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マジェンタの瞳  作者: よろず
第三章バークリン
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エルランの民2

 前の日に酒を飲もうと、朝の始まりは同じ。

 自分以外に護衛がいるからと飲み過ぎたロイドは二日酔いで頭を抱え、バーンズももう年だねと言って青白い顔で朝食を拒否した。


「ヴィーも飲んでたのに全然平気そうだね?」


 朝食の片付けを並んで手伝っているヴィーの顔を見て、ミアは首を傾げる。ヴィーもロイドに負けず劣らず飲んでいたはずなのに、起きるのが少し遅かっただけで顔色は普段通りだ。そんなミアの視線を受けたヴィーは、若さかなと言って笑った。

 朝食後のネスの稽古に付き合っているのはオンブルで、アユーンはその側の木箱の上に気持ちが悪いと横になっている。ヴィーよりアユーンの方が若いのだが、彼の方が酒に弱かったようだ。

 朝食の片付けを終えてミアとヴィーが三人の下へ向かうと、丁度アユーンの側に一羽の鷹が舞い降りた所だった。


「あれが昨夜言ってた鳥かな?」

「恐らくそうだ。アユーン、手紙は書いたのか?」


 木箱の上で起き上がるも、目眩を感じて頭を片手でおさえたアユーンはまだだと言う。その姿に苦笑して、ヴィーはマントを巻き付けてから鷹に腕を差し出した。


「はじめまして、私はシルヴィア。誰の使いかな?」


 腕に舞い降りた鷹が一声鳴くのを聞いて、ヴィーは微笑んだ。


「どうするアユーン?彼は待つと言っているが、書けるか?」

「うー…書く。けど…今、無理…」

「すまないな、キース。彼は今あの調子なんだ。しばらく待ってもらう事になりそうだが構わないだろうか?」


 キースと呼ばれた鷹は呆れたように鳴き、ヴィーは鷹の為に水と餌を用意しようと歩き出す。ミアはその後を追って、瞳を輝かせた。


「鷹と話せるの?」

「そうだよ。それがルビーの能力なんだ。」

「すごーい!そういえばヴィー、馬達とも仲良しだったよね?それも話せたから?」

「そうだ。」

「王様も出来る?」

「ヴァンは出来ない。アユーンも無理だな。」

「ヴィーのお母さんは?」

「出来たよ。」


 凄い凄いと喜び、動物と話せるだなんて楽しそうだねと笑うミアを見て、ヴィーは優しく微笑む。

 水とパンくずを食べたキースは満足気にヴィーの肩に止まり、荷を纏める間はヴィーの頭上を旋回したり、荷物の上に降り立って動き回る人々をじっと観察していた。

 荷を纏め終わる頃にやっとアユーンは回復して、書いた手紙を小さく丸めてキースの足に取り付けられている筒の中に入れる。アユーンが頼んだよと告げると、鷹は飛び去って行く。


「色々教えてくれた。」


 キースを共に見送るヴィーをチラリと見たアユーンは肩を竦めた。


「隠してる様子がないのに、なんで見つからなかったんだろうな。」

「それは、隠れるのをやめたのが最近だからだ。」

「なんで隠れるのやめたんだ?」


 アユーンの視線の先で、ヴィーは艶のある笑みを浮かべる。それは、恋人を想っているのだろうと感じられる笑みだった。


「私を見つけたのが、逃がしてくれるような男では無かったんだ。」

「何それ?…でも、そいつの事が愛しいって顔に書いてある。」

「愛しいよ。とても。」


 ふふっと笑って、ヴィーはマントのフードを被った。いつの間にか馬を連れて側にいたオンブルから手綱を手渡され、ヴィーは馬に跨る。


「アユーンは馬車と馬、どちらが良い?ロイドが潰れているから一頭空いている。」


 馬上から問われ、アユーンは少し悩む。これまでは徒歩で、乗り合い馬車などを使って旅をしていた為に自分の馬は持っていない。酒も大分抜けて来て、風を感じる方が気持ちが良いかなと、アユーンは馬を選んだ。

