始まりの愛
バークリンの王都ルドンは、これまでにない程賑わっていた。
前王の崩御から一年弱。国は大きく変わった。人々が浮かべる表情は明るくなり、生活も豊かになり始めている。それは全て、新国王ライオネルのお陰だ。だけれど最近、新たな存在が噂に上っている。イルネスから来て、王妃となるシルヴィア王女。彼女は美しいプラチナブロンドの髪に赤紫の瞳の持ち主だというが、それと同じ見た目の女性が、一年程前からバークリンのあちらこちらで目撃されるようになっているのだ。その女性はヴィーと名乗る夜色マントを羽織った美しい女で、彼女は人々に話を聞き、困った事があれば解決の手助けをする。そうして決まって同じ質問をしていく。学校が出来たら通うか、通うとしたらどういう問題があると思うかと。
結婚式の後には王と新たな王妃が国民の前へと姿を見せる。その王妃の姿が自分の知るヴィーと同一人物なのかを確かめる為に、人々はルドンの街へと集まって来ているのだ。
「凄い人だねぇ、ライオネル大人気?」
「お久しぶりです、ゴーセル。ナーディア、体は大丈夫ですか?」
「まだ大丈夫。それで、嫁は何処?」
グラインから来た王と王妃を迎えたのはライと宰相と将軍、それと親衛隊の騎士達だ。まだヴィーは他国の王女の為出迎えには顔を出せず、晩餐会で正式に紹介される予定なのだ。それを説明すると、ナーディアは面白くなさそうに顔を歪める。
「晩餐会まで待てない。」
そう告げると、用意した部屋へと案内する前に歩き出してしまう。
「待って、ナーディア!そんなに早歩きだと子供が生まれるよ?」
「まだまだよ。これからもっと大きくなるんだから、心配し過ぎ。」
妻を追って行ってしまったゴーセルの背を見て、ライは苦笑を浮かべた。向かう先はわかっている為に、イライアスへと後の事を頼み二人を追う。
ナーディアが向かったのは離宮で、恐らくルミナリエの助けを借りて会いに行くつもりだったのだろうが、そこが正解だ。彼女はそこにいる。
「あぁ、ライ。なんだか皆さんにもう会ってしまったよ。」
困った顔で笑うヴィーは昼用のドレスを纏い、緩く編まれた髪には赤紫のリボン。ライの愛しい婚約者の周りには、姉達が揃っていた。
「ナーディア、体は大丈夫なのかしら?」
「大丈夫です。会いたかったです、ルシエラ姉様!」
ナーディアに抱き着かれたルシエラは嬉しそうに笑って抱き返している。その後ろにはアリシアがいて、ルミナリエと共に紅茶を飲んでいた。ルミナリエの側で菓子を摘まんでいるのは、アリシアの娘の二人の姫。
ヴィーの下へ向かおうとしたライは、どしんと抱き着かれて笑みを浮かべ見下ろした。腰に腕を巻き付けているのは、赤い髪の男の子。緑の瞳が期待に輝き、ライを見上げている。
「ライオネル、剣はいつ教えてくれますか?」
「今少しやりましょうか、アイディン。エドモンドは何処です?」
「エドモンドは父様達の所です。」
「彼とも約束をしているので、誘いに行きましょう。もう少しだけ、待ってもらえますか?」
「わかりました。」
にこりと笑ったアイディンの赤毛を撫でて、ライは優しく笑った。そして、姉姫達に質問攻めにされているヴィーへと歩み寄り、後ろから抱き締める。
「ヴィー、虐められていませんか?」
「大丈夫だ。色々お話を聞いている。」
「姉上方、お手柔らかに頼みます。特にナーディア?」
「もっちろん!安心して?」
「えー、ナーディアは虐める気満々だったよねぇ?」
バチン、と音が鳴ってゴーセルの頬がナーディアの両手に挟まれる。それを見て痛そうだなとヴィーが顔を顰めていると、髪に口付けが落とされた。
「イルネスの二人はまだのようです。王太子達と約束があるので外しますが、大丈夫ですか?良ければ共に行きますか?」
「過保護だなぁ。大丈夫。ライの姉上達とこのまま話していても良いか?」
「貴女が望むのであれば、構いません。ナーディアは少し口が悪いですが、悪気がある訳では無いので許して上げて下さい。」
了承の返事をして笑うヴィーの唇に優しく口付けて、ライは名残惜しげに体を離す。そしてゴーセルはどうするか聞いてみると、ナーディアといたいからここにとどまると返事があった。仲の良い姉夫婦に微笑んで、ナーディアに程々にするように言ってから、ルシエラにアイディンを連れて行く事を告げる。
「ライオネルと会える事をとても楽しみにしていたのよ。よろしくね?」
微笑むルシエラに笑みと返事を返し、ライはアイディンを連れて離宮を離れる。
「エドモンドは大きいお兄さんだけど、僕と遊んでくれますか?」
「大丈夫ですよ、彼は優しいですからね。」
「ライオネルみたいですか?」
「どうでしょう?お話してみましょう。」
「はい!そうします!」
元気の良い甥の返事に、ライは顔を綻ばせた。手を繋いで歩き、父親達がいる部屋へ入ると、ミジール王コンラッドとシーリア王バルバロスがチェスをしていて、エドモンドが真剣な表情でそれを眺めている。
「エディ、今からアイディンと剣の稽古をするのですが、一緒にやりますか?」
「やります!父上、頑張って下さいね?」
「おー、行ってこーい。」
父にひらひらと手を振られ、エドモンドは立ち上がる。それをじっと見つめていたアイディンが己の父に近付き盤を覗き込む。
「父様、まずいです。」
「なんだ、アイディン?何処だ?」
「えっとですね」
「おいおいおい、バルバロス、ずるはいかんぞ?」
「コンラッド、お前も気付いていない手かもしれんぞ?アイディンは賢い。」
少し悩む様子を見せたコンラッドは、興味を持ったのかアイディンを促す。駒を動かす許可を得て、アイディンはコンラッドが勝つ最短の手を打った。それを見て、父親達は唸る。
「良い手です。ですがあの時点では、バルバロスはまだ逃げられましたよ。」
「本当ですか?」
頷いたライがアイディンが動かす前の状態に駒を戻し、アイディンがさしたコンラッド側の手からバルバロス側で逃げ、チェックメイトまで持って行く。そしてまた、父親達は唸った。
「よし、頭の体操は終わりだ。体を動かすか。」
立ち上がったコンラッドに同意して、バルバロスも立ち上がる。そうして五人は庭へと出た。
「ライオネル、後で私とチェスをする時間はありますか?」
「エディが帰るまでに時間を取りましょう。」
「僕も、一緒に良いですか?」
「良いですよ、アイディンもやりましょう。」
「ありがとうございます、エドモンド。」
アイディンはライと手を繋ぎ、エドモンドはその反対側に並んで歩いている。ライを挟んで笑い合う息子達を眺めて、バルバロスとコンラッドは苦笑を浮かべた。
「ライオネル好きはうちのエディだけではないようだな?」
「アイディンには兄弟がいないからな。兄のように慕っているようだ。」
「仲が良いのは良き事か。」
王達は笑い合い、息子達を優しく見守っていた。




