第8節 「遊び感覚な狩り」
化け物に恐怖する者がいる一方、化け物狩りを楽しむ連中もいた。ここにケンジ、キヨシ、ホープという三人組がいる。
◆広間にて。
タコヤマ「オイオイオイオイオイオオオオォォォォ」
タコヤマはケンジの肩を掴みガタガタ揺らせながら、自分の首も胴体から抜けそうなほどグラグラ揺らせていた。
ケンジ「会長さんよ! しっかりしてくれよ! なにしたってんだ!?」
タコヤマ「オオオオエエエエオオオオオエエエ」
タコヤマはケンジの肩を離すと、両手で頭を抱え、絶叫しながら直進して行った。数度、壁に衝突したのち、廊下に出て、どこか遠くへ走って行った。
キヨシ「もう駄目じゃねえか。狂ってるよ」
ケンジ「ああ。死んだな」
キヨシ「今日はあの空家 行こうぜ! きっと化け物がウヨウヨしてるぜ」
ケンジ「ああ。ヘレネーから武器も頂いたしよ。おめえも来るよな? ホープ?」
ホープ「僕は……恐い。行きたくない」
キヨシ「まァーったく、臆病風吹かれてヨ。そんなんだからオレらみたいな友達しかできねえんだ」
ケンジ「見ろよ、あの刃沼って奴をよ」
ホープ「…………(いつも そば食べてる子?)」
ケンジ「何が起きても、いつもあいつは、どこ吹く風ってなもんだ。あのマイペースを、お前も見習えヨ」
ホープ(それって単にこの状況が理解できてないだけなんじゃ……)
キヨシ「んじゃまぁ、いくか」
ホープは襟元を掴まれ、連れて行かれた。
◆路上
レッドパスとすれ違う。
レッドパス「…………」
鋭い眼光が三人を刺す。
ケンジ「…………」
キヨシ「あれはヤバイわ……」
ホープ「……(なにがヤバイのだろう)」
◆空家。
「入るぞ」
島に点在する或る一軒の建物に入った。中は頑強な石造りになっていた。奥から引っ切り無しに物音が鳴り響いている。
「やっぱりこれ、迷路だよな?」
入って早々、緩やかな下り階段と、下りのスロープが続いた。その先は奇妙に入り組んだ道の数々。はがれた壁からは土が見える。もう地面の下かもしれない。
「いい雰囲気、醸し出してるよ。なぁ、まるでRPGのダンジョンじゃないか」
ホープ「ダンチョネ?」
「耳悪ぃな。ダンジョンだ、ダンジョン」
(ダンジョン……、地下牢のこと……?)
三人は物音のする奥の方へと進む。後ろから、もう一人の影。
◆地下迷宮、地下1階
ケンジ「出ました化け物、2体」
ケンジがサブマシンガンを連射する。
10何発か撃って、ようやく一体を動けなくした。
キヨシ「へーたくそ~」
キヨシはアサルトライフルを単発で撃ちこむ。3発撃ったところで、もう一体は倒れた。
ケンジ「で、お前にはこれだ」
ホープ「お、大きいよ……」
ケンジが渡したのは、スナイパーライフルだった。
キヨシ「カッコ良いだろ? ヘレネーの奴は『全然売れねえから、格安で売ってやる』とかいうが、どうしてどうして、なかなかいいもんだ」
ホープ「銃なんて……興味ない。怖いだけだもん。大きな音だけでも怖いよ」
キヨシ「こいつはな、スナイパー、つまり狙撃用なんだよ。狙撃銃とも云う。遠くからの狙い撃ちに優れてんだ」
ケンジ「ここ狭いんだけど? 不向きじゃねえか? なんで持って来たバカ」
キヨシ「有り金 叩いて買ったんだぞ! 使わなきゃ損だろ!」
ケンジ「自分が使ったらいいだろ! だいたいホープは一番小柄なんだから、合わねえだろ!」
ホープ「ケンカしないで…………。持つだけ持つから」
ホープは押し付けられた狙撃銃を抱えた。
