表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
思い出橋  作者: Sing
4/14

訪問者

訪問者



今日の溜め息と 昨日の言い訳と

明日の駆け引きに 俺は嫌に成った


昨日出来た事が 今日は出来なく成り

明日を考えて 俺は怖く成った


飛べない羽ばたつかせ 籠の中で足掻いたり

咲かない花水を遣り 今日の暇を慰める


今シーズン心が引きこもり

今シーズンおうちに引きこもり

今シーズン朝から引きこもり

今シーズン出口が無ぇ

今シーズン救いが無ぇ


<鬱>



久しぶりのバンド演奏だった。



只でさえ動きの激しい僕に、真夏の日差しの強さが堪えた。



那須塩原駅のイオンの駐車場に作られた特設会場で、僕は汗だくに成って歌って居た。



普段なら、こんな昼間から歌う事は無いのだけれど、気の合う仲間が偶々揃うって事が、音楽をやって居ると起こる時が有る。



火縄銃なんて名前を使っては居るけど、バンドを組んで居る訳でも無い僕は、このメンバーなら最高のパフォーマンスが出来るって相手が居た。



相変わらず優一のドラムばかりが耳に飛び込んでは来るけど、利のギターやタカのベースが僕の声を引き立ててくれる。



このメンバーで歌って居る時には、誰が何と言っても僕が主役だ。



明日このメンバーでもう一度歌える保証なんて何処にも無い。



だからこそ、暑いとか苦しいとか辛いなんて事が大嫌いな僕が、このステージを引き受ける気に成った。



相変わらず客の姿は疎らだけど、そんな事は気にも成らない。



ただ歌う事が楽しい時と、誰かに届けたい時の音楽は必ずしも同じとは言えない。



誰かに届けたい音楽を奏でる時には、何時も僕の心の中に同じ人の姿が浮かんで居る。



今日はただ歌う事が楽しい。



何も考えず、無我夢中で歌う事が出来る。



僕にとっての相手が、今日のメンバーだった。



たった3曲で僕はバテバテに成る程の力の入り様だった。



「お疲れ様で~す。」



と言ってステージを明け渡した相手が、良くもこれだけ不細工な娘を集めたと思える程の、市役所推奨のアイドルグループだった事には泣きたい思いがしたけれど、それでも今日一日が楽しかった事には間違いは無かった。



ステージのバックヤードで、冷えたミネラルウォーターを頭から被って居ると



「ニクソン。」



と声が掛かった。



利が口に含んだミネラルウォーターを吐き出した。



僕は、それがミネラルウォーターの所為か、ニクソンと呼ばれた所為なのか分からない鳥肌を張り付け、声のする方を見た。



ニューヨークヤンキースのキャップを被った15~6のガキが、僕を呼んで居た。



「佐藤ちゃん」と呼ばれるだけで注意を喚起していると言うのに、子供の頃の仇名を呼ぶガキなんて居て良い訳が無い。



「誰の倅だ?」



と僕は言った。



「お前ニクソンだろ?」



とそのガキは言った。



『お前?ニクソンン?』



僕の頭の中は混乱して居る。



ただでさえ近頃のガキは躾が成って無いとは思って居たけど、このガキの態度の悪さは何だ?



