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思い出橋  作者: Sing
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美々の不安

美々の不安



「お姉ちゃんの病気が先じゃないの?」



美似衣が聞いた。



「いや、違うよ。」



美似衣は初めから勘違いして居た。



あれ程子供の事を愛して止まない美々のママが、美似衣をサポート出来なかった事を思うと、美々が亡く成った事のショックの大きさが窺えた。



「これは美々から聞いた話だよ…初めに美似衣がお腹に居る事が分ったんだ。」



美似衣の瞳が、また涙で膨らんだ。



「直ぐに美々の病気が分かって、美々のパパとママは新しい命より、今有る命を優先するべきじゃないかと話し合ったらしい。」



「酷い…。」



と美似衣は言った。



「美似衣の立場からするとそうかも知れないな。」



一つ話し方を間違えると、美似衣の心の闇をさらに深くする事に成ると僕は思った。



「お腹の中に美似衣が居るって分かってからの美々は、とにかく早く美似衣に会いたくて、自分が具合悪い事も隠して居たんだ。」



僕の一人語りを聞きながら、美似衣は泣き続けて居た。



祖父ちゃんも、美々から何度も聞いたこの話を思い出したのか、時折首に巻いたタオルで目頭を拭いて居た。







「ある日ね…目の前が突然回りだして、気が付いたら病院のベットの上だったの。」



美々は他人事の様に時折笑顔を交えて話した。



「どこか痛かったりしたの?」



僕が聞くと、美々は首を振って



「何処も。」



と言った。



「突然苦しく成ったりするの…この間のりんどう湖の時の様に。」



そうだった。



あの時は徐々に美々の体調が悪く成って行ったけど、本当だったら美々はあの日一日、自分の体調が悪く成った事を誰にも知られたくなかったに違いない。



「病院のベットで目が覚めると、ママとパパが美々の病気の事を話し合ってるのが聞こえたの。」



「なんて?」



「大きなお腹では美々を看病しきれないんじゃ無いかって…。」



「美々のママ、歩くのも大変そうだもんな。」



僕も時折感想を交えながら聞いた。



「うん。でもそれって美似衣を無かった事にするって意味でしょ?美々だって13歳だったからそれぐらい分かるもん。」



「だよな…。」



「だからね、美々は嫌!て言ったの。」



「そうなんだ。」



その時の事を美々は思い出したのか、クスッと小さく笑った。



「パパもママも驚いて美々を覗き込んでるんだよ。」



幼い僕の目にもその情景が浮かんで居た。



「赤ちゃんが居なく成るなら、美々が死んでも良いって言ったらママに凄く怒られた。」



僕はもう、どんな返事をしたら良いのかも分からずに、ただ黙って聞いて居た。



「美々は心配しなくて良いからってパパが言ったけど、赤ちゃんに会わせてくれ無いなら、美々は病気とも闘わないって言ったの。」



「偉いぞ!」



と祖父ちゃんが言った。



「ありがとうカール。」



と美々が笑った。



「ママは凄く取り乱して泣いて居たから、美々は絶対病気に負けないから赤ちゃんに会わせてってお願いしたの。」



美々の目にも薄っすらと涙が浮かんで居る。



「ママはありがとうって…何度もありがとうって…。」



「そうか、お姉ちゃんだな。」



と祖父ちゃんも泣いて居た。



「そしたらね、奇跡が起きたの。」



美々の声のトーンが変わった。



僕は話の先を早く聞きたかった。



「赤ちゃんが女の子って分かってね、然も美々の病気を助けてくれるかも知れないって…。」



そんな事が産まれる前から分かるのかと僕は不思議に思った。



「美々の病気はね、背中の中を通って居るお水が悪く成るの。」



「水?」



「うん、そのお水を健康な人のお水と交換すると元気に成るの。」



「病気が治るの?」



「そうだよ。でも誰からでも貰える訳じゃ無くて、お母さんとか姉妹とか決まった人からだけ…。」



「美々のママは?」



「タイプが違ってダメだったの。」



「だから赤ちゃんなの?」



「同じママから産まれた同じ女の子は、かなりの確率で適合するのよ。だから折角妹から背中の水を分けて貰うなら、美々とそっくりな子に成って欲しいから美似衣て決めたの。」



