卵
ヴィーの側には今、卵が三つ、常にある。籠に布を敷いて、その中に入れて温度を調節しつつ孵化するのを待っているのだ。
この卵は結婚祝いで貰った物。ヴィーの伯母であるエルランの第二王女のルミネが、キースと同じ種類の鷹の卵を譲ってくれた。ルミネはエルランのルビーの中で一番力が強く、結婚せずに巫女として、外からの侵入者を監視し情報収集する役目を負っている。その彼女が、王妃として国を守る為に役立つと贈ってくれた卵。卵の孵し方や育て方などの詳しく書かれた紙も共にくれた為に、ヴィーは自分の目となり耳となる鷹の卵を毎日面倒見ている。
「ライ!ライ!ちょっと良いか!」
執務室の扉が勢い良く開かれて、白と黒のお仕着せ姿の王妃が飛び込んで来た。大事そうに籠を抱えた彼女はそのまま王を連れて隣の応接室に篭ってしまい、イライアスは大きな溜息を吐いてから扉を拳で叩く。
「シルヴィア様、何事ですか?」
「誰も入って来ては駄目だ!親は私とライだけだからな!」
「………鷹ですか?」
「生まれそうだ!」
珍しく興奮している様子のヴィーの声に苦笑して、イライアスは諦める事にした。宰相補の二人はヴィーに好意的で、王と仲睦まじい様子をいつも緩んだ顔で見ている。今も二人は、顔を綻ばせて仕事を進めている。
三人が仕事をしている隣の部屋では、ヴィーとライが籠の中で卵がひび割れて行く様を見つめていた。
「鷹は、飛び立つまでが長いんですよね?」
「そう。だからまだしばらく私は籠と共に行動するよ。ライの存在も刷り込んで、人間に慣れさせるんだ。」
「餌は、用意しましたか?」
「したよ。」
「刷り込みと言っても、まだ目は見えないですよね?」
「そうだけど、最初は声だって。この感動の瞬間を共有したかったんだ。……邪魔して、すまない。」
興奮から一点、突然しょんぼりとしてしまったヴィーに笑い掛けて、ライは彼女を抱き寄せる。
「光栄です。凄いですね、頑張って生まれようとしていますよ。」
目尻に口付けられて、ヴィーはとろりと笑う。愛しい夫に体をもたれさせ、命が殻を破ろうとしている所を見守る。
「命というものは素晴らしいな。」
「そうですね。」
「バークリンの動物達とは友達になったんだ。だから風以外でも力になってくれるよ。この子達が飛べるようになれば、領主達との書状のやり取りがスムーズになる。」
「馬よりも、鳥は早いですからね。」
「本当は他の鳥も頼めばやってくれるんだ。だけど、大事なやり取りを任せるのは不安だろう?」
「そうですね…。よく、ヴィーを訪ねて来る鷹は優秀そうですね。」
「キースは賢い子だ。アユーンの所にも飛んでいるから、一座の現状とかも教えてくれる。」
「ヴィー?」
「ん?」
名を呼ばれて顔を上げると、唇が塞がれた。そのまま舌が滑り込んで来て、舐められ吸われる深い口付けをされヴィーの体は甘く痺れてしまう。
「……まだ、昼間だ…」
「命の誕生を見ながら、というのも良いかなと思いました。」
「何を言ってるんだ?!」
「…声、抑えられますか?」
熱く、甘く見つめられ、ヴィーは激しく狼狽える。真っ赤な額に口付けたライは、ヴィーを抱き締めて楽しそうに笑った。
「からかったのか?」
不機嫌に問うヴィーの髪を優しく撫でて、ライはまだ笑っている。
「本気でしたよ。ですが余りにも狼狽えるので、可哀想かと思いました。」
「あ、当たり前だ!隣には人がいるし、生まれていきなり、そんな…教育に悪い!」
「厳しいお母さんですね?」
今度は触れるだけの口付けをしたライは優しく目を細める。その顔を見て、ヴィーは悔しくなった。こういう事ではいつも、翻弄されてばかりだ。
「出会ったばかりは、ライが私に翻弄されていたのにな。」
「今だって、翻弄されています。」
「本当か?」
「えぇ。ベッドの中でも、貴女は魅力的過ぎて歯止めが効かなくなる。」
「〜っ!やめろ!その色気全開の顔!」
「……幸せです。」
余りにも優しくライが笑うから、ヴィーは何も言えなくなった。赤い顔を隠すようにライの胸元に伏せて、彼の背中に手を回して抱き付く。
「私も、幸せだよ。」
身を寄せ合う二人の前では、新たな命が三つ、この世に生まれた所だった。




