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マジェンタの瞳  作者: よろず
第三章バークリン

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あなたの為に出来る事2

 離宮に戻るとすぐ、ヴィーは籠に残った食べ物を自分の胃の中に片付けて、菓子を焼く用意をする。ライの喜ぶ顔を想像すると、自然と鼻唄が漏れた。


「どうやら喜んだみたいだね、ライオネルは。」

「ルミナリエ様、また厨房をお借りしています。」

「構わないよ。次は何を作るんだ?」

「焼き菓子です。イルネスで、彼が気に入っている様子だったので教わって来ました。」

「そうか、妾も興味があるな。」

「多めに焼いたら、梟達は食べてくれるでしょうか?」

「きっと食べる。…感謝するよ、シルヴィア。貴女がライオネルを愛してくれて、良かった。」


 愛する男の母親に突然感謝をされて、ヴィーはまごついた。赤い顔で戸惑っているお仕着せ姿の姫を見つめて、ルミナリエの碧い瞳は優しく煌めく。


「あの子にとって妾は母親だが、守るべき存在にしかなれなかった。あの子は、妾の前でも深くは眠らない。」


 梟が側で守っていたとしても、ライは深く眠る事が出来ないのだ。途切れ途切れに浅い眠りを繰り返して、最低限の睡眠を取る。深く眠るのは、誰にも見つからない場所に姿を隠した時だけだった。それは、心を許していないという訳ではなく、ルミナリエもバークリンの王女達も、梟達ですら、ライにとっては守りたい、守るべき存在だったから。


「シルヴィア、貴女は初めて、ライオネルが心を許すだけでなく並び立つ事を許した存在だ。だからどうか…あの子を頼む。」

「勿体無いお言葉です。…彼にとってそういう存在になれているのであれば、私はとても嬉しい。」


 照れ笑いを浮かべたヴィーは、ライと同じ碧い瞳を見つめ返す。ルミナリエは穏やかな表情で、手を伸ばした。


「妾にも手伝えるか?」

「はい!ではこれを…」


 未来の嫁と姑は、二人並んで菓子を作る。その途中の会話では、バークリンの今後の事、民の望み、それを実現する為にはどうしたら良いかという事が話し合われていたのだった。



 昼を過ぎてお茶の時間、ヴィーは粗熱を取った菓子を籠に詰めて離宮を離れる。紅茶の用意はルミナリエがすると言って、先に出て行った。

 朝と同じ経路を通って、執務室の窓に辿り着く。窓を開けたのは嬉しそうに笑ったライで、ヴィーは微笑み返して部屋の中に降り立った。


「休憩しないか?」

「そうします。シミオン、お茶の用意を頼めますか?」

「あ、それはルミナリエ様がしている。多分もう来る。」


 ヴィーの言葉のすぐ後に扉が叩かれて、黒いドレスを纏ったルミナリエがワゴンを押して入って来る。丁度良いタイミングだと笑うヴィーに、ルミナリエは満足そうに微笑んでいる。


「ルミナリエ様、私がやりましょう。」

「シミオン、頼めますか?」


 椅子から立ち上がったイライアスの肩を掴んで止めて、ライはシミオンへと声を掛けた。シミオンはすぐさま返事をして動き、イライアスは眉間に皺を寄せる。


「何もしないさ。」

「念の為です。」

「あぁ、イライアス殿は毒に詳しいんだったか?」


 イライアスとライのやり取りを首を傾げて見ていたヴィーは、合点がいったという風に呟いた。にこりと笑って、イライアスに近付いて囁く。


「お父上の病は突然の事だったようだな?」

「そうですね、悲しい出来事でした。」

「動物は毒になる物を知っている。」


 にやりと笑んだヴィーを見て、イライアスはにこりと笑う。


「その能力(ちから)、我が国の毒となるならば排除しますので悪しからず。」

「気が済むまで見極めてくれ。ただし、ライを悲しませるようであれば私も全力で抗う。」


 微笑んだまま、ヴィーはイライアスから離れた。


「ライの好みで甘さを控えたのだが、他の皆さんは大丈夫かな?」


 側で二人の会話を聞いて苦笑していたライの腕に、ヴィーは自分の左腕を巻き付けて甘えるように擦り寄った。幸せそうな顔で笑ったライは、ノインへと顔を向ける。


「ノインは甘い方が好きでしたね?」

「僕達も頂いて良いんですか?甘さ控えめも好きです!」

「シミオンはどうです?」

「自分は、なんでも好きです!」


 それなら良かったとヴィーは微笑んで、イライアスへと顔を向ける。


「私の手作りで悪いが、イライアス殿もいかがかな?」

「頂きます。朝の食事も、貴女が?」

「そうだよ。ライの為に覚えて来た。」


 ふふっとヴィーは笑って、籠から菓子を取り出した。それを執務室の端にある丸テーブルに置き、小皿に取り分けてそれぞれに手渡す。シミオンが淹れた紅茶を礼を告げて受け取ってから、ルミナリエと並んで長椅子に腰掛けた。紅茶を飲みながら、菓子に手を伸ばしたライの表情を不安気な様子で見守る。


