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マジェンタの瞳  作者: よろず
第三章バークリン
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王都ルドン3

 正門から出る時は、ライの顔を見た門番があっさりと通してくれた。本当は城を出入りするのには色々な手続きがいるのだが、ライがヴィーを抱えてネス達を引き連れ全てをすっ飛ばして入ってしまった為、手続きのしようが無いからだとライが説明した。


「王様がそんなんだと門番の人困っちゃうんじゃない?」

「そうですね。恐らく後でイライアスに怒られます。」


 ミアに苦笑して答えたライの言葉に、ネスは髪の長い若葉色の服の男を思い出す。確かに、なんだか怖そうな男だったなと納得した。


「一座はどのくらいルドンに滞在するんですか?」

「まだ決まってないみたい。ここの様子を見て、それ次第って感じだと思う。」


 大きな街ではそれだけ多く稼げるのだ。ただ滞在場所を考えないと出費がかさむ為、宿はとらずに街の外にテントを張っている。

 テントを張ってすぐ、様子を見に街に入ると王が視察から戻る所だと聞いたネスとミアがヴィーを引っ張って見学に向かった。ただ遠くから見るだけのつもりが、大変な騒ぎになったよなと、ネスもミアもアユーンも、心の中で考えていた。


「そういえば、オンブル何処行っちゃったんだ?まさかこのままお別れとか無いよな?」


 不安気なネスに、ライは首を横に振って見せる。


「野営地に着けば姿を見せるでしょう。彼は私の側にいる時はあまり姿を見せませんから。」

「仲悪いの?」

「仲は悪くないです。そういう仕事なんですよ。」


 会話を黙って聞いて歩いているアユーンは、城にいた時からハラハラし通しだった。一国の王と会話をするにはネスもミアも口調が砕け過ぎている。不敬罪だとか言われないのか心配になってしまう。そんなアユーンの心配を他所に、目の前では王と王女が含まれているとは思えない気楽な会話が繰り広げられ続けていた。


「荷物取ったらヴィーはもうお城に泊まるの?」

「どうなんだろう、ライ?」

「そうなりますね。イライアスが部屋を用意していると思いますよ。」

「やっぱそうだよな?イルネスの時みたいにはもう会えないのか?」

「大丈夫ですよ。出られるようにしますから。」


 それなら良かったと、ネスとミアはほっとしたように笑う。そうして四人はライアを出てからの一座の話、ヴィーとライがしていた食堂での仕事の話をしながら野営地への道を歩く。アユーンはそれを聞きながら、ライへと親近感を抱き始めていた。

 ライは城門を出てからずっと、ヴィーの腰を抱いたまま離そうとしない。二人ともフードを目深に被っている為に表情は見えないが、ヴィーもそれを拒否する事無く身を預けている。そして、ネスとミアと会話をしているライは王だというのに威張る様子も無く、口調は丁寧で態度も柔和だ。エルランのアーク王も優しかったが、小国の王だから特別なのだと思っていた。だけれどライを見ていると、大国の王だとしてもその人物の人となり次第なのかもしれないなと思える。


「アユーン、退屈?」


 一番後ろを歩いていたアユーンの隣に並び、ミアが心配そうに顔を覗き込む。ミアの気遣いに、アユーンは口元を綻ばせた。


「楽しいよ。ただ、考えてただけ。」

「何を?」

「ネスが言った通り、王族も同じ"人間"なのかなって。」


 アユーンの言葉に、ミアはきょとんとした顔になる。


「同んなじ人間じゃなかったら、なぁに?」

「なんだろう?…王族は、王族?」

「よくわからない…」


 ミアの眉間に皺が寄り、アユーンは困ってしまう。自分の中に感覚としてあるものを、口に出して説明するのは難しかった。


「エルランではずっと、王族は崇めるべき存在だったんだ。昔だったら、僕がリアンと…王太子と友達なんて有り得なかった。だから、なんだろ?人間なんだけど、平民とは違うっていうか…特別って、イメージ?」


 歩きながらミアに説明をしていたアユーンは、前を歩いているフードの二人からも視線を向けられている事に気が付いた。フードの奥から、じっと見られている感覚がする。視線を受けて焦り始めたアユーンに掛けられたのは、ライの優しい声。


