王都ルドン
街道を駆けるのは軍馬の一団。
金の肩章が付いた濃緑の軍服に身を包んだバークリン国王は、視察を終えて城へと戻る道を急ぐ。
事を起こす前にある程度の準備を整え、自分が国に不在でも物事が滞らないようにしてからイルネスの生誕祭へと向かった。優秀な部下達は期待以上の働きを見せてくれており、予定よりも早く国は整えられそうだ。
頭の中で城に戻ってから出す指示の事を考えつつ、ライが走らせる馬はルドンの街へと入る。この街も数年前までは荒廃していたが、ルミナリエがレバノーンに進言して整備を進めさせたお陰でイルネスの王都ライア程ではないが、整えられて来ていた。
石畳の道を人々に手を振りながら進み、王城の正門が見えた所でライは首を傾げた。正門の側の人混みの中に、見覚えのある人影を見つけたのだ。何も報告は受けていないが、見間違えるはずがない。
馬を駆け足で進め、ライはそこへ近付いた。
「こんな所で、何をなさっているのですか?ネスに、ミアまで…?」
馬から降りて、親衛隊の隊長が制止する声を無視してライは手を伸ばす。伸ばした手を掴んだ女性を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
「貴方に会いたくて、待ってなどいられなかったんだ。」
腕の中の彼女はそう言ってライの背中に手を回し、胸元に頬をすり寄せる。
「本物ですか?私の作り出した幻ではないですか?」
「幻に見えるか?」
見下ろした先、緩く編まれたプラチナブロンドの髪には赤紫のリボン。ライを見上げる赤紫の瞳は、再会の喜びで潤んでいる。
「ヴィー、どれほど、貴女に会いたかったか…」
確かめるように絹糸のような髪に右手を差し込み、左手の甲で頬を撫でる。言葉を紡ごうとした桃色の唇は、己の唇で塞いだ。
甘く、柔らかな愛しい女の唇の温もりを確かめ、そのまま味も確かめる。深く、息を奪う口付けを堪能していると、背後から振り下ろされた手に邪魔をされ片腕で受け止めた。
「ライオネル!陛下、このような公衆の面前で、何をなさっているのですか?」
振り向いた先にいたのはブルックで、顔を盛大に引きつらせている。とりあえずそれは無視をして、ライは腕の中でくたりと力が抜けてしまっているヴィーの赤い顔を見下ろして、甘く甘く、蕩けるように笑った。
「愛しい女、このまま貴女を攫う事にします。」
抱き上げると、ヴィーはライの首に両腕を回して縋り付く。それに機嫌良く微笑んで、真っ赤な顔で目を丸くしている赤毛の姉弟へとライは目を向けた。
「ネス、ミア、ここでは話も出来ません。共に来て頂いても良いですか?…それと、そちらの初めて見る方も、宜しければ一緒に来て下さい。」
ミアの隣にいた青年の瞳は赤茶色。彼もヴィーの連れのようだと判断して、ライは声を掛けた。赤い顔で一部始終を見ていた三人は頷き、ヴィーを横抱きにしているライへ続こうと足を踏み出す。
「ブルック、彼女はイルネスのシルヴィア王女。丁重に持て成せ。」
「こ、このような格好ですまない。シルヴァン王からの書状だ。」
国王の腕の中の女性が遠慮がちに差し出した書状を受け取り、素早く目を通す。その間も、王は女性を抱いたまま三人の連れを促して城門の中へと進んでしまう。ブルックは小さく舌打ちをして、国王の愛馬の手綱を持ち、呆然としたままだった親衛隊を引き連れて門を潜ったのだった。
「ライオネル!待て!説明しろ!」
馬を世話係に任せたブルックが駆け足で追って怒鳴り声を上げる。
「私も話を聞かない事にはわかりません。オンブル、貴方はイライアスへ報告して来てもらえますか?」
「御意」
先程まですぐ側にいたはずの男の声が姿無しで聞こえて、ネス達三人は飛び上がる程に驚いた。それを見たライは優しく微笑む。
「ヴィーの訪れにも驚きましたが、まさか二人にまた会えるとは、とても嬉しいです。」
「俺は、ライがあんな事する奴だとは知らなくて驚いた。」
「私も!情熱的だったんだね?」
「再会の喜びに思わず我を忘れてしまいました。」
「私は恥ずかしくて死んでしまう…」
うぅと唸ってライの肩に顔を伏せたヴィーを見つめる碧い瞳は何処までも甘く、それを見たネスは苦笑を浮かべ、ミアはうっとりと顔を輝かせ、後ろから付いて来ているブルックは驚愕して混乱している。そして、どう反応して良いか困っているのは赤茶の瞳の青年アユーン。
ライの先導で部屋に入り、ネス達三人はライに勧められて椅子に座る。ライに抱えられたままのヴィーは、椅子に腰を下ろしたライの膝の上で捕まっていた。
「ら、ライ、普通に座りたいのだが?」
「愛しい女、どうぞ私を貴女の椅子にして下さい。片時ももう、離れたくありません。」
「こ、こここんな姿勢で話しなど出来るか!」
「話はオンブルから聞きましょう。ですから貴女はここでお休み下さい。長旅でお疲れでしょう?」
「休める訳が無いだろう!どうした?働き過ぎか?」
ヴィーの赤紫のリボンを解いて取ってしまったライは、うっとりとした顔でプラチナブロンドの髪に指を差し込んで梳き始める。
「いえ、思いの外、貴女に会えない事が堪えていたようです。…会いたかった、ヴィー。」
こめかみに口付けられ、ライの膝の上で暴れていたヴィーは赤い顔で大人しくなった。
「私も、会いたかった。ライに会えない事は、想像以上に辛かった…」
甘い雰囲気で再会を喜び合う恋人達を前にして、居た堪れないのは周りの人間だ。その中でもミアだけは、二人の様子を顔を輝かせて楽しんでいる。
これまで想像した事も見た事も無かったライの甘い表情や声に驚愕していたブルックは、なんとか立ち直って咳払いで注意を引いた。それをチラリと見て、ライはヴィーの髪を指で梳きながらネスとミアに微笑を向ける。
「お茶と菓子を用意させましょう。ネス、そちらの青年は?」
ライから目配せで指示をされたブルックは部屋から顔を出してお茶の支度を頼み、ネスは隣に座っているアユーンを紹介する。たまたま出会ったエルランの人間で、一座の仲間になったのだというネスの話を聞いたライはなるほどと頷いた。
「アユーン。これ、ヴィーの恋人でライ。バークリンの王様。」
ネスの言葉に顔を引きつらせたのはアユーンと扉の側に待機しているブルックで、ライ本人は気にせずに優しく微笑んでいる。
「初めまして、アユーン。」
「お、お初にお目に掛かります、ライオネル国王陛下。」
「緊張しないで良いですよ。私は大した人間ではありません。ネス達と話すように気楽にして下さい。緊張するようなら、呼び方もライで構いませんよ?」
「いえ!そんな、滅相もございません!」
そんな会話が繰り広げられる中、ヴィーはライの腕の中で大人しく髪を梳かれ続けていた。そうされるのが嬉しくて幸せなのもあるが、ライは結構頑固で、この状況で文句を言っていても時間の無駄だと判断したからでもある。その為、ライの軍服の固い胸元に赤く染まった頬を寄せ、彼の温もりと香りに包まれて再会の喜びに顔を緩ませていたのだった。




