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思い出橋  作者: Sing
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殺生石

殺生石



何時もより早起きをして祖父ちゃんの釣り堀に行くと、美似衣が先に来ていた。



泣き腫らした眼を化粧で隠す事も無く、僕が来るのを待ち侘びて居た様だ。



古惚けたビーチパラソルは今も変わらず同じ場所に置いて有る。



17年の歳月で、もう何度も新しい物と交換したけれど、今そこに座って居るのが美々だったら、僕はどんなに幸せを感じただろう…。



「血の繋がりってヤツは恐ろしいな…まるで美々が座って居る様だ。」



僕を見つけた祖父ちゃんが言った。



「俺も同じ事を考えて居たよ。」



祖父ちゃんの溜め息の理由が良く分かった。



「眠れたか?」



僕は美似衣に聞いた。



美似衣は頷き恥ずかしそうに俯いた。



「何時もこの場所で美々と過ごしたんだ。」



僕は遠くを見る様な眼で語り出した。



「先ずはコーラだな…儂は美々を偲んでミルクティーにするよ。」



そう言って祖父ちゃんも席に着いた。






「自転車に乗りたい。」



美々が言った。



「ダメだよ、転んだら危ないから。」



僕は美々のママと、美々を絶対にケガをさせないと約束をして居た。



「だって、ニクソン自転車上手いじゃん。」



美々が不貞腐れて居る。



「もしもって事が有るだろ?」



と僕も頑なだ。



「じゃあ何処かに行きたい。」



確かに美々の言う通りだ。



夏休みの那須には、子供の喜ぶアトラクションが山ほど有るんだ。



「何処かって何処だよ?」



と僕は聞いた。



「あのね…お地蔵さんが沢山並んでる所。」



「殺生石?」



「それっ!」



何だってあんな不気味な所に行きたいんだろう…。



「そこって、ニクソンが毎日目指してる所でしょ?」



「毎日って、今は美々と毎日一緒なんだから、別に目指してなんか居ないよ。」



「カールが言ってた。」



全く祖父ちゃんは余計な事ばかりを言う…。



確かに殺生石を目指しては居たけど、一度だって辿り着いた事なんて無いんだ。



「僕も美々と出掛けるのは賛成だけど、遠くには行かないって美々のママと約束してるし…。」



「遠いの?」



「近くは無いよ。」



僕は口籠った。



「バスで行けば良い。」



祖父ちゃんが言った。



バスなら美々も疲れないかも知れない。



「ランチタイムよ。」



何時もの様に、美々のママがバスケットを抱えて釣り堀にやって来た。



「おばさん、美々が殺生石に行きたいって…。」



僕が言うと



「ちょっとニクソン、何でもママに言っちゃダメよ。」



と美々が怒った。



「だって美々のママとは色々約束が有るんだよ。」



と、僕は僕の正論を言った。



「佐藤君が正しいわよ。」



美々のママも僕の肩をもつ。



「ダメって言うに決まってんじゃん。」



美々の機嫌は直らない。



「カールさん、殺生石って危ない所ですか?」



美々のママは祖父ちゃんに意見を求めた。



「危なくなんかは無いさ…ただ、遠足には成りますよ。」



祖父ちゃん成りの応援はしてくれた感じがした。



美々のママは少し考えてから



「美々、明日でも良い?」



と言った。



「出掛けてきても良いの?」



忽ち美々の機嫌が治る。



「前から考えて居たんだけど、今日携帯電話を作ってくるから、一時間に一度は必ずママに電話を掛けてくれる?」



「約束する。」



「それから、危ない所には絶対に行かない。」



「絶対約束する!」



美々は踊り出すんじゃ無いかと思えるくらい喜んでいた。



「佐藤君も、携帯電話の使い方を覚えてくれる?」



僕は頷き、美々との行動範囲が広がる事を、素直に嬉しいと思った。



翌朝ラジオ体操が終わってから、僕と美々は携帯電話の説明書を、オデコを寄せながら読んだ。



「見て、ボイスレコーダー機能だって。」



美々が言った。



「ボイスレコーダーって?」



僕が聞いた。



「ボイス、声、レコーダー、録音。」



美々は幼い子供に教える様な言い方で僕に教えた。



「今度使って見ようよ。」



「何に使うんだよ?」



「使う時に考えればいいじゃん。」



何に使うのかも良く分らないけど、僕は美々が喜ぶ事なら何だってウエルカムだ。



「佐藤君。」



美々のママが釣り堀の入り口から声を掛けた。



重そうに荷物を持って居るので、僕は美々のママに駆け寄り、荷物を受け取った。




美々のママは、アディダスのリックサックにお弁当やおやつを詰めて、二人分の水筒も用意してくれていた。



僕はリックサックを背負い、水筒を左右に振り分けた。



病気の美々には例え水筒一本でも持たせたくは無かった。



美々のママが、僕のその姿を見て笑い出した。



何が面白いのか、美々のママは笑いが止まらない。



「美々ちゃん水筒くらい自分で持ちなさい。」



見ると美々も笑って居る。



僕は恥ずかしく成って居たけど、美々が面白いなら今日一日このままでも良いと思った。



僕の姿は、まるで小学生の遠足の様だった。



美々は自分の分の水筒を持ち、麦わら帽子をかぶった。