美々がどんなに妹の誕生を待ちわびて居るのか、痛い程に伝わって来た。



「生きられるって思ったの…ありがとうって思ったの…。」



僕は歩くよりも緩やかな速度で、美々の病気と言う物の知識を深めて行った。



「ただね、一つだけ心配な事が有るの…。」



美々の顔に浮かんだ不安が、とても大きな物で有る事は直ぐに分かった。



美々は、小さな拳を握りしめて居た。






「この流れで俺が話すと作り物臭く成るから、祖父ちゃん話してくれよ。」



僕は話の続きを祖父ちゃんに振った。



「美々の心配事か…今祖父ちゃんもその事を考えて居たよ…美々の心配が的中したと言う事に成るかな…。」



祖父ちゃんの指先に、燃え尽きた煙草のフィルターが残って居た。



僕は祖父ちゃんの前に灰皿を押した。



「美々の病気は少女漫画やテレビのドラマではお馴染みのお涙頂戴でな…美似衣が今まで感じて居た事をそのまんま映画のストーリーにも成って居たんだよ…。」



大きく開かれた美似衣の目が、祖父ちゃんに釘付けに成る。



「赤ちゃんが産まれ、大きく成った時に美々の病気の事を知り自分は利用されたとか、何か誤解されて嫌われたら如何しようってな…。」



僕は頷き



「何時も言ってたよな…。」



と言った。



「美々が生きて居ればな…。」



と言って祖父ちゃんも口を閉じてしまった。



美似衣は自分の膝に顔を埋めて泣き出した。



暫く泣いた後



「私の名前って、お姉ちゃんが付けたの?」



と美似衣が聞いた。



「そうだよ。」



と僕は答えた。



「如何しよう…私ママに酷い事を言った。私はお姉ちゃんの身代わりじゃ無いって。」



「ボタンの掛け違いなんて誰にでも有るもんさ。」



と祖父ちゃんが言った。



「グランパ。」



吐き出す様に言って、美似衣は祖父ちゃんの手を握った。



「随分洒落た名前で呼ばれたな…。」



と祖父ちゃんは言った。



「ジジイって意味だよ。」



シリアスタッチな話しをしてると言うのに、田舎のジジイは空気ってヤツが読めない。



「カールの方が良かったのにな…。」



「祖父ちゃん黙ってろよ!」



僕が苦労して言葉を探して居るのに、このジジイは何を考えて居るのだ?



「来て良かった…。」



美似衣が言った。



「何か歌でも歌ってやれ。」



と祖父ちゃんが言った。



僕の作った歌を、今の美々が聞いたらやっぱり笑うんだろうか…。



僕は使い込んだオベーションを引き寄せ、チューニングを合わせた。



こんな時、僕は音楽をやって居て良かったと思う。



どんな慰めの言葉より、短い歌が誰かの胸を打つ事だって有る。



僕の音楽の先には、何時だって美々への思いが有るんだ。



美似衣に届かない訳が無いと思った。




幸せになる為に 幸せになる為に 

俺は無茶を承知で生きるんだ


ひとつだけ言えるのは

ひとつだけ言えるのは


今俺はここから歩き出せる

今俺はここから歩き出せる


<幸せになる為に素晴らしくなる為に>




美似衣は眼を閉じて、僕の歌を聞いて居た。



美々が生きて居れば、今の僕の歌をこんな風に聞いてくれるのかも知れない。



「何時まで居るんだ?」



僕は美似衣に聞いた。



「まだ決めて無い。」



と美似衣は言った。



「何処に泊まってる?」



「今日はまだ決めて無い。」



「昨日は?」



「駅前のビジネスホテル。」



何と言う無謀な事を…。



それだけに、美似衣の必死さと言うのも充分に伝わって来た。



「ホワイトハウスに聞いてやろう。」



と祖父ちゃんが言った。



17年前、美々が暮らしたサナトリウムも、今も外観はそのままにペンションへと変わって居た。



「美々が暮らして居た場所だよ。」



と僕は美似衣に教えて上げた。



「お姉ちゃんが?」



僕は美似衣の目を見つめて頷いた。



「明日また来ても良い?」



美似衣が聞いた。



「悪い理由なんて一つも無いさ。」



祖父ちゃんが言った。



「お姉ちゃんの事、もっと話してくれる?」



初めの刺々しさなんて今の美似衣には何処にも無かった。



「良いよ。」



と僕は言った。



すっかり陽も暮れて、照明の施設なんて無い祖父ちゃんの釣り堀は真っ暗に成って居た。



「皆でホワイトハウスまで歩いて行こう。」



と祖父ちゃんが言った。



僕達は古ぼけたビーチパラソルを離れ、釣り堀の外へ向かった。



僕は祖父ちゃんと美似衣をホワイトハウスのロビーに置き「佐藤苑」に向かった。



ホワイトハウスの玄関の自動ドアが開いた。



僕は美似衣に大切な事を伝え忘れて居る。



僕は振り返って言った。



「美似衣、お前…美々に良く似てるよ。美々は喜んでいると思う。」







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