「美味しいです。甘さも程良いですね。」


 ふわりとライが笑い、それが嬉しくてヴィーも蕩けた笑みになる。


「夕飯は…邪魔で無ければ、また届けても良いだろうか?」

「また作って下さるんですか?とても嬉しいです。」

「貴方の為に料理を覚えたんだ。食べたい物はあるか?」

「そうですね……肉と豆の煮込みは作れますか?」

「大丈夫!教わって来たよ!」


 とろりと甘い雰囲気の自国の王と隣国の姫の会話に、ノインとシミオンはにやけた顔で菓子を齧り、ルミナリエは優しく見守っている。イライアスは三日月の笑みで二人を観察していた。


「ネス達の所に今日は行くんですか?」

「行っても良いのか?」


 他国である為にヴィーは遠慮していたのだ。そんな簡単に城から出られるだなんて思ってはいなかった。笑顔で頷くライを見て、ヴィーは少し悩む。


「今日は良い。肉を柔らかく煮込むのは時間が掛かるし、私は貴方の物だ。一座はまだしばらくとどまるようだしな。」

「わかりました。行きたくなったら、オンブルに言って下さい。」


 わかったと頷いて、ヴィーは立ち上がる。


「良かったら菓子は合間に摘まんでくれ。私がいては再開したくとも出来ないだろう。」

「では妾も行くか。嫁との交流を楽しまねばならん。邪魔したな。」


 ルミナリエも立ち上がり、カップをワゴンへと片付ける。ライはヴィーを追って立ち上がり、彼女を腕に閉じ込めた。


「貴女を籠の鳥にしたくはありません。気にせず自由になさって下さい。」

「他国の姫だ。そうもいかないだろう?」

「信用しています。それに、オンブルもお側にいます。」

「わかった。だけれどとりあえず、今日は美味しい肉と豆の煮込みを作る事に専念する。」

「夜が、楽しみです。」


 額に、瞼に、頬にと口付けられて、ヴィーは赤い顔で体を離す。そして空の籠だけを持って、窓から去って行った。


「イライアス、妾はシルヴィアを認めるよ。あの子は心からライオネルを想ってくれている。」

「そのようですね。ですがまだ様子は見ます。想いと王妃に相応しいかは別物です。」

「お前は相変わらず厳しいな。では、邪魔をした。」


 ルミナリエは手を振って、扉から執務室を後にする。その背を見送ったイライアスは、ヴィーが焼いた菓子に視線を落とす。


「幸せそうなお前は、初めて見たな。」

「彼女といると、幸せです。ですが私は王。自分の感情を優先させてばかりはいられないと理解しています。だからイライアスは、貴方の信じるままに行動して下さい。」

「それが、間違えだったとしたら?」


 大丈夫ですよと微笑んだライを見て、イライアスはくしゃりと顔を歪めて笑う。

 初めて父親に引き合わされたのは、七歳の王太子。にこにこと常に笑っている彼は、世の中の厳しさも、苦しんでいる民の事も、何も知らない愚かな王子なのだとイライアスは思った。だけれどその考えは、ある出来事によって覆される。

 今では何故そこに居合わせたのか、はっきりとは覚えていない。だけれど城の中を一人で歩いていたイライアスは、濃厚な血の匂いに気が付いた。そろりと様子を伺った先にいたのは王太子で、まだ体の小さな彼は、自分より遥かに大きな大人を二人相手にして無傷で立っていたのだ。


『イライアス・グルーウェル、選べ。死による沈黙か、自らの意志で口を噤むか。』


 剣先を突き付け告げた王太子の碧い瞳を見て、イライアスは膝を折った。彼こそ、自分が仕えるべき存在だと感じた。腐敗したこの国を、彼なら変えられるかもしれないと期待した。


『大丈夫ですよ、イライアス。』


 常に微笑んでそう告げる彼は、迷わず進む。傷付いていたとしても、悲しみを背負っていたとしても、彼は常に微笑んでいた。だからこそイライアスは、彼と、多くの人の望みの邪魔をする物を知略と毒を持って排除して来た。それを、彼は悲しい笑みで許した。

 だけれど今回はと、イライアスは書類に目を通しながら考える。安易に排除してしまえば、ライはもう、立っていられないかもしれない。

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