何時ものアポロキャップとは違い、美々はとても女の子らしかった。



僕は訳も無くドキドキとして居た。



美々のママがバス停まで送ってくれた。



「佐藤君、美々を宜しくね。」



と言って送り出してくれた。



僕はナイトの様に、大きな責任を感じ、何が有っても美々を守らなくては…と思って居た。



バスは那須街道を登り、僕がいくら頑張っても辿り着かない一軒茶屋の交差点を通過した。



バスの中からでも、目印に置いて有る赤レンガが見える。



「あれ見える?」



と僕は美々に言って、目印の赤レンガを指さした。



「あれ何?」



と美々が言った。



「自転車で登った場所の目印。」



と僕。



「一番下からここまで登って来るの?」



と美々が驚いた。



「まあね。」



僕は美々の驚いた顔に少しだけ得意に成って居た。



「ニクソンって凄いね。」



「全然すごく無いよ。」



美々は褒めるのが上手だ。



那須街道の見知った場所を、僕はバスガイドよろしく、美々に説明しながら殺生石までの短い時間を過ごした。



一軒茶屋を過ぎると更に道路は細く成り、心なしかカーブも多く成る。



両サイドに並ぶ建物も、旅館やお土産屋が増え、観光地らしさを醸し出していた。



「なんかワクワクするね…。」



美々がバスの窓を開け放ち、子供の様に喜んでいた。



「別に子供の頃から同じ景色だから、ワクワクはしないよ。」



本当は、美々と二人きりで出掛ける事で、僕は朝からワクワクしっ放しだ。



那須山に登るロープウェイの乗り口を越えると直ぐに、殺生石の駐車場に着いた。



バスを降りて直ぐに、美々のママに電話を掛けた。



僕も電話を代わり、美々に変わりの無い事を告げた。



硫黄の匂いが鼻に着いた。



「気持ち悪く無い?」



僕は美々に聞いた。



「全然平気。」



美々は明るい。



山肌を削ぎ取った様に現れる殺生石…。



そこに有る一つひとつの石に、死者の霊が宿って居る。



その魂を鎮める為に、数限りなく並んだ地蔵。



湯煙の中に整然と並んだ沢山の地蔵は、まるで地獄で裁きを待つ民衆の様にも見えた。



僕はこんな所に、美々を連れて来たのは間違いでは無いかと思い始めて居た。



「怖くないの?」



僕は聞いた。



「怖くない…それより何か落ち着く。」



美々に合わせて、僕は何時もよりゆっくりと歩く。



殺生石の駐車場の横に、神社へ続く石の階段が有った。



美々は神社へ行きたいと言った。



「階段、結構キツイよ。」



「大丈夫、行こうよ。」



美々は一度興味を持つと、僕の言う事なんか聞かない。



「少しでも具合悪く成ったら、ちゃんと言うって約束する?」



もう二度と、りんどう湖の時の様な、苦しそうな美々を見たくなかった。



「ニクソン、心配し過ぎ!」



何度も「大丈夫?」と聞く僕に、美々は少しだけご機嫌斜めに成って居た。



美々は休む事無く、僕の前に立って石段を登って行った。



神社の境内で僕達はお弁当を食べた。



美々のママのお弁当は、こんな古ぼけた神社の境内には不似合いなくらい、洒落たサンドロールだった。



一つひとつラッピングされたパンの間に、ハムやチーズや野菜が挟んで有って、ラッピングの両サイドにはリボンまで付いて居た。



丁寧にカットされたフルーツや、手を拭く為のおしぼりが、美々への愛情を感じさせてくれた。



「うちの母ちゃんだったらおにぎりで終わりだな。」



僕が言うと



「母ちゃんの悪口言うな。」



と美々がお道化て僕を叱った。



美々は食欲も有り、今日一日が何事も無く過ぎてくれる事を確信する事が出来た。



美々のママのお弁当は上品過ぎて、僕のお腹には少なく感じたけど、思春期の僕に都会のスパイスをたっぷりと味合わせてくれた。



僕達はゆっくりと時間を掛けてお弁当を食べた。



お弁当を食べ終わって、美々は二度目の電話を掛けた。



「この神社ってお祭りは無いの?」



と美々が聞いた。



「有るけど、ちょっと変わったお祭りなんだ。」



「ウソ!教えて。」



美々はどんな事にも興味を持つ。



美々と話をして居ると時間なんてあっという間に過ぎてしまう。



「そのお祭りが終わると、夏が終わるんだ。」



「暑くても寒くても?」



「そう、夏祭りだけど、夏の終わりの祭りなんだ。」



「何時?」



「10月の最初の土曜日と日曜日。」



「それってもう秋じゃん。」



確かに美々の言う通りだった。



紅葉も始まって居るし季節は秋なのに、この辺りの子供たちは殺生石のお祭りが最後の夏祭りだと教えられて育つ。



農作業や観光で忙しいこの辺りの住民が、子供たちの為に付いた嘘なのかも知れない。



「美々そのお祭りに行ってみたい。」



美々の目がまたキラキラして居る。



美々は本当に分かりやすい。



「美々のママが良いって言ったらね。」



今日のこんな調子なら、美々のママもダメとは言う筈が無いと思って居た。



携帯電話と言う近代的なアイテムと殺生石までの冒険は、僕と美々の距離を加速度的に縮め、美々のママや祖父ちゃんに安心を与えた。



僕と美々の夏休みの行動範囲は広がり、毎日が楽しくて仕方無かった。




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