第6節 「怒りの矛先」
◆ホテルの中庭
ホテルの中庭に、屈強な人たちが集まっていた。
タコヤマ「ずいぶん集めたもんだ……」
ツミキ「はい。運動部の方たちを中心に協力して頂きました。柔道部に空手部、ボクシング部に相撲部、剣道部、格闘技術部などなど30人近くおります。その力をケンカに利用すると、ただではすまない強豪ばかりです。今日だけは、その武力も、大目に見て下さるようお願いします」
タコヤマ「ああ、よし。分かった、目をつぶろう。(生徒たちを見回し)もうやる気にあふれているらしいな」
集まったのは力自慢な連中ばかりであった。
体力自慢達「俺なんか、リンゴを一掴みで粉砕できるぜ」
「なに、そんなの。私のこの指を見なさい。一瞬の油断で、お前の目玉もくり抜くぞ」
「私はこの剣で一度も負けたことがないわ」
「馬鹿野郎! 竹刀など相手になるか。オレがへし折ってやる」
「この中では僕が一番の強さだろう。今まで一度も負けたことはないのだから」
「フライングボディアタックで木端微塵だ」
ツミキ(腕が達者な方々を、集めたけど……。おつむの方はちょっと不安でね。でも、それなりに賢い人はみんな拒否してしまう。仕方ねぇもんな……)
集団に向かって云う。
ツミキ「今朝、人が殺されました」
体力自慢達「ああッ!!??」、「どういうことだオイ!!」
ツミキ「それで、民宿に泊まっているレッドパスという方が――」
と、云ったところで、激しい云いあいの声にかき消された。
体力自慢達「レッドパスだと!!! あいつがいるのか!!!」
「馬鹿だろあんた。ここに来る前の説明で、聞かされたろ! 聞いちゃいなかったのか!?」
「おい! おい! オイ! どこだ、どこだ、殺人犯は!? おい!!」
「そいつが殺人犯なんだろ!」
「殺人犯を殺人するんだな! そうなんだな!?」
「駄目だそんな奴は! ここにいる資格はねぇ!! 殺せ! ぶっ殺せ! 殴り殺すんだ!!」
聞き取れた人間の言葉はそこまでだった。あとはサルやゴリラの怒号の鳴き声に近いものだった。
「ギャウギャウギャウ、ギョギャァァァアアアア!!!!!」
「ウォォォオオオオオアアアア!!!!」
「ヴァヴァヴァヴァヴァアヴァ!!!」
集めた人間の組み合わせが悪かったのかもしれない。まるで互いに共鳴するように、どんどん怒り狂うエネルギーが増長している様だった。もはや手の付けられない危険集団と落ちた団体は、激流のように駆けだして、ホテルの外へと続いた。
ツミキ「これでレッドパスも一巻の終わりですね」
タコヤマ「ああ。うまくやったなツミキ。良い案配だったぞ。おれはよく知らんが群集心理やマインドコントロールをうまく利用したのだろう? お前がパートナーで良かった」
ツミキ「ははは……ありがとうございます。(本当は勝手にみんな狂い出しただけなんだけどな)」
いつからか人間の知性は落ちつつ悪化し、そして今に至る。それが異常なことだとは、一部の人間だけが知っている。
◆ホテル正面玄関前
荒々しい群衆がホテルのロビーから玄関に続いている。
群衆「奴を殺せ!」、「殺したものは殺せ!」
もはや殺意的感情の塊が動いているようなものだった。当人たちは事件について確認することもしていない。事実確認には関心がないらしい。
運が良いか悪いか、ちょうどレッドパスは、民宿を出てホテルへ向かう途中だった。向こうから流れ込むように迫る集団を、レッドパスはじっと見すえていた。
群衆「奴か? 奴なのか?」
「そうだ、そいつだ、そいつをやれえぇぇぇ!!!」
レッドパス(分かりやすい危険集団だな)
レッドパスは自らの拳を前へ、示すように掲げる。群衆は、先ほどまでの威勢が間違いだったように静まり返った。レッドパスの手前で群衆は止まる。睨み合いが続く。
レッドパス「予め云っておく――、俺を攻撃するならば、自分の死を覚悟しろ」
群衆は、怒り混じりの荒い鼻息をする。
レッドパス「その覚悟があるか。あるならば かかって来い」
そこはかとなく、どすの利いた声だった。互いに動かず。全身も後退もないまましばらくたつ。
レッドパス(この者たちは中途半端な覚悟でここへ来たのか)
レッドパスは少しずつ後退した。それを確認した群衆は、威勢を取り戻した。
群衆「やれやれやれやれれわああああああ!」
「あいつはビビッてるぞ! たいしたことねえぞ! こんなやつ怖くねえぞ」
「みんなでタコ殴りだ。皆殺しだ! 袋叩きにしちまえ!」
群衆は、敵の逃げ道を塞ぐように、囲みながら迫る。そして四方八方から殴る蹴るの猛攻。体中の骨を叩き折り、体のあちこちを貫き、八つ裂きに切り刻もうと張り切る。多勢に無勢。一方的暴行。虐殺の呈だった。
群衆の中から空中へ、何かが放り投げられた。それはやがて落下し、アスファルトに叩き付けられた。一部ねじ曲がった人体だった。レッドパスは生徒の腕を掴み、怪力をもって、その生徒を勢いよく振り回しては、他の生徒に叩きつける。そうして群集を蹴散らした。一部の生徒は武器を持っていた。それに対しレッドパスの武器は、さしずめ敵の人体だった。そう長くはかからなかった。誰も彼もがまともに動くことのできない状態になった。
レッドパス「意識ある者、良く聞け。人間の行動は、力のみでは無価値だ。思慮深さを大事にしろ。頭の無い怪物となるなら、滅びるのみだ」
その場を後にしながら思う。
レッドパス(……果たして、この者達には良い経験となったのだろうか?)
それから当分の間、タコヤマとツミキは隠れ過ごすことになった。
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