エピローグ
エピローグ
美似衣はこの那須の町で、どれだけの苦しみから解き放たれたのだろう。
初めは、ライブの後のバックヤードで、「お前ニクソンだろ?」と声を掛けられ、何処のくそガキだと思って居た。
そうかと思えば、祖父ちゃんの釣り堀に現れ、美々の妹と分かってからは、僕の記憶の誰にも触れられたく無い部分に、化粧直しを加えて行く。
美々と歩いたりんどう湖や殺生石を訪ねて、美々の死の真実や、何故美々のママがこんなに長く塞ぎ込んで居るのかもようやく見えた。
一卵性親娘の様だった美々と美々のママ。
あれだけ妹を欲しがって居た美々。
偶然にも、救世主として誕生する筈だった美似衣。
ママは美々の死を受け入れられず、美々は美似衣を待ち切ることができず、美似衣は美々の死に間に合わなかった。
そして家族がバラバラになった。
その責任は誰に有るのだろう…。
その答えは簡単だ。
今、この歳なら理解できる。
「美々が悪い。死んでしまった美々が全部悪いんじゃ無いか…。」
閉店後の「佐藤苑」のカウンターで、一人生ビールを飲みながら、美似衣の事を考えて居た。
美似衣がドイツに帰えり、間も無く一年に成る。
「一年…。」
声に出た。
「参ったな…。」
僕はそう言って深い溜息を吐いた。
美似衣がドイツに帰ってから、僕は何故か美々の事ではなく、美似衣の事ばかりを考えて居る。
あの日に起きた事は、思春期の女の子に有り勝ちな、感傷と愛情の取り違えだと分かっているのに、僕は一年間毎日美似衣の事を考えている。
美似衣に、美々の面影を見ているわけじゃ無い。
美々が僕の前から消えて、間も無く18年に成ろうとして居る。
確かに思い出す事は多い。
しかし、美々の事ばかり考えてる事は、美似衣がこの町に現れる前から無くなっていた。
時間の経過が、美々との綺麗な思い出の数々を、セピア色の風景の中に閉じ込めてしまって居た。
美似衣がドイツからやって来て、一緒に過ごした一週間が頭から離れなかった。
「訳けわかんねぇよ、それこそボンバーじゃねぇか…。」
そう言って、僕はビールのグラスを空けた。
『今年もそろそろ祭りだな。』
僕は心の中でそう思った。
祭りの日、僕は殺生石の駐車場でライブを開く事にした。
そうと決まれば、毎日が慌ただしい。
先ずは町役場に頼んで、駐車場の片隅にスペースを借りた。
不慣れなインターネットを駆使し、広告を打った。
こんな山奥では、何人も来無いだろう。
それでも良い、殺生石のあの石の中に、美々が居るなら完成したあの「思い出橋」を聴かせてあげたかった。
そして、大好きだった美々に、お別れを言おう。
『前に進まなきゃ。』
答えを出す為に、僕は殺生石で歌を歌いたい。
それが終わったら…。
東京に出ようと決めた。
いつか美々が訪ねて来るのでは無いかと思い、僕はこの町を離れる気にも成れ無かったけど、美似衣がくれた真実を僕は僕の中で消化しなきゃいけ無い。
この町を離れる前に、美々だけの為に僕は曲を作ろうと思った。
祭りまであと三日…。
お知らせ
誠に勝手ながら「佐藤苑」
本日をもって閉店します
店主
祖父ちゃんにさえ、何の相談も無く僕の独断で決めた事だ。
お袋の生活費は、今ある貯金と年金でどうにか暮らせるだろう…。
僕は店の入り口に張り紙をし、祭りまでの三日間、部屋に閉じこもった。
夏の名残が色の濃い一日だった。
一人でも良いから、同じ時間を同じ思いで共有してくれたらそれで良いと思って居たのに、祭りの夜の俺のライブに、見渡すほどの人が集まった。
「へへ、スッゲェじゃん、中々俺もやるね?」
マイクの前で、挨拶代わりに言った。
会場の皆が一斉に笑った。
トシが「思い出橋」のイントロを弾いた。
優一も、タカも同じステージに居る。
事情を話し、無理に集まって貰った。
