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思い出橋  作者: Sing
2/14

美々

美々



掌から砂が零れる様に 僕達の私たちの時間も落ちて行くよ

砂時計が何時か止まっても この世界に僕は用は無い


何もかも違う 違う

何もかも違う 違う


溶けて無くなる雪ならば

忘れられない雪に成る…。


<砂時計>



ピアノの旋律と共に僕は歌い出した。



久しぶりのライブハウスのステージだった。



こんな僕にも根強いファンって奴が居て、まあ高校時代の同級生では有るが…昼間の内に、黒磯駅と那須塩原駅でチケットの手売りをしてくれたお陰で、夕方の部と言うのに50人程の客が入って居た。



マスターの信ちゃんの好意で、ドリンク付き1,000円で開催して居る。



店には500円を払い、残りは貴重な収入源に成るだけに、僕はこの店のステージを大切にして居る。



僕の歌にはピアノが合って居る。



路上で歌うよりは気持ちが入りやすい。



自分で言うのもなんだが、元が適当な人間なだけに、適当な歌の方が定評が有った。



それでも、気持ちを込めた歌の中には、誰にも負けない熱い魂をぶち込んで有る。



その中でも、「砂時計」は会心の一曲だ。



オープニングに、民衆の気持ちを掴むにはこれ以上の曲は無い。



『やっぱり俺は天才だ。』



勘違いこそが人を偉大にする。



僕は何時もそう思って居た。



ダジャレに近いバカげた曲や、フォークソングのカーバーを織り交ぜながらステージは進行して行く。



流石にライブハウスで歌う時は、「佐藤ちゃん」と声を掛ける奴も居なく、僕としてはやりやすい。



然し…今日は何故か勝手が違う…。



一番前の席を陣取った外人さんが、矢鱈ノリノリなので有る。



バックパックを横に置いて居る処を見ると、旅行客なのだろうか?



