表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
思い出橋  作者: Sing
8/14

サナトリウム

サナトリウム



祖父ちゃんが溜め息を付いた。



祖父ちゃんの溜め息の理由は聞かなくても分かる。



美々が美似衣を待てずに亡く成ったなら、その責任の一端は僕に有るのかも知れない。



本当の意味で美々が元気だったのは、殺生石の遠足の日までだったから…。



「美々を死なせたのは、俺の所為かも知れないな…。」



僕は絞り出す様に打ち明けた。



美似衣が驚いたように僕の顔を見つめた。



「どう言う事?」



「俺も美々もまだ子供過ぎたんだ。」



僕は溜め息の中に、後悔を織り交ぜて吐き出した。



「誰の所為でも無いさ…人には生まれながらに持った蝋燭ってヤツが有るんだ。」



祖父ちゃんは僕を気遣ったのか、そんな言葉でその場を収めた。



「何が有ったのか聞かせて。」



と美似衣が言った。






一時間に一度、美々のママに連絡を入れると言うルールが出来てから、僕達の行動は活発に成った。



そもそもが避暑地のこの那須町は、病気の美々には最適な土地でも有った。



昼間の照り付ける太陽も、時間をずらせば肌寒さを感じさせる程だ。



僕と美々は、祖父ちゃんの年間パスで入れる町のアトラクションに、毎日の様に出掛ける様に成って居た。



カラクリハウスや、サル軍団や、多くの美術館を無料で訪れる事が出来た。



何処に行っても美々は感動し、僕は歩いて行けるような場所を調べ尽す日々が続いた。



近場のアトラクションは直ぐに回りつくし、日に日に僕達は遠くまで出かける様に成った。



美々は直ぐに疲れてしまい、歩いて居る時間より、道端で休んで居る時間の方が多く成って行った。



僕はその度に「大丈夫?」と美々に聞いたが、美々は決まって「平気。」と答えた。



ある朝、美々はラジオ体操に来なかった。



僕は心配に成り、祖父ちゃんを連れてホワイトハウスを訪ねた。



直ぐに美々のママが現れ



「ごめんなさい、美々は少しだけ具合が悪いの。」



と言った。



「僕が連れ回したのが行けないのかな?」



僕の顔は深刻だ。



「それは違うわ、直ぐに元気に成るから、元気に成ったらまた遊んでくれる?」



と美々のママは言った。



僕は泣きたい気持ちを押さえ



「ごめんなさい。」



と言ってホワイトハウスを後にした。



翌日も美々は釣り堀に来なかった。



僕は美々の好きな山百合の花を摘んでホワイトハウスを訪ねた。



殺生石のあの場所を、「なんか落ち着く。」と言ったように、美々は何処かオドロオドロシイ物が好きな様だ。



男の僕には山百合の花なんて、今にも飛び掛かりそうな口裂け女にしか見えないのに、美々は山百合を見つける度、匂いを嗅いだり耳飾りにしたりして居た。



美々のママは



「少しだけでも良い?」



と僕に言った。



僕はその一言で怖く成り、何も言わずただ頷いて居た。



美々はそんなに具合が悪いのだろうか?



