です。隙を突けばあるいは……」
ヘル「みんなして、疑う。わたしを悪者にするんだ……!」
刃沼は小刀を拾う。
刃沼「刃物の1つや2つ、この状況下じゃ、別に怪しくはないねー。人によってはさ、銃まで携行しているくらいだもの。護身用でないの? ――よっと」
小刀の鞘を抜く。鞘の中からドロドロの血にまみれた刀身が露になった。
刃沼「ありゃりゃ、使用済みだ」
アキ「それが証拠ですよ。それで私の知り合いも殺されたんです……」
ヘル「違うッ。誤解だもん」
刃沼「へぇー」
サユリが刃沼を睨む。
サユリ「なぁアンタ、こいつの知り合いが殺されたって聞いて、へぇーってのはないだろ?」
刃沼「状況を知らないからねー」
アキ「状況?」
アキはやや不機嫌になって聞き返す。
刃沼「どういう理由でやったのか。報復殺人、正当防衛、それとも愉快犯。一口に殺人と云ったって、それだけじゃあ何も分からないもんだ」
サユリ「行こ、アキ」
サユリはアキの手を引く。
アキ「あなたも相当おかしいですね」
アキはきっぱりと刃沼に向かって云い、去っていった。
刃沼「やけに心の余裕を喪失した方々だった。で……、実のところ、どうなの?」
ヘル「知らないっ!」
ヘルも去る。「若干雲行きの怪しさ漂う」、刃沼は呟きながら、血まみれ小刀を鞘に戻し、持ち帰る。
◆ホテル 地下倉庫
赤く滲むシーツにぐるぐる巻きにされたアキの姿があった。四つん這いになったサユリの姿も。そのサユリの前にヘルが立ち、見下ろしていた。サユリは動けない。両足に長く鋭い刃物が貫いていた。
サユリ「いぎぎぎいいいいいぃぃぃ」
噛みしめる。痛みを、苦痛を、無念を、こらえている。
ヘル「アキちゃんは、もう静かに寝たよ。もう起きないよ」
サユリは呻く。
サユリ「私が早くに、アンタを殺していれば……」
ヘル「ふフ……は、ははハハハ……。無理だよ。できっこない。分かってるよ。できっこない」
サユリは痛みをこらえて立ち上がる。顔は既に青ざめていた。立ちくらむように倒れる身体を、なんとか足で受け止める。
ヘル「今までだって、何度も何度もチャンスはあった。なのに貴方はやらなかった。優しいんだね。友達を見殺しにしてさ」
サユリは揺らめくように一歩、一歩、ヘルに近づく。
サユリ「こんなこと、いつまでも続くわけが……」
ヘル「笑っちゃうよ。ゲームだってゲームエンド。終わるよ。いいじゃん。終われば」
バラバラな言葉をつなぎ合わせるような喋り方だった。ヘルはケタケタ笑い出す。
サユリ(もう駄目だ。ダメなんだヘルは。壊れてる。だから私の手で始末をつけるんだ……!)
サユリはヘルのもとまでたどり着き、ヘルのか細い首に手をかける。
ヘル「云ったよね? ゲームエンドだって……」
ヘルは、その手を避けて、ポケットから拳銃を取り出した。
ヘル「お姉ちゃんから借りたんだ」
サユリは固まる。
サユリ「撃てばいい……。撃ちなよ……! そんなことしたら銃声でみんなが――」
ヘル「来ないよ」
サユリ「な……」
ヘル「だからここを選んだの。貴方の終わり。ゲームオーバー」
サユリの頭を撃った。…… ドサリと倒れる。「さよなら」、さらに何発も撃った。始終、うっとりとした無気味な表情をしていた。気の済むまで加害行為を続けた。そして地下倉庫のドアを開ける。
ヘル「じゃあ、後始末お願い」
化け物がいて、ヘルの横を通った。そして食事を始めた。




