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マジェンタの瞳  作者: よろず
第三章バークリン
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王と姫の愛

 レミノアは、朝から泣いてしまいそうで困っていた。

 連日届く祝いの品。その中には国王となった為に参加出来ないからと、兄が用意した純白のドレス。そのドレスには、梟達も全員参加した刺繍が入れられている。ドレスは用意すると言われていて、それが届いた時にはレミノアは嬉しくて涙が止まらなかった。

 ミジールにいるアリシアからは、庭で彼女が育てたという薔薇の花のブーケ。それはレミノアの好きな淡いピンク色で、特別な加工が施されており、遠く離れた国から届けられた今も瑞々しく美しい。

 シーリアの王妃となったルシエラは、彼女がレミノアの為に編んだというレースのベール。そしてグラインのナーディアからは、彼女が研磨した宝石で作った、レミノア好みの小振りな宝飾品。

 それら全てを身に付けると、共に添えられていた手紙を思い出してしまい涙が溢れそうになる。レミノアは、家族の中で誰よりも幸せだったはずだ。姉姫達のように母に捨てられる事は無く、兄のように暗殺者に常に狙われる事も無い。父はレミノアにも無関心だったが、母がいた。血の繋がった姉と兄と母以外にも、梟達に守られ、皆に愛されて育った。だからこそ、大好きな彼らの力となりたくて、レミノアは剣術も体術も、政の他の座学も必死で学んだのだ。イルネスの王妃になる事で、やっと恩を返せるのかもしれないと考えたレミノアに届けられた兄からの手紙に書かれていたのは、ただ一言。


『愛する妹の、幸せを願う』


 もっと、望んだって良いのに。あれをして欲しい、これをして欲しいと言えば良いのに…レミノアは、頑張って叶えるのに…兄はいつも、優しく笑い守ってくれるだけで、多くを望まない。

 姉姫達の結婚も、レミノアがイルネスへ嫁ぐ事も、強制でも命令でもなく、頼まれた。計画を聞かされ、協力を乞われた。嫌なら断っても構わないとも言われたが、誰も断らなかった。


「レミノア、美しいな。」

「母上!」


 着替えを終え、過去や手紙の内容に思いを馳せていたレミノアに声を掛けたのはルミナリエだった。来ている事を聞かされていなかったレミノアは酷く驚き、涙が溢れてしまう。


「今泣いては駄目だろう。化粧が崩れる。」

「ですが、母上が来て下さるなんて存じ上げませんでしたわ。」

「秘密にしていたからな。三人の娘の晴れ姿は見られなかったが、もう妾は王妃ではない。可愛い妾の娘、よく見せておくれ?」


 涙を優しく拭ってくれたルミナリエに乞われ、レミノアは姉と兄達が用意してくれた花嫁衣装を見せる。綺麗だと何度も呟いて、ルミナリエの目から涙が零れ、レミノアまでまた泣いてしまいそうになる。


「ルミナリエ様、人が来ます。」


 聞こえたのは、義理の姉シルヴィアの声。彼女が母を連れて来てくれたのかと、レミノアは嬉しくて堪らなくなる。


「シルヴィア様、ありがとうございます。」

「喜んでもらえて良かった。また、後でな。」


 ルミナリエとシルヴィアが姿を消してすぐ、侍女が現れた。時間だと言われたが、泣いて崩れてしまった化粧をなおされる。そうして連れて行かれたライアで一番大きな教会で、レミノアは多くの貴族の視線を浴び、夫となるシルヴァンの下へと歩く。白と青の、イルネス王の正装姿のシルヴァンは、男なのに美しい。長いプラチナブロンドの髪は邪魔にならないよう一本に編まれて纏められている。隣に並んだレミノアへと碧い瞳が向けられて、優しく細められた。


「美しいな、レミノア。」

「陛下も、とても素敵ですわ。」


 微笑み合う二人は、神へと愛を誓う。宣誓を終えると神父からの祝福の言葉をもらい、二人は教会の前で馬車に乗る。その馬車でライアを一周するのだ。


「愚王にはならんよう努力するが、俺が道を誤った時には正してくれるのか?」


 笑顔で手を振りながら、シルヴァンがレミノアへと視線を向けた。


「もちろんです。わたくしは厳しいですわよ?」

「望むところだ。お前の兄は、凄い男だな。」

「とても尊敬しております。ですが、陛下も素晴らしい王ですわ。」

「嬉しいが、まだまだこれからだ。」

「調印式、姉上方もいらっしゃるのでしょう?わたくしは共に行けますか?」

「行きたいのだろう?」

「とても行きたいです。皆に、お会いしたいですわ。」

「連れて行こう。」

「ありがとうございます、陛下。」


 その代わり、とにやり笑ったシルヴァンが耳元で囁いた言葉に、レミノアは赤面する。


「しばらく、ベッドから出られないと思え。」


 姫であるレミノアは、知識としては初夜の事を知っている。姉姫や梟達から聞かされた事もある。だけれどそれが今夜なのだと突き付けられ、狼狽えてしまう。


「可愛いな、レミノア。」


 わざと耳元で色気のある声で囁くのは、シルヴァンの意地悪だ。わかっていても、動揺は隠せない。


「ほ、程々に、お願い致します。」

「無理だ。どれだけ長い事耐えていたと思う?」

「存じ上げません!」

「今すぐにでも閉じ篭ってしまいたいくらいだというのに、王とは煩わしいな。」

「まだ、夜ではございません。」

「待ち遠しい。」

「陛下、今は王のお仕事をなさいませ。」

「わかった。」


 口角を上げて笑ったシルヴァンは、レミノアを抱き寄せ口付けた。それは公衆の面前でするような物ではなく、深く繋がり息も奪われ、レミノアはくらくらとしてしまう。腕の中でくたりとしてしまったレミノアを抱き寄せ、シルヴァンは機嫌良く笑う。


「愛している。」


 この後はまだ貴族達へのお披露目と食事会があるというのに、レミノア自身、このままシルヴァンと二人きりになってしまいたくなる。


「わたくしも、愛しておりますわ、シルヴァン様。」

「愛とは、甘美な物だな。」

「そうでございましょう?」


 寄り添い、微笑む二人の頭上からは、赤と青、赤紫の花びらが降り注ぐ。青い空の下、ライアの街で王と王妃を祝う人々は皆、幸せそうに笑っていた。

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