ホワイトハウスの中は、見た目の華やかさとは違い、病院の様な消毒液の匂いに満ちて居た。



テレビで見る病院の特別室の様な入り口の向こうに、美々は静かに横たわって居る。



酸素の管を鼻の下に付けた美々は、僕の顔を見るなり



「へへ…。」



と笑った。



その頼りなさに、僕は泣きたい気持ちに成って居た。



「時々こうなる。」



美々は何かを宣言する様な言い方をした。



僕は何かを言えばきっと泣き出してしまうと思い、何も言えず山百合を差し出す事しか出来なかった。



美々のママがその山百合を受け取り、直ぐに花瓶に移してくれた。



「山百合。」



と言って美々が笑った。



「こんなの妖怪ベラにしか見えないよ。」



僕が言うと、美々のママが初めて笑ってくれた。



「佐藤君は美々の好きな物を何でも知ってるのね?」



と美々のママが言った。



それでも僕は何も答える事が出来ない。



「帰るよ。」



僕が言うと



「明日も来いよ。」



と美々が言った。



「命令するな。」



僕は捨て台詞を吐いたが、言われなくても来るよ…と思って居た。





鼻の下にチューブを付けた美々の姿を見て、僕はただショック以外の何物でも無かった。



ホワイトハウスから帰って、祖父ちゃんの釣り堀に行っても、一言も話す事が出来なかった。



「美々は元気だったか?」



祖父ちゃんは言った。



「元気だったらここに来てる?」



僕の答えは投げやりだ。



「祖父ちゃん、サナトリウムって病院だったよ。」



「何だと思ってたんだ?」



「調味料の会社の別荘。」



「随分とまた変わったもんだな…。」



祖父ちゃんは笑って居る。



「砂糖とナトリウムだからね。」



と僕は言った。



「まあ病院では無いけどな。」



と祖父ちゃんは言った。



「明日また行って来る。」



と僕が言うと



「明日はミルクティを持って行きなさい。」



と祖父ちゃんは言った。



祖父ちゃんと二人、美々の居ない釣り堀で暇を持て余していると、廃品回収の軽トラックが入って来た。



お馴染みらしく、祖父ちゃんは気軽に対応して居る。



軽トラックの荷台に古ぼけたガットギターが有った。



音楽の好きな美々の為に、僕はギターを覚えたいと思う様に成って居た。



「祖父ちゃん、あのギター欲しい。」



と僕は言った。



僕が欲しいと言えば祖父ちゃんは何だって買ってくれる。



廃品回収のおじさんに、祖父ちゃんは直ぐに交渉してくれた。



500円と言う金額が、高いのか安いのかは分からないが、ネックの反り返った弦の足りないギターを、祖父ちゃんは僕に与えてくれた。



釣り堀の仕事が終わるのを待って、祖父ちゃんの軽トラックで黒磯の楽器店に行って弦を張って貰った。



「酷いギターですね?」



と楽器店のお兄さんに笑われたけど、僕は一つも気に成らない。



「佐藤苑」が営業を終わるのを待って、僕はギターの練習をする事にした。



僕の教科書は月刊明星の付録に付いて居る歌の本だ。



数ページしか無いフォークソングのページを頼りに、僕はギターのコードを覚えた。



ネックの反り返ったギターは簡単に音を奏でてはくれなかったけど、朝まで掛かってEmやAm、G、Dの音を出せるように成った。



これだけで、何となく歌も歌える事が分った。



美々が再び、釣り堀に来られる様に成るまでには、様に成る様に頑張ろうと思った。



次の日の美々は、起き上がって話しが出来るまで回復して居た。



美々のママから、一時間だけと約束して居たから、僕は美々の部屋の時計ばかりを気にして居る。



「ニクソン、何処か行くの?」



と美々が聞いた。



「何処も行かないよ。」



「だってさっきから時計ばかり気にしてるじゃん。」



何時も僕が美々の機嫌を窺って居る様に、美々もまた僕の仕草を気にして居る様だ。



「あんまり長く話して居ると、美々がまた具合が悪く成るから…。」



僕が言うと



「何時もの事だよ、美似衣が産まれるまで仕方ない…。」



と美々が言った。



妹と言う掛け替えの無い家族と、美似衣と言う救世主を美々が待ち侘びて居るのが良く分った。



「ねえニクソン…。」



と美々が僕に呼び掛けた。



美々の眼がキラキラとして居る。



こんな眼をして居る時は、何か悪戯を思い付いた時だ。



「何だよ…。」



僕は身構えながら答えた。



「今度ニクソンの自転車で坂下りに行こうよ。」



「絶対ダメ!」」



僕の答えは即答だ。



「嫌だ。」



「ダメ。」



その繰り返しが続く。



席を外して居た美々のママが



「何が嫌で、何がダメなの?」



と優しく言った。



「何でも無い。」



美々はペロリと舌を出して僕にウインクをした。



その仕草に、僕の胸が鳴った。



「そろそろ帰ります。」



と僕が言うと



「まだ早いよ。」



と美々が止めた。



「沢山休まないと釣り堀に行く日が遠くなるわよ。」



美々のママが言うと美々も納得した様に



「じゃあな。」



と言った。



美々が思いの外元気そうだった事で、僕は久しぶりにモトバイクで坂道を駆け下りて見る事にした。



確かに坂道を自転車で駆け下りるのは楽しい。



美々が元気なら…何時だって僕の後ろに乗せて走って上げられるのに…。



美々のママのお腹の中に居る美似衣の誕生を、いつの間にか僕自身が待ち侘びる様に成って居た。



朝方までギターの練習をして居た僕は、ラジオ体操にも行かず「佐藤苑」で寝入って居た。



「何時まで寝てるんだよ。」



僕の頭を突いて起こしたのは、言うまでも無く美々その人だ。



本当は嬉しくて仕方ないのに…僕は寝返りを打つ真似をして



「うるさい。」



と一言言った。



「起きろよ。」



美々はもう一度僕の頭を突く。



「うるさいって言ってんだろ。」



と僕。



「本当はもう起きてるんだろ?」



と美々。



僕は起き上がり、隠す事の出来ない笑顔で美々を見つめた。



「散歩にする?それとも釣り堀にする?」



と、美々はテレビのお笑い番組に出て来る女の人の口真似をして言った。





「その事が有ってから、余り遠くまでは行かない事にしたんだ。」



美似衣は苦しそうな顔で聞いて居る。



「それからはここで良く二人でギターの練習をして居たな…。」



祖父ちゃんも古い記憶を呼び戻したのか、遠くを見る様な目に成って居る。



「知ってるよ。」



と美似衣が言った。



「お姉ちゃんは手が小さくて、弦を押さえる事が出来なかったんでしょ?」



美似衣は如何してそんな事を知って居るんだろう…。



「お姉ちゃんが使って居た携帯電話に録音して有ったから。」



ボイスレコーダーだ…。



あの夏祭りの夜、初めて使ったと思って居たのに、美々はいつの間に僕達の声を録音して居たのだろう。



「それって幾つか有るのか?」



と僕は聞いた。



「有る。」



と美似衣は言った。



「どんなのが入ってた?」



「ニクソンが、オーノーとか歌ってるのとか。」



僕は思わず吹き出してしまった。



聞いて見たいと思った。



その裏側で、聞くのが怖いと思う自分も居た。



今、この場所で、あの頃の美々の声を、とても平常心で聴いてる自信が無かった。



「持って来たのか?」



僕は恐る恐る美似衣に聞いた。



美似衣は頷き



「今は聴かせたくない。」



と言った。



美似衣は僕が良い奴なのか、それともお姉ちゃんを死に追いやった憎い奴なのかを、見極めて居るのかも知れないと思った。



「一休みしないか?」



祖父ちゃんが言って、竹串に刺した鮎を焼いてくれた。



「黒ビールは無いの?」



と美似衣が聞いた。



「有る訳無ぇだろ!」



と僕は言った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