 ネスと並んで、アユーンは先頭を進む。ヴィーとオンブルは荷馬車を挟んで最後尾についていた。


「なぁ、アユーンの髪もヴィーと同じ色なんだろ?」


 ネスの言葉に、アユーンは首肯する。


「なんで隠すの?」

「目立つし、長くて邪魔ってのもあるかな。」

「長いの?そういえばイルネスの王様も長かった。なんか意味あるの?」


 髪を伸ばす事の意味を、アユーンは話した。エルランでは白銀に輝く髪には神が宿るとされていて、男でも伸ばす者が多いのだ。武人は戦闘の邪魔になるからと短く刈ってしまう者も多いが、一般的にはあまり髪を切る事はしない。


「そういう信仰のある国?」

「うん。本当かどうかはよくわからないけど、この世界を作った始祖の血を引く民族だって、言われてる。」


 始祖は、白銀に輝く髪にルビーの瞳の女だった。その女がこの世界の創造主で、人と交わった彼女の子孫がエルランの民なのだという伝承がある。だからルビーを持つ女は不思議な能力を持ち、守られて来たのだ。


「それをさ、現王妃が調べに国に忍び込んだんだよ。でも見つかって、彼女に外の話を聞いた王太子だったアーク様は、国の歪みを正す決意をしたの。」


 ルビーの瞳を持つ姫達の能力で、間者が忍び込んでもすぐに見つかる。だけれど忍び込んだ学者の彼女を見つけたのは第二王女で、王女はアークだけにしかその存在を告げずに隠した。風や動物達に外の話を聞いていた王女は、早くからエルランの歪みに気が付いていたのだ。そして、学者の女が良いきっかけになるのではないかと考えた。


「それってさ、エルランもここみたいに革命したって事?」

「革命…っていうか、改革かな?」


 ちょっと違うよと笑ったアユーンを見て、ネスは考える。どこの国も、時と共に変わって行くのだなと。それが良い変化であれば良いなと、願う。


「僕もさ、色々聞いたけど、バークリンの新しい王って、なんだか凄そうだよね?」


 アユーンが旅の途中で聞いたのは、民の間に流れる噂話。政に興味の無い前王に代わり王妃と共に国を整えていただとか。厄介払いされるように戦に出されても負け無しだっただとか。赤騎士と呼ばれる鬼みたいに強い部下がいるだとか。


「あと、悪い領主を倒してくれたって話も聞いたな。どんな人なんだろう?」

「あー…へらへらしてるけど、すげぇ強いやつ。」

「ネス、会った事あるの?」


 目を丸くしたアユーンに問われ、話して良いものかとネスは少し悩む。だけれど問題無いかと判断して口を開いた。


「イルネスの生誕祭に来てたんだよ。」


 なるほどねと頷いてすぐ、アユーンの表情が固まった。そして、頬を引きつらせる。


「彼女が会いに行く恋人ってさ、まさか…違うよね?」

「そのまさかだ。ルドンに向かってる。」

「うわー、この一座凄いね。王族と関わりまくり?」

「そういえばそうだな。でもみんな、普通だぜ?」


 ヴィーは王女と言っても十五年一緒に過ごした家族だし、イルネスのシルヴァン王は仕事以外では王様らしくない。ライだって、聞いた噂だと凄いやつでも、いつもにこにこ優しくてヴィーを大切にしている男なのだ。生まれたのが王家だったというだけで、ネス達と変わらない普通の人間だ。


「リアン、だっけ?アユーンの友達なんだろ?」

「そういえばあいつも王子だったな。」

「ほら、王族でも俺らと変わんねぇよ。」

「なんかネスって大物だな。」


 青空の下進む街道は荒れた所もなく整備されている。町の近くの農地では豊かに穂が実る。そんなこの国の王都とはどんな所なのだろうかと、ネスは楽しみになって馬を進めたのだった。

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