STARTING OVER
いつものように 、ラストソングは、あの曲だった。
この場所から、見える景色はあの頃と変わらない。
名前も知らない誰かが必死に俺たちを呼んでいて、その群衆に向かい俺も必死に手を降っている。
隣で自慢の漆黒のフェルナンデスからちぎれるような高音のギターソロを酔いしれるかのように仰け反りながら奏でているアイツが
「UC,出番だぜ?」
そう言ってステージ後方に下がるアイツと、オレは入れ替わるようにマイクスタンドへと向かった。もう喉は潰れそうなくらい悲鳴をあげているのに、歓声の波が更なるチカラをオレに与える。
( KING OF Rock&Roll ) そんな大それたネーミングをつけられた俺たち、The edgeは名実ともに日本のロック界の頂点に登りつめた。
#01 Starting Over
目覚めの悪い朝は必ずと言っていいほどここニューヨークの空は機嫌を損ねていて、窓を開けると予想通りのグレーの空に染まる景色がひろがり、溜め息すらつけない自分に少し苛立ちを感じた。また今朝もアスピリンの力を借りないと耳の奥に残るノイズは消せはしないだろう、そんなことを感じながら、ふとテーブルの上に目をやると空になったバーボンの瓶と日本からのエアメールが積まれていて、差出人の名前を見たら再びUCは酷い頭痛に襲われた。「kumi…今さら…なんだょ、」声にならないような声で呟いて、再びベッドに倒れ天井を見上げた瞬間、枕元に置いていた電話が激しく鳴り響いた。
「よぉ、UC!悪いなこんな時間に…どうもオレはこの時差ってヤツが苦手でな、」
そう電話の向こうで謝る男は元the edgeのリーダー、そしてUCの中学時代からの親友でもあるsho-1だ。
Sho-1はthe edge解散後にレコード会社を設立して、若手の育成に精を出している。少しでも多くのアマチュアバンドに活躍の場所を与えようとコンセプトを元に設立当初はうまくいかなった経営も今ではいくつかのメジャーバンドを育て上げ、数あるレコード会社にも肩を並べるくらいの規模にまでなっていた。そしてthe edgeの元メンバーたちもこのsho-1の作ったレコード会社kingdomでプロデュース業やミュージシャンとして活躍していて、結局UCだけが音楽から離れた暮らしをしていた。
「そんなことは気にするタイプじゃないだろう?オレもお前も‥
それよりこんなタイミングで掛けてきた電話は、この前の返事を聞きたいからなんだろ?もちろんお前の都合のいい方向の返事で…そのことだったら、」
そこまで言いかけたところで、まるで遮るように
「頼むぜUC…オレだってお前に無理強いはしたくないけど美咲さんからの頼みじゃ断る訳にもいかないんだ。お前だってわかるだろ?」 とsho-1は言葉を畳み掛けてきた。何秒か二人の間に沈黙が流れたが「そんなことくらいオレだってわかっているさ…美咲さんにはオレも返しきれないくらいの恩はあるし、ただオレが素直に1つ返事出来ないのは、オレはあれから曲の1つも書いてないんだ。そんなオレが楽器経験もあまりない娘たちのプロデュースなんかできると思うか?言っておくけどオレは世間が言っているほど天才でもなんでもないんだ。」という、1つトーンの上がったUCの声がその沈黙を打ち破った。それから30分ほど話したが結局sho-1の熱意に負けたUCは一度日本に戻ることを了解した
「ありがとなUC,とにかく彼女達の演奏聴いてくれょ。そしたらきっとお前の考えも変わるとオレは思うから」
妙な自信にあふれたsho-1にUCは思わず吹き出しそうになり、もうひとつのロジックの答えをsho-1に尋ねることを決め、問い掛けた
「ところで話は変わるけど、このところ日本から妙なエアメールが来るんだけど、お前なんか心当たりないか?」
一瞬電話の向こうで戸惑うような感触を得て黙りこむsho-1に
「やっぱりお前か…kumiにここを教えたのは…よくよく考えてみればお前ぐらいしか該当しないもんな?」
とUCはトドメを差した。
「すまん…この前あるイベントで偶然kumiちゃんにあって、どうしてもUCに頼みたい事があるから連絡先を教えてくれって懇願されて…ついつい…それでどんな内容だったんだ?」
悪びれる様子もなく、反省している様子のカケラさえも見当たらないsho-1の質問に、大きく溜め息をついてUCは
「さぁな…何通かココにあるけど、どれも開けてないから残念な事にお前の質問には答える事が出来ないな…まぁ…例え中身を見たにしてもオレはアイツに関わるつもりは微塵もないけど…」
と答えた。
「まぁ…とにかく詳しいことはお前が帰国してから尋ねることにするょ、なにしろ美咲さんのscandalの件だけは頼むぜ?」
自分が蒔いたタネなのに、まるで傍観者のようなsho-1に少し呆れながらもUCは、ただ一言だけ " わかった。"と答え通話終了のボタンに軽く触れた。さっきと同じはずの自分の部屋の天井が今度はやけに高く感じ、見慣れた部屋のレイアウトが妙な不快感を与える、サイドボードの上のいくらか色褪せたフォトグラフに意識を向けるとUCの不快感は最高潮に達し、思わず足元のゴミ箱を蹴り飛ばした。30秒…いや1分…10分、ただ動く事すら出来ず、目も開けることも出来ず、消せるはずのない思い出達と戦っている
UCとフォトグラフの中のthe edgeのメンバーに囲まれたUCは同じ人物なのに、きっとあんな風に笑う事など出来ないと自分自身で思った。そしてそのフォトグラフの中でまるでthe edgeのメンバーのような顔して当たり前のようにUCの隣で微笑むkumiの姿にUCはもう笑うしかなくて、できるだけ大声で力無く笑い声を上げた
いまだに過去の呪縛から離れられないそんなUCのすぐ近くまでkumiが来ている事など誰にも予想がつかないまま、ニューヨークの朝は今日も通勤ラッシュの車のクラクションが鳴り響く…………
to be continue