エルランの民
※この世界の成人は十六歳です。※
現代日本では二十歳未満の飲酒は法律で禁止されています。お酒は二十歳を越えてから飲みましょう。
「こんな所で同郷の女性に出会うとは思わなかったな。」
その青年は心底驚いたという表情でヴィーの長いプラチナブロンドの髪を見つめ、続いて瞳を見て首を傾げた。
「初めて見る色の瞳だね。」
「血が混ざっているんだ。身内以外でエルランの人間に会うのは初めてだ。ここで何を?」
「旅をして、世界を見ているんだ。」
「あそこは、民が外に出るのは許されていなかったはずだが?」
「同じ言葉を返したいね。」
苦笑を浮かべた青年にヴィーはそれもそうかと呟いて笑う。そんなヴィーの肩に、オンブルがそっとマントを掛けた。得体の知れない男に肌を晒すなという事らしいと悟り、ヴィーは体をマントで覆い隠す。
「同郷って、エルランだっけ?」
二人の様子を伺っていたミアの言葉にヴィーは頷いた。
「僕はアユーン。君は?」
ヴィーだと名乗ると、アユーンは何かを考えるように顎に手を当てる。彼の言葉を黙って待っているヴィーの瞳をじっと見て、アユーンは口を開いた。
「新たな王で国が変わったとはいえ、あそこを出たのは僕一人だったはずだよ。血が混ざるなんて有り得ない。君は何者?」
首を傾げているアユーンにヴィーは微笑み掛け、当ててみろと告げる。それを受けて、アユーンは悩み、思い付いた考えに顔を引きつらせた。
「まさかね、そんな訳無いと思うけど、ラミナ様関係?」
ヴィーくらいの年齢だとすると、前王時代に生まれているはずなのだ。そして、閉鎖的なエルランで前王時代に国から出たのはただ一人。末姫ラミナ。
「アユーンは何歳だ?」
「僕は、十八。」
「そうか、よくその名が出たな?」
「有名だからね!アーク王が国を変える前に外に嫁いだ、唯一人のルビー!しかもその娘、前王が手に入れようと攫わせたけど逃げて行方ふめ……行方不明のシルヴィア王女…?」
顔を引きつらせ、青くなったアユーンにヴィーはこくりと笑顔で頷いた。目を極限まで見開いて固まったアユーンを見て、ネスとミアは不安気に顔を見合わせる。また厄介事だろうかと、心配になった。
「もう行方不明では無い。エルランにも報せは行っているはずだ。旅をしていたから、知らないのはアユーンだけじゃないか?」
「待て、待て待て待て!それならイルネスにいるばすだろ?なんでバークリンなんだ?」
「恋人にこっそり会いに行くところだ。」
「恋人?!何言ってんの、この人?!」
混乱したアユーンはヴィーを指差して、側にいたネスとミアへと視線を向ける。どうやら、オンブルは気配を消している為すぐ側にいるにもかかわらず視界に入らないようだ。
「何言ってんのって言われても、なぁ?」
「事実だし、私達、どうしてあなたがそんなに驚いてるのかわからないし…」
ねぇ、と顔を見合わせた赤毛の姉弟の反応を見て、アユーンは自分の額を叩く。ぺちんと音が鳴って、痛そうだ。
「これ、詳しく聞いても良いの?それとも会わなかった事にして消えるべき?」
「特に問題は無いと思うぞ?」
「なら興味あるな。」
「私も風ではなく人から聞くエルランの話、興味がある。」
「うわー、風とか、ここで。なんだろこの人、怖いー」
遠い目をしてしまったアユーンの肩を叩いたのは、笑顔のオンブルだった。エルランはとても興味がありますねと微笑む男を見て、存在に気が付いていなかったアユーンはまた驚き、連行されるようにオンブルに背を押されて歩いたのだった。
野営地へと戻った一行は、待てを食らった。
ネスとミアはこれから公演がある。でも二人も話を聞きたい。アユーンは気ままな旅人で、ヴィーとオンブルは公演の間は手伝いをする。その為に、公演が終わるまで待てと、ネスとミアの二人に頼まれた。それなら待つ間暇だからと、アユーンは一座の公演を観る事にしたようだ。
