第5節 「犯人探し」
◆3階廊下(ホテル)
ホテルの3階通路をヘレネーは歩く。客室の一つに人が集まっている。ただならぬ雰囲気を呈していた。
*「いったい……」
*「ひでぇ……」
合間から、室内を覗いた。
ヘレネー「こりゃあ……」
見るも無残に引き裂かれ、千切れとんだ死体が室内に散らばっていた。おそらく元は3体の学生だったのだろう。ずんぐりむっくりな金髪生徒がヘレネーを睨む。
ヘレネー(こいつは確か学級会長だったか?)
タコヤマ「お前が、やったのか……?」
タコヤマ学級会長は、恐る恐る尋ねた。
ヘレネー「ああっ? なんでそうなるんだよ!」
唐突な言葉に、ヘレネーは驚きと怒りが混ざる。
タコヤマ「お前が一番、疑わしいんだ! それに調べはついてんだよお前。お前ンとこは、銃器の密売までやってるそうじゃないか? ああ?」
ヘレネー「密売じゃねえ。合法的にやってるよ」
「今も武器、持ってんだろ? 手榴弾か? それでこいつらを弾けさせたんだろう?」
「オレじゃねエ。だいたいな、よく見ろタコ! その遺体をよ!」
タコヤマは遺体を見る。その額には冷や汗が流れる。
「あんまり、じっくり見たくない有様だ」
「オレが持ってる武器は、銃や刃物と爆発物くらいなもんだ。それでこうはなるか? こりゃあ、食いちぎられた跡だ」
生徒「そう云われてみると、これ、食いちぎられて死んでるんだな」
タコヤマ「いや! 何か工夫すれば、お前にだってできるはずだ」
「だっから、なんで犯人を先に決めんのよ!?」
ヘル「お姉ちゃんは、犯人じゃ、ないっ!」
ヘレネー「わっ、びっくりした」
ヘレネーの真後ろから、ヘルが叫んだ。
ヘル「お姉ちゃんを、疑わないで。疑わしい人なら、他にいます」
タコヤマ「ほう? 誰かね、そいつは?」
ヘル「……すぐそばの民宿に、レッドパスという人が泊まってます」
生徒たち「……!!?」
タコヤマ「レッドパス!? なんでそいつがこの島に……!?」
生徒たちはしばし沈黙したあと、
「すぐそばの民宿だったな、……オイ」
タコヤマが顎で指示し、タコヤマと生徒数人がその場からいなくなった。
ヘル「良かった。疑いが晴れて」
ヘレネー「ありがとな――と云いたいところだが、気をつけろよ。危ねぇんだぞレッドパスは」
ヘル「大丈夫だよ。だいじょうぶ」
ヘレネーは窓から下を眺める。ぞろぞろ連れ歩くタコヤマ集団が、ホテルから出て民宿の方へ続いた。
◆民宿ずんだら
同時刻。勢いよく開け放たれた引き戸。タコヤマ率いる生徒たちが、ぞろぞろ入ってきた。
おばちゃん「あら、どうしたんだい? そんなにたくさん泊まれないよ、ウチは」
タコヤマ「おば様、レッドパスはどこだ? いるんだろう?」
「あらら、おば様なんて……。レッドパスちゃん! お客さんだよ! たっくさんのお客さん~!」
タコヤマ(いるんだな)
生徒(レッドパスちゃん……)
暗い奥から、こちらへ向かう人影。一歩一歩がやけに重々しい。この建物は古いのかもしれない。その一歩ごとに、タコヤマのいる所まで振動が走る。暗い所からレッドパスが現れる。天井の低いこの建物には、不釣り合いな巨体だった。
生徒「で…でかい……」
タコヤマ「…………」
タコヤマは見上げる姿勢になる。少し固まっているようだ。
レッドパス「要件は、なんだ?」
子分コ「会長、会長、何か云ってください」
タコヤマ「あ、ああ。レッドパスとは、アンタか……?」
レッドパス「そうだ」
生徒「レッドパスちゃんて――」
生徒「何関係ないこと云ってるんだ」
レッドパス「ここのおばちゃんには世話になっている。気さくなその心意気も、良い」
タコヤマ「おれはタコヤマだ。学級会長をやっている。今回ここへ来た理由は分かっていると思う。事件について聞きたい」
レッドパス「事件?」
生徒「とぼけてるわ、こいつ」
タコヤマはその生徒を手で制し、話を続けた。
タコヤマ「先ほど人が殺された。ホテルの客室で。それで……、何か知ってるんじゃないかと……」
タコヤマは気圧され、どんどんうつむき加減になってしまう。
レッドパス「知らんな。初耳だ」
タコヤマ「そう……です…か………」
意気消沈したタコヤマは、小さくなった自分の身体を民宿の外まで運んだ。
◆民宿の外
生徒「タコヤマさん! 奴を放っておくんですか?!」
生徒「あいつですよ。犯人は。殺気が尋常じゃなかったですもん」
生徒「いやでもなぁ、何の手かがりもないだろうに」
生徒「もっと強く、問いただした方がよろしいんじゃ――」
タコヤマ「静かにしてくれ!」
沈鬱な雰囲気となったまま皆歩く。その中にツミキと云う、タコヤマの子分がいる。ツミキはタコヤマのすぐ後ろに伴いながら、提案した。
ツミキ「タコヤマさん、腕力のある人をたくさん集めましょうよ。僕が手配しますので」
◆100号室(タコヤマの部屋)
他の客室より広い100号室にタコヤマとツミキは泊まっている。そこへ人が集まった。
「ところでレッドパスが犯人という確証はあるんですかい?」
「奴がホテルの中を、うろうろ歩いているという証言があった」
「それに! あんな殺し方ができる奴が他にいるか?」
そこで雰囲気だけは煮詰まった様相になる。
「ああそうか」、「そうだそうだ」、「確かに。間違いない」
集団においては、感情が結論となることもある。
◆909号室
「大変です、刃沼!」
先程、朝風呂に行くため部屋を出たデガラシが、間を置かず戻った。のみならず青ざめた顔をしていた。
「すぐそこで、人が……人が……バラ…バ………ぅ」
口を押えてトイレに入った。嘔吐する音がした。そののち、出てきたデガラシは畳の上へ横になった。デガラシは目にした惨状を伝えようとするものの――
刃沼「いいよ。見てきたから。人がばらされてたね」
「あ…そうですか……」
伝える必要もなくなり、しばらくの間、深く長めの呼吸を心がけ、安静にしていた。徐々にデガラシの顔色は良くなった。
デガラシ「刃沼は平気なんですか? ただごとじゃないですよ。なぜそう平然としてられるんですか……」
「人生には色々ある、と気長に状況を見つめればいい。生きてるとね、時折、望みもしないのにスリリングな状況に放り込まれたりするんだ。――でも今は、心配しなくていい。私のそばにいれば大丈夫」
「そうですか。――考えてみると、そばに刃沼がいて良かったです。こういうときだからこそ、動じない安定した人のありがたみが分かります。……それと、……申しわけありませんでした」
「いいよ。私が守る」
「いえ、そのことではなく……。わたしが修学旅行を休んでいれば、と。刃沼は悪い予感がしたのでしょう? それを素直に信じていれば、と今では思います」
「過去を後悔するのは無意味だよ。今をどう生きるかで、得るものもあれば失うものもある。いいんだ、これで」
「刃沼は強いですね。こんなときでも前向きに考えられるなんて」
「生きるためには、前向きに考えざるえないからね」