僕とクソガキのやり取りを見て、利が必要以上に笑って居る。



今日のメンバーで、子供の頃の渾名を知って居るのは利だけだ。



「笑い過ぎだよ。」



僕は利を睨み付けた。



「だってよ…ニクソン…久しぶりに聞いたよ。」



腹を抱えて笑う利に、僕は飛び蹴りを入れた。



「やっぱりニクソンなんだ?」



そう言ってそのガキは何処かへ消えてしまった。



「誰のガキだ?」



僕は言った。



「見た事無いけどな。」



利が言った。



「ニクソン。」



優一とタカが僕を指さして笑って居る。



僕は手に持って居たミネラルウォーターのペットボトルを、二人に投げつけた。





汗だくに成ったステージの後、僕たちはそのままの流れで信ちゃんのライブハウスでクールダウンを決め込んだ。



このメンバーで目の前に楽器が揃って居るのだ。



クールダウンになんて成る訳が無い。



地元の連中も、僕達が昼間の演奏をした事は知って居る。



誰かが集合を掛けた訳でも無いのに、ライブハウスは人でごった返して居た。



其々が競い合う様に歌を歌い演奏を楽しんだ。



特別な夜、最後の締めに歌うのは何時も「思い出橋」だ。



「この曲でお開きにしようや。」



僕が言った。



俄かに歓声が起こり、「思い出橋」が始まった。



利のリードギターがあっけらかんとしたメロディをなぞる。



優一のドラムがリズムを刻み、タカのベースが重なった。



僕の心の中に美々の姿が浮かんで来る。



そして僕は歌い出す。





この夜が明けりゃ 今年も夏が終わりそうだよ

呟いた 何時かの夏祭り


祭りの後の静けさは とても寂しすぎるよ

口付けた 神社の石畳


<思い出橋>





切ない気持ちの中に、こんなにもワクワクとさせてくれるアレンジが、僕をこの歌の成立に導いてくれる。



利のアレンジで無ければ、こんな一体感を齎してはくれない。



僕の全てを知る利だからこそ、この歌のこのアレンジが生まれたと思う。



サビから一転して悲しい物語を、思い出に昇華してくれたのは利の思い遣りだと思う。



この歌は、僕にとって何時でも特別で有り、最高の楽曲だった。



利がこの歌の終わりを告げる最後の音をつま弾いた時、昼間のあのニューヨークヤンキースのキャップを被ったガキが、店のドアを押して出て行った。



『来てたんだ…。』



と僕は思った。



今日の健闘を讃え合って僕達は帰路に就いた。



今も変わらずに実家に住んで居る僕は、昼間の出来事を思い出して居た。



生意気なガキだと思いながら、確かに誰かの面影を張り付けて居る。



それが誰なのか、どんなに記憶の糸を手繰り寄せても、たどり着けない遠い記憶の中に迷い込んでしまう。



「見た事無い訳じゃ無いんだよな…。」



僕は呟いて、何時も自転車で走った那須分岐点の交差点を、オンボロのHONDAのワゴンで左に曲がった。





久しぶりに祖父ちゃんの釣り堀を訪ねた。



すっかり年を取って勢いは無く成ったものの、祖父ちゃんは相変わらず僕の事が大好きだ。



会えば必ずコカ・コーラを抜いてくれたし、何時までも僕の事を中学生の様に扱った。



ボケて居る訳でも無いのに、美々の噂は聞かないのかと挨拶の様に繰り返した。



もう17年も前の事を、祖父ちゃんは今も昨日の事の様に思って居る。



僕はその度に苦しい気持ちに成り



「祖父ちゃん、美々は東京に帰ったんだよ。」



と答えるしか無かった。



祖父ちゃんは、釣り堀に考え事をしに来るお客さんの為に、魚にたっぷりの食事を与えて居る。



僕が昨日のライブで使ったギターの弦を張り替えて居ると



「美々じゃないか?」



と祖父ちゃんが叫んだ。



それは大声とかそんなレベルの物では無く、確かな叫び声だった。



祖父ちゃんの視線の先に居たのは…昨日のあのクソガキだった。



そうだ…美々だ…。



僕は祖父ちゃんの叫びで、迷路に迷い込んで居た記憶に辿り着いた。



でも、美々の訳が無い。



美々は僕の一つ年上だ。



確かに似てはいるが、今目の前に居るのは美々なんかで有る筈が無い。



アポロキャップを被って、日に焼けた小学生の様だった美々に似てると思ったのは、ニューヨークヤンキースの帽子の所為だ。



確かにこの小僧は美々に似て無くは無かった。



「お前、誰なんだよ?」



僕は言った。



「ミニィ。」



と不愛想な返事をした。



「お前女かよ?」



男だとばかり思って居た。



「お前って言うなよ。」



ミニィは昔誰かに言われたような台詞を言った。



「もしかして、お前の彼氏はミッキーか?」



と僕は言った。



「笑えないし。」



とミニィは言った。



「美々、さあミルクティを飲みな。」



と言って祖父ちゃんが冷蔵庫を開けた。



『ミニィ』



知ってるなぁ…。



「美々はお姉ちゃんだし。」



ミニィは言った。



僕は弾かれた様にミニィの顔を見た。





夏休みが来て、僕と美々の時間が増えた。



祖父ちゃんの居る釣り堀が、朝のラジオ体操の集会場に成って居た事で、毎朝美々はママと一緒に来ていた。



ラジオ体操が終わるとそのまま釣り堀に残り、一日中ビーチパラソルの下で僕と美々と祖父ちゃんの三人で馬鹿話をして過ごした。



お昼に成ると美々のママが見た事も無い洒落たお弁当を運んで来た。



昼飯がランチだなんて言う事も初めて知ったし、アールグレーなんて言う紅茶が灰色じゃ無い事も覚えた。



りんどう湖の遊園地で美々が具合悪く成った事で、僕は美々のママに嫌われてるのかと思って居たのに、会えば優しくしてくれ、初めて見る様な外国風の食べ物を食べさせてくれた。