正面遠くから敵が現れる。
ケンジ「お~お、大声出したら来た来た」
キヨシ「さぁーて、お前の出番だな」
キヨシはホープを前に突き出す。
ホープ「え!? ええ!? 分からないよ! 使い方!」
キヨシ「問題ない。オレが手取り足取り――」
ケンジ「敵が目の前なのにか?」
「大丈夫だって。見ろ! あいつら足が遅いんだ。今迫ってる奴だって、カメといい勝負だろ」
ホープに狙撃銃を構えさせ、スコープを覗かせる。
キヨシ「オレも本物を扱うのは初めて。調整はどうやるんだ……分からねえ。ん? こうか。違うか」
ホープ(すごく心配になってきた……。……暴発したらどうしよう 暴発したらどうしよう 暴発したらどうしよう)
キヨシは引き金に触れた。発砲した。狭い空間で反響する轟音は、なお、けたたましい。
ホープ「!?」
キヨシ「あ、いいぜ」
ホープ「うぅ……」
ホープはやけっぱちになり、観念して銃を構えた。化け物はその間にも距離を詰めていたが、まだまだ離れていた。スコープ越しに化け物へ狙いを定める。そーっと引き金に触れる。そのとたん発砲した。化け物はよろめいたのち倒れた。どこに当たったのかも分からないが、とにかく命中したらしい。
ケンジ「お! やるじぇねえか!」
キヨシ「ほんとほんと。一発で倒したなら、オレ達より凄いぜ」
二人はホープの髪をぐちゃぐちゃに撫でた。遠くで誰かがじっと見ていた。
「…………」
◆地下2階
敵は数匹しかいなかった。危なげなく倒し、先へ進んだ。
◆地下3階
この階では、1匹も出会わなかった。
◆地下4階
そして地下4階の奥まで来た。
ケンジ「張り合いがねえな。本当に化け物の巣窟なのか、ここ?」
キヨシ「話ではよ、入ってすぐにのところで数えきれないくらいたくさん化け物がいたって。おかしいな」
ホープ「いなかったらいないでいいよ。帰ろうよ。怖いし、重いし、寒いし、暗いし」
ケンジ「情けねえ」
キヨシ「ここまで来たってのに」
そのとき、来た道が落とし岩で塞がれた。
「なんだ!?」
「閉じ込められたか」
塞がれた岩の向こうで、何やら叩く音が小さく聞こえる。
ホープ「あああああ!!!」
塞がれた道と反対、奥の方を指さして、ホープは悲鳴を上げた。そちらには化け物の群が迫っていた。それも今までのものと違い、移動速度が速い。二人は銃を連射した。
キヨシ「おい! お前も撃て!」
ホープは銃を構えるも、素早く移動する相手をスコープでとらえきれない。
ケンジ「ホープ、何してんだ、バカ! とにかく撃て」
ホープはスコープを覗くのを止めて、直感で撃った。狙った方向とてんで違う方へ弾が飛んで行った。が、そのあたりの化け物が一体倒れたので、当たったのかもしれない。
ケンジ「いいぞ、その調子だ。もっと撃て」
三人は弾丸の尽きるまで撃ち続けた。その背後の岩では、やはりドスンドスンという音が鳴っていた。岩の向こうでも岩が落ちているのかもしれない。
*
ケンジ「だめだッ」
弾切れになった銃を放った。
キヨシ「こっちもだ」
ケンジ「残ったのはホープだけか」
ホープ「こっちも残りの弾、ほとんどない」
三人は沈黙した。化け物は次から次へと湧いてくる。
キヨシ「貸せッ!」
キヨシはホープの狙撃銃を取り上げた。そして撃つ。が、一発も当たらず、全ての弾丸を使い果たした。
ケンジ「ああ……バカ野郎……っ」
ケンジの目からは滴が垂れていた。
ケンジ「死にたくないよぉ……」
