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思い出橋  作者: Sing
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火縄銃

「はじめに」



この物語は、栃木県在住の友人であり、私が思う最高のミュージシャン「火縄銃」の楽曲に因んで居ます。


インターネットのフリーサイトに、URLが張り付いて居たとしても、私はクリックしようとは思いません。


「火縄銃」「muzie」「思い出橋」


で検索して頂ければ、この物語の私なりの世界観が伝わるかと思います。


この物語に登場する楽曲の詩は、全て火縄銃の作詞による物です。


本人の了解を得ての二次小説と成ります。


如何か最後までお付き合いください。





第一章 火縄銃



0時05分、上野からの新幹線が那須塩原駅に滑り込んで来た。



この電車で今日もこの駅は眠りに付く。



後五分もすれば、タクシー乗り場の電気も消えるだろう。



気が向いた時に、気が向いた時間だけ開催される、俺様な路上ライブもお開きの時間だ。



「佐藤ちゃん、次は何時やるの?」



疎らな客の中から、顔見知りの女が声を掛けた。



「誰だ佐藤ちゃんとか呼んでるの?」



全く地元ってやつはこれだから困る。



「火縄銃と呼ばんか火縄銃と…!」



「佐藤ちゃん、この下り面倒くさいよ。」



知ってるよ。



「火縄銃だって言ってんだろ!」



僕だって確かにこの下りは面倒くさい。



それでも本当の自分が人前で歌う勇気も無い以上、僕が歌う時には「火縄銃」でなければいけ無いのだ。



「火縄銃!」



知ら無い女が、両手でメガホンを作り叫んだ。



「そうだよ!」



僕が言うと、笑いが起きた。



「しつも~ん!」



若い男の子が手を上げた。



「100円入れろよ。」



僕はギターケースを指さした。



「金取るのかよ?」



「ボランティアじゃ無ぇんだよ!」



ひと睨みを入れると、二十歳前の男の子がポケットから100玉をギターケースに投げ入れた。



「火縄銃って…。」



僕は賺さず男の子の質問を遮る。



行儀の知らないガキは好きじゃ無い。



「さんだよ、さん。火縄銃さん。はいもう100円。」



「何だよ。」



文句を言いながらも男の子は、もう一枚100円玉をギターケースに投げ入れた。



「火縄銃さんて、ギターの練習てしないんですか?」



痛い…。



確かにギターは得意じゃ無い。



だからと言って、僕のライブではその事に触れてはいけない。



ルールを知らない新人はこれだから困る。



「はい、退場~!」



僕は掌をひらひらさせて男の子に帰る様に促した。



「何でだよ~金払ったじゃんよ!」



口を尖らせて文句を言うが、この掛け合いもこのライブのお楽しみだ。



「理由1、お金を乱暴に扱った。理由2、子供の時間はお終い。理由3、痛い所を突いたから。以上。」



そこに居る皆が笑った。



今日も一日、皆が笑って終わった。



それで良い。



それだけで僕は、誰かの為に歌を作り続ける意味を見出せる気がして居る。




「どっちにしても今日は終わりだな…誰かアンプとマイクのコード巻いてくれ。」



内輪な路上ライブは観客参加型。



HONDAのステーションワゴンに機材とギターを積み込み、僕は運転席に乗り込む。



「また直ぐにやってね!」



誰かの声。



「俺が決めんだよ!火薬が何時でも乾燥してると思ってんじゃ無ぇぞ。」



