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マジェンタの瞳  作者: よろず
第一章生誕祭
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前夜祭2

 しばらく走った路地裏で男は足を止めて振り向いた。その手が自然な動作で伸びて来て、ヴィーのフードをずらす。焦ったヴィーは途中で止めたが、男の碧の瞳と視線が合ってしまい激しく狼狽えた。


「失礼。怪我をしていないか確認しようと思ったのですが…何処かでお会いしませんでしたか?」

「私は貴方に見覚えは無い。」

「ですがその声にも聞き覚えが…」

「他人の空似か何かだろう。失礼する。」


 ヴィーは男の手を振り払って駆け出した。

 心臓がどくどく鳴り響く。

 記憶を探るが、ヴィーは男に見覚えはない。嫌な予感が胸をじわりと浸食する。喉がチリチリと痛み出すのを感じて、ヴィーはごくりと唾を飲み込んだ。



 息を切らせたヴィーが野営地に戻ると、そこには既にネスとミアが戻って来ていた。二人が何事かを話し掛けて来ているがヴィーの耳には入らず、二人の側にいたロイドの腕を掴んで引っ張る。


「ロイド、バーンズは?」


 ヴィーの震えた声に異常を感じたロイドは歩き出す。後ろで喚いているネスとミアには気にせずに仕事をしろと告げて、震える手でロイドの腕を掴んでいるヴィーを団長の元へと連れて行った。


「バーンズ、話がある。」


 明日の公演の指示出しをしていたバーンズを捕まえ、ヴィーとロイドは人気のない場所に向かう。声の聞こえる範囲に人がいない事を確認して、ヴィーが口を開いた。


「顔を、見られた。」


 その一言に、ロイドとバーンズは目を見開く。一座の誰もヴィーのフードを外す事は叶わないのに、一体街で何があったのかと心配した。


「ネス達から聞いたが、お前を連れ去った男か?」


 こくり、とヴィーは頷いた。街であった事を知っているロイドがバーンズに説明して、ヴィーはそれを黙って聞いていた。


「知り合いだったのかい?」


 話を聞いたバーンズの質問に、ヴィーは首を横に振る。


「見覚えのない男だった。でもまずいかもしれない。私は今回、もう街へは行けない。最悪、一座を離れる。」

「落ち着け、ヴィー。お前の顔知ってるっていっても十五年も経ってるんだ。そこまで問題視する程か?」


 ロイドがヴィーの両肩を掴み、抱き寄せる。ロイドの腕の中で、ヴィーは唇を噛んだ。


「わからない。だが、わからないからこそ恐ろしい。世話になった皆に、迷惑を掛けたくない。」

「ヴィー、わからないなら動くのはよしなさい。公演が終わるまで、街には行かずここに残れば良いんじゃないか?」


 バーンズは気遣わし気にヴィーを見上げる。ロイドの胸に体を預けたままヴィーはその視線を受け止め、頷いた。


「そう、します。」


 明日からここを離れるまでの七日間、金茶色の髪に碧い瞳のあの男に遭遇しないよう、ヴィーは願った。



 ロイドとバーンズとの話を終えて、ヴィーは皆の仕事を手伝いに向かった。

 一座が公演を行うのは街の広場。今日の夜に天幕の設置が許され、明日から七日間、そこで公演を行う。今回、天幕を飾る色は指定されている。王の好きな色だという赤と赤紫、そして王の瞳の色の青。

 ヴィーは飾り付けの為の三色のリボンをぼんやりと眺め、作業の手が止まっていた。


「ヴィー?」


 ぼんやりとしているヴィーの背後からミアが声を掛け、びくりと揺れたヴィーの背中にミアは驚いた。長年一緒にいるが、ヴィーが背後から近付く人間に気が付かないのを初めて見た。

 野営地に戻って来た時の様子と良い、一体何があったのかとミアは益々心配になる。


「何かあった?」

「いや、ぼんやりとしていただけだ。疲れているのかもしれない。」

「嘘。あの男に何かされた?」


 ヴィーに限ってそれはあり得ないとミアは思うが、それでも、ヴィーの様子がおかしくなる原因はあの男しか思い浮かばない。

 心配しているミアの頭を、ヴィーはぽんぽんと優しく撫でた。


「大丈夫。ただ、明日、私は王を見に行けない。どんな人だったか、後で教えてくれないか?」


 この一座にいる人間は過去に何かがあった者が多い。その為、踏み込み過ぎてはいけないと暗黙のルールがある。

 辛い事、思い出したくない事、話したくなれば自分から話すだろう。それまで待つようにと、ミアは両親や団長に教えられて来た。ヴィーも今、その状態なのかもしれないと考え、ミアは口を噤む。そして、ある事を思い付いた。


「ヴィー、街でもらったお菓子、食べた?」

「まだだ。」

「休憩がてら食べない?」


 ミアが服のポケットに入れていた菓子の袋を取り出し、ヴィーも自分の分を取り出す。ミアは袋の口を開け、さっそく一口囓った。


「美味しい!」


 しっとりと濃厚な甘さのその菓子をミアは初めて食べた。王様が好きな菓子だけあってとても美味しいと、じっくり味わう。


「美味いな。」


 ヴィーも一口囓って呟いた。だけれどその声が震えている気がして、ミアはヴィーを見つめる。

 ヴィーは震えていた。

 小刻みに震えるヴィーは泣いているようで、ミアはどうしたら良いのかわからない。実際、フードの隙間からはぽとぽと雫が零れ落ち、ヴィーの夜色のマントに濃い染みを作っている。


「ヴィー?」

「すまない。少し、一人にしてくれないだろうか…」


 躊躇いながらも、ミアは頷いた。

 静かに泣くヴィーに何も出来ない自分が悔しいと思う。

 黙って立ち上がってその場を離れ、ミアは母を探した。母は他の踊り子達といた。天幕を飾るリボンを纏めている母に近付き、ミアは母の袖を引く。


「ヴィーが泣いてるの。」

「……今日、街で何かあったらしいね。どこにいるの?」


 ロイドから既に話を聞いていたらしいビアッカにミアはヴィーの居場所を伝え、ビアッカはそこに向かって歩いて行く。

 父と母はヴィーの秘密を知っているから力になれる。そう思って託した。

 ミアはその場に残って母の作業を引き継いだ。

 それぞれが明日の為の準備をする中で、ミアの胸には言い知れぬ不安が首をもたげ始めていた。

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