どう見ても日本語が通じてる様には見えないのに、笑いの取れない僕のトークにも膝を叩いて笑ってくれるし、アップテンポの曲には両手を上げて手拍子も忘れない。



振り返って他の客に「もっと、もっと」と大げさなゼスチャーで盛り上げてくれる。



遣り易いと言えば遣り易いが、遣り辛いと言えばこれ以上遣り辛いステージも初めてだった。



「最後に何かリクエストでも聞こうか?」



僕が言うと



「桜の木」



と誰かが言った。



「やら無ぇよ。」



と僕。



空気の読めない客はこれだから困る。



「何でだよ!リクエストって言ったのに。」



「桜の木はドラムが有る時だけなの。然も二台ね。」



「拘り過ぎだよ。」



常連の女の子が言った。



「お前達に良い事を教えてやる。」



そう言った後、僕はたっぷりと溜を作り



「俺が拘りを捨てたらな…とっくに売れてんだよ!」



と言った。



客の皆が一斉に笑う。



勿論外人さんも大うけだ。



外人さんが時計を気にする姿が目につき始めた。



帰りの新幹線の時間でも気にして居るのだろう。



自分の時計を指さし



「ラストワン、ラストワン。」



と言って居る。



音楽に国境は無い。



僕の歌が気に入ったなら、時間の許す限り聞かせてやるのもアーティストだ。



「思い出橋」



さっきの女が言った。



「思い出橋か…本当は特別な時しか歌わないんだけど、今日は外国からお客さんも来てるから、歌ってみるか。」





この夜が明けりゃ 今年も夏が終わりそうだよ

呟いた 何時かの夏祭り

〈思い出橋〉





歌い出した途端に、今まで楽しそうにして居た外人さんが慌てた様に動き出した。



頻りに何かを叫んで居るが全く意味が分からない。



歌ってる最中だと言うのに僕に話し掛けて来る。



僕は演奏を止め



「何だよ?」



と聞いた。



一生懸命に話し掛けては来るが、知ってる単語が一つも出て来ない。



「誰か英語分かる奴居るか?」



僕は観客に問い掛けた。



「ドイツ語ですよ。」



誰かが言った。



「なんか…多分ですけど、思い出橋を録音させろって事だと思いますよ。」



変な外人さんが頷いている。



「録音?レコーディングか?」



「なんか…もう時間が無い見たいです。」



外人さんはもうバックパックを背負い、帰り支度を始めて居る。



「そんなに気に入ったんならCD一枚やるよ。」



僕はそう言ってライブの後の物販用のCDを渡した。



外人さんはこれ以上無いような笑顔で握手を求め、何故か観客全員の拍手に送られ、ライブハウスを出て行った。



「なんかよ、あいつがライブを成功させたみたいに成って無ぇか?」



僕は素直な感想を言った。



今日一番受けたトークだった。










友達になんか成った覚えも無いのに、美々は何時も僕を待って居た。



ホワイトハウスの玄関の前に置いて有るウッドチェアーに腰かけ、僕が自転車で通るのを待ち構えて居る様だ。



「ニクソン!」



僕を見つけると、必ず立ち上がって歩道まで出て来る。



美々が女と分かってからは僕は美々が怖くて、何とかこの道を通らずに祖父ちゃんの釣り堀に行けない物かと考えて居た。



一軒茶屋の交差点を、左斜めに降りれば行けない事も無いけれど、そこは僕のお気に入りのコースでは無い。



成るべく目を合わせない様にしては居るけど、目敏い美々はどんなに僕が息を潜めて通過しても、僕の事を見つけてしまう。



「何だよ。」



僕は素っ気ない。



「オッちゃんの所に行くの?」



「祖父ちゃんだよ。」



「私の祖父ちゃんじゃ無いもん。」



これだ…。



子供らしい素直さってヤツが、少しでもこの女に有れば、友達に成れない事も無いのに…。



僕は子供ながらに、そんな事を考えて居た。



「お前学校は?」



僕は気に成って居る事を聞いた。



「お前って言うなよ、年上だぞ。」



美々が言った。



「……。」



やっぱり東京者は嫌いだ。



「黙るなよ。」



困った。



好きで黙って居る訳じゃ無い。



僕にはボキャブラリーってヤツが多くないのだ。



男子の同級生となら好きな事を言い合えるのに、学校でも女子との会話は得意では無い。



僕の事を揶揄って喜んでるくせに、僕が揶揄うと直ぐに泣いたり先生に言いつけたりする。



だから僕は女子と話さない。



勿論女子の友達も居ない。



要するに、美々が女子である以上、僕の中では友情は成り立たないって事だ。



「今は学校に行ってない。」



美々は言った。



だから年上なのに一年なんだ…と僕は思った。



「女子は嫌いだ。」



それだけを言って僕はホワイトハウスの前を通り過ぎた。



美々は僕を追い回す様に背中を付いてくる。



「仲良く登場だな。」



店番をして居る祖父ちゃんが言った。



「勝手に付いて来るんだよ。」



僕は不貞腐れて見せた。



「勝手って何だよ。昨日友達に成っただろ?」



「成って無ぇし。」



僕の素直な気持ちはそこだ…。



美々が女である以上、絶対に友達なんかでは無いのだ。



「りんどう湖でも案内してやりな。」



祖父ちゃんは僕と美々のために、良く冷えたコーラを抜いてくれた。



「坊、洒落た帽子被ってるな?」



と祖父ちゃんが美々に話し掛けた。



「こいつ女だよ。」



と僕が言った。



祖父ちゃんは目を丸くして



「髪の毛は如何したんだい?」



と言った。



僕は虚を付かれたように美々を見る。



そうだ、何故美々を男の子だと思ったのか…。



アポロキャップの下に髪の毛が見えなかったからだ。



「ハゲ隠し。」



と詰まらなさそうに美々が答える。



「何がハゲなもんか…。」



と言ったものの、言葉には不自然さが張り付いて居た。



「ほら。」



と言ってアポロキャップを脱いだ美々の頭に、髪の毛は一本も生えて居なかった。



僕は息を飲み、祖父ちゃんも困った顔をして居た。



美々だけが明るく笑って居る。



「気にする事無いよ。病気が治ったらまた生えて来るんだ。」 



美々がそう言わなければ、僕も祖父ちゃんも今日の晩御飯は喉を通らなかっただろう。



「おお、そうか、そうか…お嬢の病気はきっと治る、治るとも。そうだなニクソン。」



祖父ちゃんはそう言って僕の頭を叩いた。



「祖父ちゃん痛いよ。」



僕は抗議を唱えた。



「何の病気かも知らない癖に。」



美々は言葉とは逆に明るい調子で言った。



「何の病気だよ。」



と僕が言うと



「コラッ!」



と祖父ちゃんが僕を窘めた。



「血液の病気。」



と美々が言った。



血液が病気に成るなんて事を僕は知らなかったし、逆に祖父ちゃんは美々の一言で全てを悟ったようでも有った。



「治る、心配ない。祖父ちゃんが保証してやる。」



と祖父ちゃんは胸を叩いた。



僕はその一言で、意味も無く安心することが出来た。



「別に私の祖父ちゃんじゃ無いし。」



と美々は言った。



この女は本当に性格が悪い。



『僕の祖父ちゃんが、お前の事を元気づけようとして言ってるの位分かるだろ?』



と思ったが、女子は直ぐに泣き出すから言葉にはしなかった。



それよりも、祖父ちゃんが怒りださなければ良いが…。



「じゃあ、祖父ちゃんと友達に成ろう?」



祖父ちゃんは、親戚が聞いたら腰を抜かしそうな優しい事を言い出した。



「オッちゃんと友達?」



と勿体付けて言った。



「嫌か?」



祖父ちゃんは美々の顔を覗き込む。



「条件が有る。」



悪戯を思い付いたように、美々は活き活きとして来た。



「何でも言ってごらん。」



美々が女の子と分かってから、祖父ちゃんはやけに積極的だ。



何を隠そう、内の家系に女の子が一人も居ない。



僕の従兄は全員男だった。



「カール叔父さんて呼んで良い?」



この女は本気で性格が悪い。



麦わら帽子に髭の濃い祖父ちゃんは、そのまんまテレビに出て来るお菓子のキャラクターだった。



「ニクソンにカールか?じゃあお嬢はモンローちゃんかな?」



祖父ちゃんの眼尻は下がりっ放しだ。



「私は美々に決まってんじゃん。」



とにべも無い答え。



「そうか、じゃあ決まりだ。今日から三人は友達だ。」



祖父ちゃんはコーラで乾杯しようと、自分の分のコーラを抜いた。



『祖父ちゃん馬鹿にされてるんだぞ!』



と僕は心の中で叫んだが、口には出さなかった。

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