と言い返す。



常連ばかりの疎らな観客が、親指を下に向け



「ブーブー。」



と言った。



ゆっくりと動き出した車のブレーキを僕は踏んだ。



「この下りは面倒じゃ無いのか?」



何を言っても許される居心地の良さと、ズブズブな関係の距離感が、僕を中央に出て行く気持ちを削ぎ落とす。



『そろそろ30だしな…生き方考えんといかんな…。』



僕は首を捻ってポキポキと骨を鳴らした。





学校が終わると直ぐに鞄を投げ出し、僕はヤマハのモトバイクに跨った。



広谷地の交差点を左に曲がり、坂道をノーブレーキで駆け下りる。



シーズンを過ぎた那須街道は、ノーブレーキで駆け下りても、障害と成る車も少ない。



所々ダメージの有るアスファルトや、歩道に上がるスロープを使って、ワザと自転車を宙に浮かせる。



那須分岐点でUターンをし、今度は逆に坂道を登って行く。



家の前の道を挟んで斜め前に有る、釣り堀の店番をする祖父ちゃんが買ってくれたお気に入りの自転車だ。



黄色いボディに前後のサスペンション。



まんまオフロードバイクのこいつに足りないのは、ガソリンタンクとエンジンだけ。



ペダルを漕いで人力で走る、完璧なバイクだ。



三段変速のギアは、坂道を上るには適して居ないが、僕は毎日モトバイクで殺生石の駐車場を目指す。



因みに、まだ一度も辿り着いては居ない。



ただ、何事も目指す事が重要だ。



一番重いギアで登り始め、もう限界と思うと一段軽いギアに切り変える。



買って貰ったばかりの頃は、那須インター迄辿り着くのもやっとだったのに、今は広谷地の交差点位ならヘッチャラだ。



今日は一軒茶屋迄は絶対に行ってやる…。



広谷地の交差点を過ぎると、急に視界が狭まった。



コーナーはキツくなる分、見た目とは逆に人力で登る坂の角度はなだらかに成る。



一番キツく成るのは、一軒茶屋の交番が遠くからでも確認出来るように成ってからだ。



一番軽いギアに入れ、立ち漕ぎをしても、自転車が左右に揺れるばかりで、一つも前に進まない。



既に太腿の筋肉は完全にパンプアップしている。



プルプルと痙攣さえしていた。



「は」



「な」



「げ」



ペダルを180度回す度に、僕は掛け声を掛ける。



「は」



「な」



「げ」



一軒茶屋の交差点は直ぐ目の前だ。



昨日の限界を、既に100メーターは通過した筈だ。



「は」



「な」



「げ」



人漕ぎする毎に声を絞り出す。



プルプルと震える足で踏み込む



ダメだ…。



もう限界だ…。



「ちくしょう~!ボンバー、ボンバー、ボンバー!」



僕は叫びながら自転車から転げ落ちた。



倒れた自転車をそのままに、僕は坂道を歩いて下りた。



100メーター程歩くと、そこにレンガブロックが置いて有る。



僕はそれを拾い上げ、自転車まで戻った。



今日はここまで…ブロックを道路の端に置いて目印にした。



一軒茶屋の交差点迄は押して行こう。



別に自転車が好きって訳じゃない。



友達が居ないだけ…。



だからと言って嫌われてる訳でもない。



それもこれも親父が焼き肉屋なんて始めるから…



観光と農家で成り立つこの辺りの住人は、子供と言えども労働力の一角を担って居る。



観光シーズンにでも成れば、土日は決まって店の手伝いで遊ぶ暇なんて無い。



自然、友達と遊ぶより、自分の世界に入る方が楽になって来る。



僕は何事も楽な事が嫌いじゃ無い。



そもそも焼き肉屋って何だ?