「そのようなイメージの植え付けは、民を束ねる手段の一つです。ですが結局王族も中身は同じ人間。始めに国を作った者の血を引いているというだけですよ。」

「中には、自分は本当に特別なのだと勘違いしている輩も多いがな。」


 ライとヴィーは寄り添い合い、穏やかな声で告げた。


「でもそれ、王族が言って良いのかな?」


 "王族は特別"。そのイメージが崩れてしまえば、王族の根本が揺らぐ。そうなれば民の中には追い落とそうとする者も出て来るかもしれないではないかと、アユーンは考える。


「それで追い落とされるのであればそこまでです。ですが、志もなく、私利私欲の為の行動ならば、私は力の限り抵抗しますよ。」


 負ける気もしませんね、と穏やかに告げるのはこの国の王で、同じ人間でも、やはり恐れるべき存在には違いないとアユーンは思ったのだった。



 野営地に着くと、ライの言った通りオンブルは姿を現した。まるで最初から共に歩いていたかのようにそこにいて、ライとヴィー以外の三人は驚き、苦く笑う。オンブルという男は神出鬼没だ。

 ライとヴィーとオンブルはまず、団長のバーンズへと挨拶に向かう。


「自分の国でも相変わらずなんだね、ライ君は?」


 フードを外したライの姿を見て、バーンズは優しい苦笑を浮かべた。


「お久しぶりです、バーンズさん。お元気そうで何よりです。」

「そうだねぇ、まだまだ元気さ。それで?ヴィーはお城に行くのかな?」

「あぁ、あちらで世話になる事になりそうだ。また顔を出しても良いか?」


 フードを外したヴィーが少し不安気な表情を浮かべて言うと、バーンズはもちろんだと頷く。


「ここはヴィーの家だ。いつでも帰って来なさい。オンブル君とライ君も、またいつでもいらっしゃい。」

「道中お世話になりました。」


 オンブルがバーンズに頭を下げ、優しく肩を叩かれる。それに微笑むオンブルを見ているライは、何処か嬉しそうに見える。

 バーンズに挨拶を終えてその場を離れ、オンブルは唐突にライの額を中指で弾いた。主であるはずの人物への突然の行動を見てしまったネスは目を丸くする。


「ライ、笑うな。」

「だって、楽しかったんじゃないか?ジークのあんな顔を見るのは久しぶりで、私は嬉しいよ。」


 ライにジークと呼ばれたオンブルは、仮面の笑顔ではなく、家族に向けるような気を許している笑顔でライの頭をくしゃりと撫でた。ライも、珍しく無邪気な顔で笑っている。


「兄と弟って感じ?」


 首を傾げたネスに視線を向けた二人は、迷わず頷いた。


「手の掛かる弟だよ、ライは。」

「頼りにしてる、兄さん。」


 オンブルが親に与えられた名はジーク。今でもその名を呼ぶのは、ライとルミナリエのみ。そしてオンブルは、ライの事を"ライオネル"とは呼ばない。それは、"ライオネル"という名に隠された秘密に、ライが幼い頃、一人密かに悩んでいた事を彼は知っているからだ。

 戯れ合う二人を目にして、ネスは温かい気持ちになると同時、酷く羨ましいと思った。兄だと思っていたヴィーは姉となり、何かが変わったという訳ではないが、ネスの兄という存在は消えてしまったような気がしていた。


「そんな寂しそうな顔をしなくとも、ネスも弟のような存在ですよ。」


 伸びて来た大きな手に赤毛をくしゃりと撫でられて、ネスの顔は髪と同じ色に染まった。慌てて頭に乗せられたオンブルの手を弾いて、ネスは唇を尖らせる。

 ここまでの道中、ヴィーの側に常にいたオンブルに、ネスは何かと話し掛けたり剣の稽古を付けてもらったりしていた。それは、彼がライに似ていたというのもあるが、なんだかんだと面倒見の良いオンブルに懐いていたというのもある。


「私にとっても、ネスは可愛い弟です。」


 ライにまで頭を撫でられて、ネスは拗ねているアピールをしつつも、心の中は嬉しくてそわそわしてしまう。


「また剣の稽古、付き合ってくれる?」


 もちろんだと二人が笑顔で答えるのを聞いて、ネスは顔を綻ばせた。

 ヴィーとの稽古とはまた違う方法で、ライは真剣に教えてくれる。そしてオンブルは、たまに茶化しながら悔しさを煽ってくるのだ。そんな二人に教えてもらう事を、ネスは気に入っていた。

 なんとなく甘えたくなって、オンブルとライの間にネスは体を割り込ませる。それに優しく笑った二人に頭を撫でられ、肩を叩かれて、ネスは照れ笑いを浮かべながら、三人並んでヴィーとミアとアユーンを追い掛けた。

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