公演が終わって、撤収作業まで手伝ってくれた。
「それで、どうしてこんなに人が増えてるんだよ?」
顔を引きつらせたアユーンの前には木箱の上に酒盛りの用意がされていて、ロイドとビアッカ、バーンズまで増えている。
「エルランとか謎の国、私も興味あるわ。」
「面白そうな話じゃねぇか!」
「そうだね、どんな国なのかな?」
にこにこ笑っているバーンズの杯にロイドが酒を注ぎ、ロイドの杯にはヴィーが酌をする。
「皆私の家族なんだ。アユーンは飲むか?」
酒の瓶を掲げられ、アユーンは頷いて杯を差し出した。
「平常心ではいられない気分だ。」
そう言って苦く笑う。
酒を酌み交わしながら、ヴィーはこの一座でずっと旅をしていた事。生誕祭の時にイルネスへ戻る事になった経緯。そして、今バークリンにいるのは恋人に会いに行く所だと説明した。
「それで、アユーンはどうして国を出たんだ?」
空になった杯に酒を注がれ、アユーンに全員の視線が集まった。それを受けて、アユーンは口を開く。
「前王が病死してからアーク様が王位を継いで、古い因習を撤廃したんだ。」
アークは、ラミナの兄。一人だけの王子だった彼は、ラミナ以外の二人の姫と子を生さねばならない運命を背負わされていた。だけれど彼らは、それを拒否した。
前王時代に一人、ルビーの瞳の姫を第一王女が生んだのだが、アークとの子だと思われていたその姫は、第一王女と騎士の間に出来た子だった。そしてアーク自身も、子と愛する女を前王から隠していたのだ。
「爺さん婆さん達は渋い顔したみたいだけど、みんなで説得して国は変わった。それで、アーク様が隠してた現王妃様が外の人間でさ、学者だったんだ。僕は王妃様から外の話聞いて、自分で見てみたいなって思って二年前に国を出た。」
アークが妻と息子を隠していたのが、アユーンがよく遊びに行く森の中だったのだ。そこでアユーンは現在の王妃となった女性から様々な話を聞き、その息子のリアンとも友人になった。
「本当はリアンもついて来たがったんだけど、王太子だから無理だろ。だから定期連絡で来る鳥に僕が見た事を書いた手紙を持って行ってもらってるんだ。」
「その鳥には誰が頼んでいるんだ?」
「ルビーの誰かに頼んでるみたいだよ。」
「ねぇ、ルビーって何?宝石?」
黙ってアユーンとヴィーの話を聞いていたミアが首を傾げた。それに対してアユーンは宝石宝石、と適当に流そうとして、ヴィーは微笑んでミアの方を向いた。
「私は血が混ざってこの色だが、母の瞳がルビーみたいな赤だったんだ。」
「でも王様は碧だったぜ?」
首を傾げたネスに、ヴィーは頷く。
「ヴァンの瞳は父の色なんだ。」
「ふーん。瞳の色がルビーって事?それで、鳥は何?」
「頼むと鳥が手紙を運んでくれるんだ。」
それは凄いなと、ネスとミアは顔を輝かせる。それを見てヴィーは優しく微笑み、アユーンは苦笑した。
「それで、一人旅って事だけれど、アユーン君はリュートが上手いんだってね?」
酒で顔を赤くして機嫌良く笑っているバーンズの言葉に、アユーンは頷く。
「演奏して、路銀を稼いでいるんです。」
「目的があちこちを見る事なら、一座に入らないかい?きっと楽しいよ。食事付きだし僅かだがお給料だって出す。どうかな?」
バーンズの申し出に、アユーンは目を丸くした。それは良いとロイドとビアッカも賛成して、ネスとミアは黙って成り行きを見守る。
皆の視線が集中したアユーンは、顔を赤くして、動揺した。
「良いんじゃないか?一人旅は危険だ。ここには護衛もいるしな、ネス?」
「おう!俺がみんな、守ってやる!」
拳を握ってにかっと笑うネスを見て、アユーンは破顔する。
多くの人と旅をするのも楽しそうだと言って、バーンズ一座に、新たなメンバーが仲間入りしたのだった。




