イルネスへの書状
レバノーン王の死後、驚きの早さで国を立て直しているバークリンの現国王から、イルネスへと書状が届けられた。その書状に目を通したイルネス王シルヴァンは額を片手でおさえ、苦笑を浮かべる。
「ヴィア、これは全て準備は整っているのか?」
目の前にいるのは書状を持って来たシルヴァンの双子の姉。彼女は微笑み、頷いた。
「ミジール、シーリア、グラインの三国は既に同意済みだ。その為に長年掛けて、国を整えていた。」
「王女達がそれぞれの国に嫁いだのはその為か?」
「美女も、知識と人を魅了する能力を正しく使えば、滅ぼすどころか国を良い方向へと導けるんだな。」
「……レミノアは?」
「保険と、和平の象徴。」
「保険?」
「ヴァンが愚王にならないとも限らないだろう?」
「恐ろしいな。ならないように気をつけよう。」
「そうしてくれ。」
「それで?調印式は?」
シルヴァンの質問に、ヴィーは満面の笑みを見せて立ち上がる。
「五カ国の中心で、立案したバークリンの王都で行う。戴冠式と私達の結婚式もやってしまうから、盛大だぞ?」
「何故そんなに纏めてやるんだ?」
呆れたようにシルヴァンは呟き、ヴィーは笑う。
「三国の王達が結婚式にも戴冠式にも出席したいと言ったらしい。そんなに何度も移動させる訳には行かないだろう?」
「いくら王女達が嫁いでいるとは言っても、三カ国の王が全員か?」
「姉姫達と王太子もだ。」
「盛大過ぎるだろう?あいつは一体何をしていた?知っているんだろう?」
「お前にも同じ事をしていたはずだぞ?」
言われ、シルヴァンは首を傾げる。特別何かをされた覚えはなかった。
「お前にとって、ライはなんだ?王であるという立場を抜いて。」
「それは…友、だな?」
それだよと微笑まれ、シルヴァンは更に困惑する。六年前まで、ライオネルは常に戦場にいるような状態だったはずだ。その上、国は荒れていた。今驚異のスピードで国を立て直しているという事は、長年掛けて、秘密裏に準備をしていたはずだ。それに加え、三カ国の王との友好的な関係作りだなどと…途方もない事に思えた。
「普通出来ない。だけれどライはやったんだ。一人ではなく、多くの人間が彼の計画に賛同して動いたから出来た。」
初めはミジール。ライが十一の時に第一王女アリシアが嫁ぎ、その少し後に王太子としてライも出向いた。王と対話し、成長したミジール王太子エドモンドに剣を教えたりと度々訪問した。それも、影を国に残して、レバノーンや貴族達には隠しての行動だ。
シーリア王とは、赤騎士として何度か剣を交えた。休戦協定を結ぶ際、シーリア王は赤騎士の正体に勘付いたが口を噤み、第二王女ルシエラを正妃に迎える。そして時折手合わせをしようと提案され、それを受け入れたライはシーリア王とは殺し合いでは無く、競技としてよく手合わせをしていた。
そしてグラインも戦場で、赤騎士としてゴーセル王と出会う。だけれどゴーセルは戦が嫌いな王で、民を守る為に戦った王だった。それを知っていたライは、被害を最小限にとどめ、ゴーセル王の前で鎧の目元を上げて正体を晒した。その場でバークリン王太子から出された提案を飲んだグラインとも休戦を結び、第二王女ナーディアが正妃として迎えられた。
「最後はお前だ、ヴァン。イルネスにも損は無い。それどころか父上の望みが叶う。断らないだろう?」
「そうだな。だがこれから更に、忙しくなる。」
「その為のレミノアだ。彼女はお前を助けられるだけの実力がある。父上が作った、各国との繋がりの土台があるんだ。そこまで難しい事ではないだろう?」
バークリン国王から提案されたのは、バークリンを囲む四カ国とバークリンで結ぶ、五カ国同盟。
五カ国の間での戦の廃止。もしそれを破れば同盟国全てからの制裁がある。そして、同盟国が他国からの侵略を受けた時には、必ず助けに向かう。これを、バークリン、イルネス、ミジール、シーリア、グラインから始めて、周りの国へと同盟の加入を勧めて行くのだ。周りの国へと勧める為には、大国といえどバークリンだけでは弱い。その為にイルネスの存在は重要だった。しかもイルネスには、ジルビオールが作った土台がある。周りの国へと広める事も、比較的スムーズに行く。
「もしかしてとは思うが、ギルフォードを討ったのは、あいつではないよな?」
恐る恐るという風に出された問いに、ヴィーは真意の見えない笑みを浮かべる。どうだろうなと肩を竦めた姉を見て、シルヴァンは頭を抱えた。
「ザッカスが出た戦、派手だった割りに引き際があっさりしていたな?怪我人の割に死者が存外少なかった。それは?」
「赤騎士のような存在が、イルネスにも必要だろう?」
戦に強い国と同盟を組んでいるとなれば、下手に他国も侵略出来なくなる。バークリンには赤騎士。イルネスにはザッカス。それ以外にも、両国には有名な将軍がいる。
「怖い!やはりあいつは恐ろしい男だ!ヴィア、考え直せ!」
「嫌だ。私から結婚の申し込みをしたんだからな。」
「なんだそれは?ライオネルからではないのか?」
「男のプライドとかいう物は時に障害となる。苦労なんて、一緒に背負ってやるというのにな。」
「わかるように話してくれ。」
「ライは、私に苦労を掛けるのを良しとしなかった。全て整えてから迎えに来るつもりだったんだよ。だけど私は、そんなの待ってやらない。愛する男の為ならば、愛する男の側にいられるのであれば、私は、苦労なんて苦にならない。」
幸せそうに、ヴィーは笑う。その笑顔に、シルヴァンは仕方のない姉だなと、微笑んだ。
「強いな、ヴィアは。」
「違うよ。男が考えている程、女は弱くないだけだ。」
「レミノアも、確かに弱くはない。」
「だけど脆さもある。それは男も同じだろう?」
「……そうかもな。」
微笑み合う双子は、それぞれにもうすぐ、新しい家族を得る。
まずはシルヴァンとレミノア。ヴィーは書状を届ける役目と共に、その式に出席する為にイルネスへと戻って来た。
その次はデュナスとルアナ。シルヴァン達から間を開けて半年後の予定だった式は、急遽早める事となった。それは、同盟締結の為に、デュナスも忙しくなるからだ。宰相と公爵を継ぐのもそれにより、早まる。
そして、ヴィーとライ。二人の結婚は、暗く、悲しみと苦しみが続いたバークリンの光となる。新国王の戴冠式と、五カ国同盟締結の調印式、それらも同時に行うとなれば、イルネス王の生誕祭以上に盛大な祭りとなるだろう。




