王都ルドン2
執務室で宰相補の二人と仕事をしながら、国王はそろそろ戻る頃だろうかと報せを待っていたイライアスは、イルネスに残して来たと聞いていたライオネルの影の登場に驚いた。音も無くいつの間にか部屋に存在していた彼を目にして、苦く笑う。
「おかえり、オンブル。いつ戻ったんだい?」
イライアスの言葉でオンブルの存在に気が付いた宰相補の二人は飛び上がる程に驚いた。ノインはライオネルとの付き合いは長いが、彼の側に常にいるという"影"の姿をこんなにはっきりと目にするのは初めてだった。
「つい先程。主に贈り物を届けて来ました。」
「贈り物?」
なんの事だと表情で問い掛けるイライアスに、オンブルは微笑んで答える。
「イルネスのシルヴィア王女です。新国王就任の祝いに来たという体裁ですが、主に会えない事に耐えられず追って来たという方が正しいですかね。」
「面白そうなもの連れて来たね?今何処にいるの?」
良い事を聞いたと、目と口を三日月形にして笑ったイライアスは、宰相補二人に仕事を続けるよう言い付けて、自分は執務室を出てオンブルに話を聞きながら廊下を歩いた。廊下ではオンブルは姿を隠し、聞こえるのは声だけだ。
シルヴィア王女が姿を眩ませていた間世話になっていた一座と合流してここまで来た事。その途中で出会ったエルランの民の事を報告する。
「丁度主が視察から戻った所だったので、一目見てから書状を持って城へ訪ねようと人混みに紛れていたのですが、目敏い主は彼女を見つけましてね。それはもう見物でしたよ。」
ヴィーはマントのフードを深く被っていたのだ。人混みの中でそれを見つけ出し、ライは彼女を腕に抱く時に当然のようにフードを外してしまった。それをすぐ側で見ていたオンブルは、思い出して喉の奥でくつくつと笑う。
「見たかったな、それ。あ!君、それ何処に運ぶのかな?」
紅茶と茶菓子のセットを乗せたワゴンを押すお仕着せ姿の女性を呼び止めたイライアスは、彼女の後ろについて歩く。それがブルックから頼まれた物だと聞いて、そこに間違いなく面白い物があると判断した。
女性がノックした扉から顔を出したのはブルックで、イライアスを見てほっとした顔になったのが意外だった。だがその理由は、部屋に入ってわかった。
国王の膝の上にプラチナブロンドの髪の女性が座らされ、王の手で髪を梳かれている。しかもその女性が着ているのは男物の服で、女性の腰をがっちりと捕まえた王は蕩けた顔をしているのだ。これはなんて面白い事態だと顔が笑いそうになるのを堪え、イライアスは真面目な顔を作る。
「ご歓談中失礼致します。ライオネル陛下、イルネスのシルヴィア王女殿下のご訪問があったと伺いまして参上致しました。」
右掌を胸に当てて腰を曲げて礼をしたイライアスの姿を見て、ライはにこりと笑う。
「イライアス、呼んではいません。仕事をして下さい。」
あからさまに追い払おうとされて、イライアスの唇は弧を描く。
「そうは参りません。私を追い払うのならルミナリエ様も呼びましょうか?」
にやりと笑って見下ろした先で、ライは小さな溜息を吐いた。ヴィーの耳に軽く口付けてから、彼女を解放する。
「彼は宰相のイライアス・グルーウェル。扉の側にいるのが将軍ブルック・ワーマンです。」
ライの膝から解放されたヴィーは立ち上がり、自分の服装を見下ろして少し悩む素振りを見せてから、右掌を胸に当てて腰を軽く曲げるバークリンの男性がとる礼をした。
「お初にお目に掛かる。イルネスのシルヴィアだ。このような服装で申し訳無いが、着替える前にライオネル陛下に捕まってしまった。ご容赦願いたい。」
解かれたプラチナブロンドの髪は腰まであり、彼女が動くとさらりと揺れる。男の服装でも美しさを損なわないその女性を見て、イライアスは微笑んだ。
「我が国の王が大変申し訳ございませんでした。普段は礼儀正しい方なのですが…もし宜しければ部屋をご用意致しますのでお召し替えなさいますか?」
「いつまでもこのような男物の旅装でいるのも失礼だろう。だが荷物は取りに行かないと無いんだ。一度失礼しても構わないだろうか?」
「それならお供致します。」
「駄目に決まっているだろうライオネル。」
笑顔のイライアスから低い声が聞こえて、ライとブルック以外はきょとんとした顔になる。イライアスの笑顔に負けず劣らず綺麗に笑って、ライが口を開く。
「では眠らず働きましょう。不在の間の報告は後程聞きます。護衛は梟で十分です。」
椅子から立ち上がったライは、軍服の上着を脱ぎながらイライアスとブルックに新たな指示を出した。それに二人は小さく溜息を吐いて頷いて、ライはオンブルが差し出したマントを羽織りフードを被る。
「ライ、忙しいだろう?私は一人で大丈夫だ。」
「片時も離れたくないと言ったでしょう?ネスとミアともあまり話せていませんし、一座の皆さんにもご挨拶したいです。」
話しながらライは、器用にプラチナブロンドの髪を編んで、奪っていた赤紫のリボンで結んだ。
これまでのやりとりを出された紅茶と菓子を食べながら見ていたミアとネスは帰る気配を察知して立ち上がる。その隣で、これだけ大物揃いの部屋の中で平然と菓子と紅茶を楽しんだ二人に呆れながらも感心していたアユーンも続いて立ち上がった。
「帰る?」
ネスが首を傾げて聞くと、ヴィーは頷いた。
「あぁ。馬と荷物を取りに行く。行こうか。」
ネスとミアはお邪魔しましたと宰相と将軍の二人に頭を下げてライとヴィーに続き、アユーンも礼をとってから逃げるように追い掛けた。全員が退室するのを見送り、ブルックは大きな溜息を吐き出す。
「ブルック、君、全部見た?」
疲れた顔をしているブルックに目を向けたイライアスは、とても楽しそうに笑っている。
「見た。城門の前で熱い抱擁と口付けだ。多くの人間が見た。どうするよ?」
「良いんじゃないかい?イルネスでは公認だったんだから、うちでも公認にしてしまおうよ。ライオネルのあの蕩けた顔を見ただろう?あの様子じゃ、絶対逃がす気無いと思うよ。」
「あそこまでとは思わなかった。ずっと膝から離さなかったんだぞ?お前が現れて安心したのは初めてだ。」
「まぁだって、オンブルを側に置いて来たくらいだよ?本気だとは思ってた。後はあの王女がどんな人か見極めないと。傾国の美女では困るからね。」
「しっかし美人だったよなぁ。男の服であれなら、ドレス着たらどうなるんだ?」
想像してみて、ブルックはぶるりと震え、イライアスは苦く笑う。
「我らが王を惑わすようなら、私も考える。だがアズールの話を聞いた感じでは、面白い人みたいじゃないか。」
「変な事すると、ライオネルに本気で殺されるぞ?」
「そうだね。だけれどそれが民の為となるならば、彼は私を許す。」
今までもそうだったからねと笑うイライアスは、敵に回したら怖い男だよなとブルックは苦く笑い、内心で大きな溜息を吐き出したのだった。