キヨシ「そうだ、おい、ケンジ、お前、囮になれ」
ケンジ「いやだよ。お前がなれよ」
二人は口論になる。
ホープ「落ちついて二人とも。今はもう、囮も意味がないでしょ。……!」
ハッとしてホープは伏せた。キヨシとケンジは逃げ出した。化け物がすぐそこにいて腕を振り回したのだった。ホープはそれをかわしたのち逃げた。三人は逃げ続けた。岩からグォォン、グォォンという地鳴りが聞こえる様になった。ケンジが転んだ。くたびれており、すぐに起き上がる力は出ない。
キヨシ「ケンジ!! やられるぞ! ケンジ!!」
化け物はその鋭いナイフのような爪も振り上げる。そしてケンジの胴体目がけて振り下ろした。ケンジの胴体を突き刺した。貫いた爪は、引き裂くように動かされる。ケンジの絶叫がこだます。ホープは、そちらを見てしまった。引き裂かれたケンジから、内臓が飛び出ているのを、見てしまった。吐き気に襲われ、ホープは立ちどまってしまう。
キヨシ「ホーープ!!!」
ホープの後ろからも、化け物が腕を振り上げていた。岩は随分、激しく振動した。なぜだろう。不思議な岩だった。だがこのとき、振動するにとどまらなかった。岩が粉砕され、飛び散ったものが化け物に直撃し、ホープを守った。代わりにホープの腕や背中にも、岩の欠片が激突し、いくらかのケガを負った。ホープは気絶した。破壊された岩の向こうから、赤いカウボーイハットをかぶった大男が、飛び込んできた。そして、すばやく辺りを確認する。
レッドパス「一人生きてるな。いや、もう一人、すぐそこの奴も気絶してるだけか。もう一人は……ダメだ、死んでいる」
レッドパスはキヨシにすばやく近づき、追いかけてきた化け物を、一撃の拳で黙らせた。岩石を叩き付けるような堅い拳だった。
有無を云わさず、キヨシを抱きかかえる。次にホープへ向かう。ホープには、また化け物が群がろうとしていた。レッドパスはいったんキヨシを放る。そして懐から金属製の棒を取り出す。群がる化け物たちを、叩いたり突いたり、殴ったりし、追い払う。そののち、棒をしまい、ホープとキヨシを抱え上げ、地上まで一気に走り抜けた。
◆空家の前
地上に出たレッドパスは、二人を雑に放った。とくにキヨシの方は、地面に叩きつけるかのごとく放った。
キヨシ「痛ってえ……」
ホープは起きたらしい。
ホープ「ううん……。あ、生きてる……! 生きて、る……!」
ホープは泣き出した。
キヨシ「ケンジ……、死んじまった……」
レッドパス「……」
キヨシ「あんたがもう少し早く、助けにきてくれれば……! ケンジは……」
レッドパス「……その様にしか思わんのならば、お前をまた先程の場所に連れ戻すぞ」
キヨシ「…………」
レッドパス「お前が化け物退治をしたがった、その理由から話せ」
キヨシ「遊びだよ……」
「遊び、か」
「化け物という殺していい存在がいる。そして本物の銃がある。じゃあやるこたぁ決まってるだろ?」
「死を覚悟してのことか?」
「へ?」
「相手を殺す以上、こちらも殺される覚悟ができているのか、と聞いている」
「だって、遊びだよ? 狩りだよ?」
「殺しが遊びとはな。ずいぶん命を軽くみたものだ」
「誰だってハエを殺すのに、自分の命がどうとか考えねえだろ!?」
「あの化け物は殺傷力がある。それは分かるだろう」
「……」
「今は、攻め入る力はいらないのだ。守る力だけで良い」
レッドパスは岩を転がして、地下通路の入り口へはめ込んだ。




