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マジェンタの瞳  作者: よろず
第三章バークリン
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バークリン2

 男達三人が黙々と書類を片付けて行く部屋の扉を叩く手があった。お茶の用意が出来たと告げられ、ワゴンを押した女が一人入って来た。お仕着せ姿のその女は、入って来て早々にスカートの中に隠していた短剣を抜き、ライへと斬り掛かる。が、イライアスもブルックも焦らず静観し、アズールも動きを見せない。ライが鞘付きの剣で受け止めると、女は微笑み距離を取った。


「戻った癖にいきなり部屋に篭り仕事とは白状な息子だ。妾は悲しい。」

「後で顔を出すつもりでした。お久しぶりです。相変わらずのご様子、安心致しました。」

「夫を亡くしたばかりで悲しみに暮れているだろう母を労る気持ちはないのかね、我が息子殿は?」

「悲しんでいらしたんですか?」

「それはもう、毎晩絞れる程に枕を濡らしておるわ。して、我が娘はどうした?」

「イルネスですよ。そのままあちらが預かるそうです。ご存知のはずですが?」

「そういう報告もな、妾は息子の口から聞きたくて待っておったのだよ、この白状もの!あぁイライアス、お茶を頼む。」


 優雅に長椅子に腰掛けたのは、星の輝きを集めたような金に輝く髪と海の青を閉じ込めたような瞳が美しい女性だった。年若く見えるが落ち着きもあり、初対面の人間が彼女の年齢を言い当てる事は困難だろう。そんな彼女に名を呼ばれたイライアスは、緩んだ顔でいそいそとお茶の支度をしている。


「その母上の夫が仕事嫌いでこのざまです。」

「妾だって頑張った。あやつの目が戦に向かないようにして、仕事もさせてとな。あんなにも働いた母に労いの言葉の一つも無いとは…本に白状な息子よのぅ。」

「お可哀想なルミナリエ様。ライオネルの奴は私達が汗水垂らして働いていたというのに、あちらで本命を見つけ、デレデレとしていたようですよ。」


 ソーサーに置いたカップを手渡し、イライアスが悲しそうに目を伏せた。それを受け、ルミナリエは手巾を取り出して目頭へと当てる。


「なんという事だ!敵の目を欺く罠では無かったのか?女へと入れ込む愚かな男を演じているのかと思っておったが、本気だったというのか?」


 芝居がかった母の台詞にライは苦笑を浮かべ、イライアスが淹れた紅茶の香りを嗅ぐ。そして、カップをソーサーに戻して机に置いた。


「ブルック、飲むと三日三晩腹の痛みに苦しみますよ。」


 口を付けようとしていたブルックは慌ててカップから口を離した。それを見て、ルミナリエは舌打ちをする。


「ルミナリエ様はどうして普通に飲んでるんです?」


 首を傾げたブルックの視線の先で、ルミナリエは平然とカップに口を付け、紅茶は半分程に減っていた。


「妾の腹はそんなに柔では無いわ。」

「イライアス、貴方が毒無しの紅茶を母上に渡しただけでしょう?」


 得意気に告げたルミナリエを無視して、ライは平然と紅茶を飲むイライアスに視線をやる。するとイライアスは顔を歪め、舌打ちした。


「あちらに長くいたからな、勘が鈍っていないか試したのだ。女に現を抜かしていたらしいからなぁ、我が息子殿は。」

「私は二十八にもなって独り身だというのに、白状な男だね。」

「それはお前、イライアスと合う女は中々いないだろうよ。」

「私が女性だったらお断りです。ある日突然毒殺されたら堪りません。」


 ブルックとライの言葉に鼻を鳴らしたイライアスは、楽しそうに笑う。


「誰も毒だとは気付かないさ。」

「だから怖いんだよ!」


 ブルックの心からの叫びを聞いたライは、毒入りの紅茶を持って立ち上がりワゴンへと片付ける。ブルックもそれに倣って片付けて、ライが確かめて淹れた毒無しの紅茶を持って二人は椅子に戻った。


「それで、ライオネル?嫁は何処だ?」

「イルネスですよ、母上。」

「攫って来なかったのか?そのような根性無しに育てた覚えは無いぞ。」

「無茶を仰らないで下さい。現状で連れて来ても苦労させるだけです。」


 溜息と同時のライの言葉に、ルミナリエは紅茶をソーサーへと戻し、母の表情で微笑んだ。


「馬鹿な息子だ。女はな、好いた男の為ならば苦労なんて乗り越えられるんだよ。側にいられない事程辛いものはない。」


 ルミナリエは立ち上がり、ワゴンは後で片付けさせると告げて部屋を出て行った。その背を見送り、ライは思う。母の頭に浮かんだだろう男の事を。


「ライオネル、ルミナリエ様を私の妻へと下されば私はもっとお前に忠誠を誓うと思うがどうだろう?」

「イライアスが義理でも父になるのは嫌ですね。」

「それに十三も離れてるだろ?でっかい息子と娘がいきなり出来るんだぞ?」

「お馬鹿さんだね、ブルックは。愛に年の差など関係無いと言うじゃないか。」

「馬鹿はお前だイライアス。降嫁したってルミナリエ様に得は無いだろう。王太后の方が良い。」

「得は有るさ!誠心誠意、命の限り愛し抜くと誓う!」


 拳を握り締めて力説するイライアスをブルックは呆れた様子で眺める。ライはそんな二人を眺めながら紅茶を飲み干して、片付けに立ち上がった。イライアスは幼い頃からこんな事ばかり言っているのだ。ルミナリエに惚れ込んでいるらしいが、彼女にはあしらわれている。そして、本気の思いか意地か冗談かは、誰にもわからない。ただ誰の目にも明らかなのは、ルミナリエは異性としての男の存在を必要としていないという事だ。前王レバノーンも、最後までルミナリエの心は手に入れられなかった。


「さぁ休憩はおしまいです。働いて下さい。」


 濃緑の軍服の上着を脱いで、ライは白シャツの袖を捲った。ライが脱いだ上着はイライアスが受け取り、型崩れしないように掛ける。


「とりあえず今日は少しでもこれを減らして、明日は騎士団へ挨拶に出向きます。後は頼んだ事諸々宜しくお願いします。」

「はいよ。」

「任せとけー」


 ブルックとイライアスの返事に微笑んで、ライは再び書類へと向かったのだった。



 久しぶりの自室のベッドに倒れ込み、ライは体中の空気を吐き出すような溜息を吐いた。アズールの記録を破る事を目指して馬を駆けさせて、アズールの記録には二日届かなかった。それでも強行軍で城に戻り、着いてからすぐ執務室に篭って書類と戦ったのは、流石に疲れた。

 髪を結っていた飾り紐を手に取り、赤紫のガラス玉に口付ける。


「ヴィー、愛しています。」


 風が届けてくれたら良いと願いながら、毎晩眠る前に口に出す言葉。きっと彼女の耳になら届くだろう。

 長年掛けて実行して来た計画も、とりあえず大きな山場を越えた。後は国を整えてからになる。これまで苦しんで来た者たちの為にも、早く、正確に、事を進める必要がある。本来ならば、恋になど現を抜かす暇の無い身だが、ヴィーを想うと力が湧く気がした。

 離れていても、貴女を想う。

 彼女との再会を果たす為にも、ライは止まる訳にはいかない。

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