七夕の願いごと
勇者?それはなんだ?名前からするとカッコ良そうだな。ゲームの中ではヒーローのような存在らしい。
なぜか、僕は今その「勇者」たるものなのだが。
「よおハゲ丸」
朝っぱらから名前を間違われる僕はそこまで陰が薄いのか?しかも「ハゲ丸」だぞ?ちゃんと髪はあるから。ほら、頭皮を見なさい、抜けそうな毛なんて一本もないぞ?
「僕の名前は植原茂丸だ」
「ごめん茂丸、今日はグレーゾーンクエストの発売日だぜ、買いに行こうぜ」
僕たちはRPG同好会なるものに入っていて、その活動はごく一般的だ。
ただただ毎日RPGをクリアするだけ。ほんとーにつまらない同好会だ…ていうかRPG同好会がどうやって作られたのかわからない。先輩たちは「先生たちの目をかいくぐった」としか言っていなかったな。見つかったらやばいんじゃないか?
「うそだ…財布を家に忘れた…」
うっかりしたことが、僕は家に財布を忘れていた。取ってこよう。
「え、でも今授業前だぞ?もう先生来るんじゃないか?」
「ダッシュで行けば間に合うさ、僕のこのスピードがあれば」
クラウチングスタートで床を思い切り蹴って走る。そう、僕のスピードは人並みはずれていてここからなら家まで往復で5分も…
「ホームルーム始めるぞー」
「オーーーーマイゴーーーッドォォ!」
先生の襲来だ…ある意味ゴジ◯より怖い。
「どうした植原、英語の勉強か?」
「え、いや、あれっすよ、家に英語の教科書忘れちゃいましたあ!」
今の隙に行ってしまえええ!
「あ、こら!帰ってきなさーい!」
授業中だからといって安全というわけではない。これは一つのゲームだ。
僕の苦手な逃げゲーだ。キャッチコピーは「迫り来るティーチャーから逃げ切れ」。
名前をつけるとすれば、「先生アイランド」だな。なかなかのネーミングセンスだ、僕ってほんとすごい。
「植原、何をしている?今は授業中のはずだぞ?」
死亡フラグ、受け取りましたぞ!くそったれ、鬼教師の須藤じゃないか。
「あらあらまあまあ、どうしたの2人共」
うわあああこいつはうちの学校の校長…ってことは僕やばい感じだねえ、すごーく。
「校長先生絶好調」
ごめんなさい校長先生、お願いだからどうか成績は下げないでください…
「あ、逃げましたね」
「あの野郎、後で説教だな」
後ろから闇のトークが聞こえて寒気がする。僕、明日には死んでるんじゃないか…?
「そんなことよりRPG‼︎財布‼︎」
もうほんとに自分がアホらしく思えてきた…
「やだ、あの子制服じゃない?」
「学校抜け出してきちゃったのかしら…」
あぁ…本日の世間話のテーマは「学校サボった高校生」になりますねー…
「学校抜け出したわけじゃないんですよー!!僕は仕方なく…」
結果的には抜け出したことになってしまうじゃないか、何を言っているんだ僕は…
やっと着いた、マイホゥゥゥム。ここまで長い道のりだった…学校サボった方が身のためだな。
家の電話を鳴らし、全力で母のモノマネを始めた僕は、とてつもなく気持ち悪かった。
「あの〜すいません、いつもお世話になっております植原茂丸の母ですけども…」
「真理子さんは働いているはずですが…どういうことかな植原くん?」
よりによって電話に出たのが担任…最強の女教師、月村だとは。
しかも見破った…だと!?この僕の渾身のモノマネを…
「なに黙っているのかな?さっさと学校に来なさい」
プーーーーと通話終了の画面が表示され、僕は学校に行くことを余儀なくされた。今日はほんと…なんて日だ!
「植原くん、今日は遅刻ですか?遅刻届などはありますか?」本当に遅刻した生徒と担任の会話だとすれば普通なのだが、この場合普通ではない。
それに加えて…僕は誘惑に負けてつい「グレーゾーンクエスト3」を買ってしまったのだ。ゲームショップ「ワレコソゲーマー」の袋を持って教室に入った生徒を黙って見過ごすわけがない。それ以前に僕はカバンにしまうことを思いつかなかったのか?袋に入っているだけのゲームをそのまま学校に持ち込むとは予想外だったぞ、僕。
「後でお話があります、会議室へ」
背筋が凍った。なんで職員室じゃないんだよ。会議室ってあの会議室だろ?先生何人連れてくるつもりだよ…
会議室のことについてはあえて略そう。言っても僕が悲しくなるだけだ。
「会議室で何された〜?ニヤニヤ」
腹立つ。くっそおお、まさか4人の先生に一気に怒られるとは。その4人を一応紹介しておくと…校長、須藤、月村、佐藤。って佐藤!?誰だあいつ!僕はなんで知らないやつに怒られてたの!?意味がワカラナイヨ!!