この町を離れ、都会に出て行くには、最後にこのメンバーで無ければ、どうしてもダメだった。
最高に気持ちの良いイントロに乗せて、僕は「思い出橋」を歌いだした。
この夜が明けりゃ 今年も夏が終わりそうだよ つぶやいたいつかの夏祭り
祭りのあとの静けさは とても淋しすぎるよ 口づけた神社の石畳
通り雨に 傘もささないで
このままって言う君と
そこに立っている僕は
消えた線香花火みたい
いつかの夏休み
二人の夏休み
この坂降りりゃ あなたが何処かへ消えそうだよ
抱き寄せた いつもの散歩道
通り雨に濡れた浴衣姿
さよならって言う君と
それじゃねって言う声は
秋の風鈴の音みたい
いつかの夏休み
二人の夏休み
〈思い出橋〉
このステージで、僕がこの町を卒業する事を、インターネットの中で言ってある。
何時もは軽いノリの僕のステージが、今日はしんみりと聴いてくれて居る。
「ヤケに静かじゃねぇか?」
反応の薄い僕のトークにも、付き合い以上の笑いが起きる。
また、都会に出て行く勇気を持って行かれそうだった。
「もう知ってると思うけどよ、東京に行ってくんよ。」
僕のその言葉に
「行かないで!」
と言う声と
「頑張ってこい!」
と言う声が重なる。
僕は目頭が熱くなった。
「みんな信じないかも知れないけどよ、俺にも初恋ってヤツが有ったんだよ。」
大きな笑いが起きた。
「美々って言うんだ。」
僕の言葉に会場は静まる。
「美々はいま、その殺生石の中に18年も閉じ込められているんだ…。」
僕は声に詰まった。
「どした!」
と声が掛かった。
その声に僕は手を上げて答えた。
「美々の為に最後に歌を作った。俺も、美々も、この町から卒業する。必ず凱旋ライブやるから、俺のわがままを許してくれ。」
大きな拍手が起き
「火縄銃、火縄銃、火縄銃!」
とコールが起きた。
良いヤツばかりが住む、この町に生まれて良かったと思った。
『美々、好きだったよ。美々と美々のママや会えなかった妹の為に、ニクソンが作ったんだ。聴いてくれな…。」
僕は心の中でそう呟いき、トシの弾くピアノのイントロを聴いていた。
そして歌い出す。
明日にならなきゃ分からない事有るのよ
他の誰を頼るよりも静かにただ眠るわ
明日もありふれた日々か続いてくでしょう
そんな日々も僕にとって大切なのよ
心がけひとつで変わるというが
そんな愛なんかいらない
僕にやどる愛は同じ場所から
変わらずに流れてる
誰にもホントの事が言えやし無いよ
だから僕は僕をもっと好きでいなきゃダメなの
居場所がないとか生きる意味が無いとか
ここにいるわ 生きているわ これでいいのよ
心がけひとつで変わるというが
そんな愛なんかいらない
僕にやどる愛は同じ場所から
変わらずに流れてる
〈むかしばなし〉
最後まで歌いきる事が出来ないかと思った。
トシのピアノのイントロが始まった時、僕の眼には見えてしまった…。
仲良く腕を組み、一番後ろで見て居る、美似衣と美似衣のママの姿を…。
ママの手に有るのはきっと美々の写真だろう。
今は、美似衣のママとなった美々のママが、ステージの僕と眼が合い、手を振ってくれた。
「ここにいるわ 生きているわ これでいいのよ‼︎」
「完」
「あとがき」
短いお話でしたがお付き合いありがとう御座いました。
あなたが一人でいる時、大切な誰かを思い出す、そんなきっかけになれたら良いなと思います。
人は誰も忘れられない夜の思い出がきっと有ると思います。
この物語りを、僕と斎藤利弘と優一、タカ、信一郎、そして火縄銃の友情に捧げます。
ご愛読ありがとう御座いました。
2016.5.19
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