その代わり…。



僕は美々と遊ぶ事で幾つかの約束をさせられた。



「佐藤君、美々は少しだけ重い病気なの。」



「はい。」



僕の返事に、優しく微笑む美々のママは、そのまんまテレビに出て来る理想のお母さんだった。



「二人だけで遠くには行かないでね。」



「はい。」



「美々は小さな傷でも今は血が止まらないの。だから怪我はさせないでくれる?」



「はい、僕が守ります。」



お母さんの笑顔が弾けた。



「男の子は良いわね。」



僕は褒められたのか笑われたのか分からず、紅く成って下を向いて居た。



「ご飯の後に必ずお薬を飲むの。だからご飯の時間には、必ずここかお家に帰してね。」



「はい。」



僕はお母さんの目を見て、しっかりと頷いた。



「もう良いよ…。」



と美々が言った。



美々のママは頷いて、祖父ちゃんに頭を下げた。



「カールも居るから心配ないよ。」



美々が言った。



「カールって?」



美々のママが怪訝な顔をする。



祖父ちゃんは一つ咳払いをして



「カールです。」



と言った。



「ちょっと美々ちゃん!」



美々のママが取り乱しながら



「本当に申し訳ありません。」



と祖父ちゃんに謝った。



それはつまり、美々のママも祖父ちゃんの容姿に感じる物が有ったて事だろう。



僕と美々は可笑しくて仕方なく成り、テーブルの下の足を蹴り合った。



「お母さんもカールと呼んでくれて構いませんよ。美々が付けてくれたんです。」



祖父ちゃんは、如何だと言わんばかりに胸を張った。



遂には美々のママも笑い出し



「よろしくお願いします。」



と頭を下げて釣り堀を出て行った。



「美々のママ、赤ちゃん産まれるの?」



と僕は聞いた。



「うん。」



美々が良く聞いてくれたと言わんばかりに食いついた。



「もう直ぐ妹が産まれるの。」



美々が嬉しそうにして居ると、僕も何だか嬉しい。



「もう妹って分かってるんだ?」



「うん、私の命を助けてくれるの。」



「赤ちゃんが?」



「そう。」



赤ちゃんが美々の命を助ける…如何言う事だろう?



「脊髄か?」



と祖父ちゃんが言った。



美々は大きく頷いた。



「脊髄って何?」



と僕は言った。



「背中のお水。」



と美々が説明してくれた。



「背中のお水?」



「そう、背中に通って居るお水を赤ちゃんから貰うと、私の病気が治るの。」



僕には美々が何を言って居るのか理解する事が出来なかったのに、祖父ちゃんは全てを悟った様に泣き出した。



「美々、良かったな…。」



「祖父ちゃん何泣いてるんだよ?」



僕が呆れて居ると



「カール、ありがとう。」



と美々は言って、祖父ちゃんの腰にしがみ付いた。



仲間外れにされた気分だった。



「あのね…。」



と言った後、美々は次の言葉を言おうか如何か迷って居る様だった。



「何だよ?」



「あのね、赤ちゃんの名前もう決めてるの。」



美々は何だか恥ずかしそうだ。



「なんて名前にするんだい?」



祖父ちゃんも興味が有るらしい。



「美似衣って言うの。」



「ミニィ?ディズニーじゃん!」



と僕が言うと、机の下で美々に思い切り蹴られた。



「美々にそっくりな赤ちゃんが良いから。」



美々が紅い顔をして下を向いた。



「じゃあブスじゃん?」



照れ隠しに僕が言うと



「ぶっ殺す!」



と言って美々が立ち上がった。



「美々止めろよ!怪我したらママに怒られるんだから!」



僕は大声で叫んで逃げ出した。



「あんな馬鹿ほっとけ、美々は世界一可愛いよ。」



と祖父ちゃんが言った。



『あのクソジジイ。』



僕と美々の間に、祖父ちゃんが入ると何時も僕が悪者だ…。



でも祖父ちゃんが居ないと美々ともまだ余り上手に話せないのも事実では有った。



「美似衣が産まれたら、私の洋服とか全部上げるの。」



「赤ちゃんに美々の洋服は大きすぎるだろ?」



と祖父ちゃんは言った。



「うん、だから私が裁縫を覚えて、美似衣の為に作り直すんだ。」



「さすがお姉ちゃんだな。」



祖父ちゃんが言うと、美々はとても誇らしそうな顔をした。



美々が、妹の誕生をどんなに喜び、待ちわびて居るのかを、子供の僕にさえ理解する事が出来た。


















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