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タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。

「か」 -可・過・夏-

作者: 牧田沙有狸

か行

「可」

過ぎ行く毎日はそんな感じだ。

有料化、いや、優良可の「可」。

ニュアンス的には教授側の気持ちか。

とりあえずクリアしたことにしてくれる平均ラインって意味。

優秀な成績だと褒められることもなく、落とされて再挑戦するチャンスもなく、

思い出になる強烈な印象もなく、中途半端な能力で修了した「可」。

誰に期待されることも、迷惑を掛けることもない。

人として最低限のことはこなし時間は過ぎていく。

あたしのこの頃は、そんな感じだった。

とりあえず、居心地は悪くない会社で

とりあえず、優しい彼氏がいて、

とりあえず、必死になるものもなく楽に生きている。

正直、このままずっと付き合って結婚して……と思えるほどの人ではない彼。

好きだけど、好きで好きでたまらない程ではない。

今は他にいないし、あたしのこと好きって言ってくれてるし、

そんな気持ちで、とりあえず一緒にいる。

「彼がいるだけで幸せ」という世間の目に反論したいような、する意味がわからないような、

きっと平均的に満たされすぎた毎日にあたしは乾いていた。

平均的に過不足なく、特に秀でたり劣ったりしてることもなく過ぎてゆく毎日。

会社帰り、地下鉄でいつもと違う出口に出ると改札前に無数の短冊が飾られた大きな笹があった。

「そうだ、今日は七夕だ」

あたしは笹に歩み寄り短冊に目をやった。

短冊の願いはわがままで言いたい放題だった。

人の願いを見るなんてなんだか、いけないような気がするが面白くてみてしまう。

赤面しそうな純粋な乙女の願いはちょっと懐かしく、羨ましい気分にさせた。


七夕は愛する男女が1年に1度だけ会える日。

そんな神話は、中学生だったのあたしにとってバレンタイン夏バージョンのごとく愛のイベントだった。

といっても片思いの恋を星に願うだけのひとりよがりなものである。

当時通っていた中学の最寄り駅にも、この時期になると大きな笹がおかれ短冊が飾られた。

そこに、大好きな人の名前を実名で書くという冒険をしたのだ。

あのころは、好きで好きでたまらない気持ちでドキドキしていた。

隣のクラスの加藤君。

ぜんぜん喋ったことなくて、でも大好きで、どうにか思いを伝えたくて短冊に書いた。


「加藤嘉文君の彼女になれますように。河本佳香」


もちろん、何も起きることなくあたしの恋は終わった。

ごちゃごちゃして目立たないところにあるものは、人に読まれない。

もしかしたら読まれてて、友達にひやかされて迷惑していたので無視されてのかもしれない。

それでも良かった。

そういう予想をする余裕もなく、ただ好きだったから。

あんまり喋ったことないのに大好きだった。

相手の迷惑なんて想像できずに突っ走っていた。


それが「青春」として、今より輝いて見えるのは過去だからか……


なんだか、こそばゆい気持ちが湧き上がってきた。

自己満足な七夕の苦い思い出は自分の成長を教えてくれる。

「可」だと言える毎日は、確実に現実を生きて、いろんな人との折り合いのつけかたが巧くなったからなんだろう。

ただ一方的に誰かを愛したいなら、今でもできる。

誰の迷惑も考えず、相手にどう思われようと何も考えないでいいなら。

きっと、ドキドキわくわく燃えるような愛を叫ぶことはできるかもしれない。


でも、幸福にも、あたしは一人で恋愛しているわけではない。

だから、もうそんなことできなくなっていた。


「可」をもらった科目は中学時代とはぜんぜん違うんだ。

そう思い、あたしは何も書いていない短冊を手に取り書き始めた。


 「これからも彼と幸せでいられますように。佳香」




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