りんどう湖なんて物が人を呼んで、お洒落な店が増えたと言うのに、何を好んで焼き肉屋を始めたのか。



然も「佐藤苑」



もう少しお洒落なネーミングなら、僕だって「ニクソン」なんて渾名で呼ばれる事も無かったのに…。



「肉屋の倅」…「NIKU SON」



それを言うなら「ニクサン」では無いかと思うが、何故ローマ字読みに成ったのかは、僕にも分からない。



一軒茶屋の交差点を渡ると、ナンチャッテセブンイレブンの駐車場が有る。



僕はそこで息を整え、坂道を下る準備をする。



今の僕に必要な物は、一本のコカコーラ。



祖父ちゃんの居る釣り堀まで、一刻も早く駆け下りなくてはいけない。



バッシュの紐を結び直し、モトバイクを道路に向けた。



他の車が来る前に、僕は信号の一番前の停止線を陣取り、信号が青に変わるのを待った。



絶対に交番を見てはいけ無い。



駐在さんが駆け出して来るからだ。



信号に神経を集中する。



『変わるぞ、変わるぞ。』



僕のボルテージが上がる。



「コラッ!」



駐在さんが駆け出して来た。



「ヤバッ!」



信号無視はさすがにヤバイ。



駐在さんから信号に目を戻す。



既に信号が変わって居る。



クラクションが鳴り、僕は驚く。



勢い良く飛び出す筈が、バランスを崩し、ヨロヨロと逃げ出した。



折角の楽しみを奪われ、今日一日の労働が無駄に成った。



「ボンバー、ボンバー、ボンバー!」



僕は悔しさをふんだんに込め、何の意味も無い、ただ口癖の「ボンバー」を叫びながら、広谷地までの冒険を楽しんだ。






釣り堀に着くと、何時もと変わら無いなだらかな時間の中に、麦わら帽子を被った祖父ちゃんが、僕を迎えてくれた。



アポロキャップを被った見慣れ無い男の子が、一人ポツンと釣り糸を垂れて居た。



「ニクソン、汗だくだな。」



祖父ちゃんが自分の首に巻いたタオルをくれた。



「祖父ちゃんまでニクソンは止めろよ。」



僕はモトバイクを店先に停めながら言った。



「アメリカの大統領見たいでカッコいいじゃ無いか?」



これでもかと言う位目尻を下げた祖父ちゃんに、僕は言い返す気力も無く



「祖父ちゃん、コーラ。」



とぶっきら棒に言った。



因みにこの祖父ちゃんは、親戚中から恐れられて居ると言うのに、何故か僕にだけは優しい。



自転車を買って貰った孫も僕だけだ。



然も、選んだ基準が市販されて居る一番高い自転車だった。



ビーチパラソルの下に置かれたパイプ椅子に座り、コーラを一気飲みした。



アポロキャップの小学生が、先程から僕を気にしてるのか、何度も目が合った。



僕は極度の人見知りで、年下とは言え、知ら無い人に自分から声を掛ける事はない。



「オッちゃん、一つも釣れ無いけどこの釣り堀どうなってるの?」



と小学生が言った。



完璧な東京弁。



「釣り堀はな、魚を釣る所じゃない、考え事をする所だ。直ぐ釣れると考え事をする時間が無くなるだろ?だからオッちゃんは魚が卑しくなら無い様に、気を使って魚にご飯を沢山上げてるんだ。」



この言い分は何だ?



孫の僕が思ったのだから、金を払ってる人なら怒り出すだろう。



「魚くらいケチケチするなよ。」



小学生はそう言って釣竿を返し、釣り堀を出て行った。



「こまっしゃくれたガキだな。」



と祖父ちゃんは言ったけど、父ちゃんや母ちゃんを怒る時の顔とは違って居た。



「ニクソン、あの子と友達に成ってやれ。」



僕の頭に手を置いて、祖父ちゃんは小学生の背中を見て居た。



「嫌だよ。」



僕は答えた…。



「可哀想な子何だ…。」



と祖父ちゃんは言った。



祖父ちゃんは小学生の事をホワイトハウスの住人だと言った。



最近出来た白い瀟洒な建物で、年寄りばかりが暮らして居る外国風の建物、僕たちは勝手にホワイトハウスと呼んでるだけで、正式の名前は…。



「サナトリウム 那須ビレッジ」



子供たちの間では、凄い外車ばかりが停まって居る金持ちの集会所だと言う噂だ。



年寄りしか住んで居ないと聞いて居たのに、何故小学生が住んで居るのか理解できなかった。



「サナトリウム」



砂糖と塩の中間だろうか?



要するに、調味料の会社の別荘かも知れない。



僕の頭の中のパズルは、そんな連想ゲームを繰り返し、結局苦労も知らない都会のクソガキ、と言うイメージが出来上がった。






今日は昨日のレンガブロック迄も辿り着かなかった。



かと言って別に悔しい訳でもない。



僕は一日一回祖父ちゃんに会って、コーラを飲めればそれで良い。



美味しそうに飲むと祖父ちゃんが喜ぶから、限界まで喉を乾かして居るだけだ。



釣り堀の手前をチンタラと自転車を漕いでいると



「少年!」



と声を掛けられた。



昨日の小学生だ。



子供に少年と呼ばれる僕は何者だ?



思いはしたが、話し掛ける気にはなら無い。



ただでさえ人見知りなのに、東京者なんてとても友達になれる筈がない。



僕が黙って居ると



「少年、無視するなよ。」



とまた声を掛けられた。



「少年こそなんだよ。お前小学生だろ?」



僕は漸く言い返す。



「誰が小学生だよ?」



「じゃあいくつだよ?」



「中一だよ。」



「中一?タメじゃん!」



「歳は一個上。」



「一個上?」



僕は驚いて目を丸くした。



少年は大きく頷いた。



「そもそも少年って何だよ?言うなら少女だろ!」



アポロキャップの少年は胸を寄せて上げた。



「女ぁ!」



駐車場の入り口に有る大きな置石に足を掛けて停まって居た僕は、思わず足を踏み外し自転車が傾いた。



既に傷だらけの自転車に、これ以上傷が付かない様に、僕は両足を突っ張り何とか持ちこたえた。



自称少女は大声で笑い。



「お前ドリフかよ?」



と言った。



僕は恥ずかしく成り



「さっきからお前、お前って馴れ馴れしいよ、友達でも無いのに。」



と言い返した。



「じゃあ今から友達だ。」



少女は言った。



「勝手に決めるなよ。」



僕は言い返した。



「いいじゃん、ニ、ク、ソ、ン。」



少女は笑って居る。



「絶対ぇ馬鹿にしてる。」



やっぱり東京物は田舎者を馬鹿にしてる。



「私は美々、お姉さんだけど呼び捨てで良いよ。」



と美々が言った。







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