「気を落とさずに、同好会行こうぜ」
もうそんな時間か。窓から外を見ると、夕焼けが綺麗だった。
「ちーっす、会長の登場だぜー!」ちなみに会長は僕だ。実際のところ会長はいるだけのような存在だが。
ワァーーーと有名なバンドのライブ会場のように男たちがざわめく。教室にはファミコンからPS4までの全てのゲームの機種が揃っている。ソフトは揃っていないが十分楽しめるほどだ。
そしてここで僕がグレーゾーンクエスト3を出すと、会員たちは集ってきた。
「おぉ!伝説のRPG3作目ですか!早速やりましょうよ!」
やる気満々の会員たちは早速ファミコンを起動した。最新作とか言いながらファミコンだったのかよ、ファミコン自体持ってない人とかはどうすればいいのやら。
「お、始まりましたね」
「お前ら七夕にゲームかよ」
後ろのドアが開いて、男子が1人入ってきた。
「うるせ、お前は彼女と遊んでろよ」
確かこいつは…高校1年生のモテモテな男子、島本和也だったと思う。それにしても態度が酷いな。現実のリア充はみんなこういう感じの奴らばっかなのか?
「言われなくてもそーするさ、ところでこの同好会は教師公認なの?」
ギクッ!と皆が冷や汗をかく。ほらほら、いつかこーなると思ってたんだよこの同好会。
ま、会長は僕だけどね。
「公認だから出てけ島本」
よかった、僕は名前を間違えていなかったようだ。
「島本じゃないし、嶋仁だから」
あ、やべ。こいつは嶋仁和也だったらしい。
「教師にチクったりはしねーけどさ、見つかんねーようにしろよ?」
お、こいつ意外といい奴…
「じゃ彼女といちゃいちゃしてくるわ〜♡」
こいつクソうざい…
「これ以上プレイするのも危ないんで、会長、月曜にもう一度持ってきてくれたりします?」
「そうするか」僕も家で1人で攻略しちゃいたいし、今回は会員の提案に従おう。
ところで、月曜に僕が持ってくるってことはつまり…
「また先生に見つからないようにしなきゃいけないのかよ…」もう、うんざりだぜよ。
暗くなってきたなあ…と空を見上げると満天の星空。七夕、だっけか。短冊かなんかに願い事を書いて飾ると叶うらしいな、後でやってみよっと。
今週は親が出張でいないし、思う存分ゲームができる。今のうちに攻略していないゲームをやって…
とか思ったけど、やっぱグレクエ3をプレイしよう。
ファミコンだから起動するかわからないが、試してみる。
「お、ついたな」
一応バグらしきものもなく、平凡なRPGが始まった。一つ言えるのは、ツッコミどころ満載だということだ。ツッコむのが面倒くさいほどふざけた設定だな。製作者は…ジェ、ジェイソンって書いてある。ということは…
外国人が作ったのかよこのゲーム!?
「そりゃこうなるわな」
やってて面白いが無事エンディングまで辿り着けるのか…?
「最初の街か、キラータウンって書いてあるな」
キラータウンって明らかに名前からしてやばいだろ。そこに当たり前のように突入していく僕、素晴らしい。
キラータウンの住人に言われ、キラー城の中へ入った。キラータウンは城下街で、キラー城は世界的に有名な城らしい。
「おぉ、君が勇者か、ヘンテコな顔して」
この王様ひでえな…でも隣にいる王女らしき人は可愛い。この人と話せないかな…?
「ミレアを見てるな?まさか狙っておるのか、ムッツリ勇者よ」
最低なクソジジイ、ぶん殴りてえなんて思うが、王女と話せそうな雰囲気になってきて、ウキウキしている。
「ミレア、自己紹介しなさい」
そんな簡単に言っちゃっていいのかなあ…
「こんにちは、私はミレア。ミレア・キラー。」ピンク色の髪をした王女ミレアさん、可愛いです。まさに僕のタイプ。
「ところで…勇者様、ですよね?」
ここで選択肢。「はい、そうです」と「僕はただの通りすがりです」の2択。
てか普通城の中通りすがらないだろ…
「はい、そうです」
「そうですか、ならば一つお願いがあるのですが」
こ、この女、上目遣いでお願いしてきやがる…とんだワル女じゃねーかよ…
「私を冒険に連れてってくださいませんか?一度戦いというものを経験したいのです」
え、いいのかな。目の前にとーさんいるけど…
ここで選択肢だ。「黙って連れてく」と「斬り殺す」。
「斬り殺す」って斬り殺しちゃったらこの物語終わっちまうから。
勇者はバレないように黙ってミレアを連れ出したのであった。目の前に座っていたのに何も気づかなかった王様ってなんなのさ。バカどころじゃ済まないからね?マ◯オの世界だったら完全に叩かれますよー。
「8時か、そろそろ飯食って寝るかな」
早寝早起きは習慣付いていて夜遅くまでゲームに打ち込めないのが僕の欠点だと自分では考えている。少しでも徹夜とかできればなーなんて毎日思ってしまう。馬鹿らしいかもしれないけど。
「あ、七夕のお願いごとでもすっかな」
すっかり忘れかけていた。今日は7月7日、七夕だった。お願いごとをしないと損だな。
叶ったかどうかは、明日の朝わかる。
「グレクエ3の王女と、結婚できますように」
お待ちかねの明日がやってきた。願い事が叶うなんて信じていないが、とりあえず今日は土曜日だから、思う存分グレクエ3ができる。
「さぁー起きて早速グレクエ3を」
言い終わらないうちにドタドタと音を立てて僕の部屋に誰かが入ってきた。その「誰か」の第一声は、
「勇者様、冒険に行きましょう!」
…だった。