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マジェンタの瞳  作者: よろず
第一章生誕祭
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前夜祭

 夜が明けて、ヴィーはテントから抜け出した。いつもの夜色マントでフードを目深に被り、黒の手袋をはめている。マントで隠れた腰の剣帯には細剣。小柄なヴィーにはこの剣が丁度良い。

 徐々に人が起きて動き始める中、ヴィーは一座の様子を見て周る。何か困った事や問題が起きていないかを確かめるのがヴィーの朝一番の仕事なのだ。


「ヴィー。手合わせするか?」


 ヴィーを呼び止めたのは茶色の髪に緑の瞳の大柄な男。ネスとミアの父親のロイドだ。


「おはよう、ロイド。やろうか。」


 二人はヴィーが拾われてから十五年の付き合いで、ロイドはヴィーに護衛の仕事を教えた。七つだったヴィーは剣技の基礎は既に出来ていて、ロイドが教えたのは正攻法ではない戦い方。それを身に付けたヴィーの実力は既にロイドを上回ってしまっている。

 弟子に越されたなという苦い想いと弟子の成長を喜ぶ想い。二つの感情を胸に朝の稽古を終え、ロイドはヴィーの頭をフードの上から撫でた。


「見回りの騎士共、見てるな。」

「怪しい身形だからな。仕方が無い。」

「俺らは見慣れたが、お前本当怪しいよな!」


 二カッと笑って背中を叩いたロイドに、ヴィーは肩を竦めて見せる。


「今日、公演の宣伝がてらネスを連れて街に行く。」

「おぉ、厄介事に首突っ込むなよ。」

「気を付けるよ。」


 肩を並べて朝飯を取りに向かう二人に、ミアが駆け寄って来た。食事の入った二つの器を両手に持ち、ヴィーの隣にいるロイドを認めると微かに顔を顰める。


「おー、気が利く娘だな!」


 ミアが浮かべた表情には気付いていたが、ロイドはミアの両手から器を二つ共取り上げた。そして一つをヴィーへと手渡す。


「それ、私の!」

「ミア、私は自分で取りに行く。ロイドと食べると良い。」

「〜っ!良い!取りに行く!」


 ヴィーが差し出した器を拒否して、ミアは踵を返して駆け戻って行く。その背中を見送り、ヴィーはロイドを見上げた。


「すまない、ロイド。私はミアを傷付ける。」

「いや、俺らも同罪だ。どうしたもんかねー、お前が良い男過ぎるんだよなぁ。」

「そのつもりは無いが…今更突然距離を置く訳にも行くまい。」

「家族同然で過ごして来たからな。俺もビアッカも諦めろと言い聞かせてはいるが、年頃の娘ってやつだな。」

「年頃の娘、か…」


 苦く笑った気配を感じ取り、ロイドはフードを被ったヴィーの頭を乱暴に撫でる。


「貴方がたには感謝しているのに…すまない。」

「気に病むな。落とし所、俺らも一緒に探してやる。」

「すまない。」


 ロイドは優しく目を細め、ヴィーを見下ろした。目深にフードを被っているヴィーは、それを見る事は出来なかった。



 自分の分を持って駆け戻って来たミアと三人で食事を取り、食べ終わる頃にネスが現れ恒例のフード外しに挑戦する。結局気配を悟られて失敗に終わり、ネスはロイドとミアに駄目出しをされた。


「俺とヴィーはこれから街に行くけど、姉さんはどうする?」


 空の器を回収して去ろうとしたミアの背中にネスが声を掛けた。振り向いたミアは顔を輝かせ、行くと即答する。すぐに片付けるから待っているように告げると駆け出して行ってしまった。


「ネス、あんまりミアを煽るなよ?」


 ロイドは苦い表情でネスを見下ろす。父親のその表情に、ネスは眉を顰めた。


「子供が出来ないからか?それって本当に出来ねぇの?やってみたら」

「ネス。出来ないんだ。」


 ヴィーが余りにも苦い声音で辛そうに言うものだから、ネスは黙る。黒手袋の手に赤い髪をぐしゃぐしゃに撫でられて、ネスは膨れ面になった。


「すまない、ネス。無理なんだ。」

「ヴィー、泣くな。」

「泣いてなどいない。」


 ロイドの言葉を否定して、ヴィーはネスの頭から手を離す。黒手袋の両手を見下ろして、ヴィーは握り締めた。


「ロイド、潮時だろうか?」

「お前が決めるのなら、協力する。」

「十五年か…ネスも大きくなる訳だ。」

「お前もまだまだ若造だろうが。」


 目の前で交わされる父親とヴィーの言葉を、ネスはちっとも理解出来ない。だけれどヴィーは何かを悩んでいて、それはミアの気持ちも関わる事で、父親はそれを知っている。兄のような存在の為に自分は何も出来ないのだろうかと、ネスは歯痒い気持ちで俯いた。



 ライアの街中は、首都だけあってとても大きく広い。ネスもミアも、今まで訪れたどの街よりも大きく美しい街並みに圧倒された。ヴィーはフードで表情は伺えないが、キョロキョロとあちこちに視線を彷徨わせているようだ。

 バーンズ一座が拠点とする野営地からすぐの場所は、商店が立ち並ぶ地区だった。前夜祭だけあって街中には飾りと花が溢れている。


「ここ、路地裏も綺麗なんだな。」

「見回りの騎士もちょこちょこ見るね。」


 宣伝する場所を探して歩きながら、ネスとミアは整備された街並みに感心する。こんなに大きな街だとスリが出たり、路地裏には浮浪者がいたり、掃除されているのは大通りだけだったりするのがミア達が見て来た世界だった。だがこの街は、これまで見て来たどの街とも違う。掃除は行き届いているし、浮浪者もスリもいない。小競り合いが起きたらすぐに対応する為か、見回りの騎士達も多くいるようだ。


「シルヴァン王って、やっぱ良い王様なんだな。」

「坊主!陛下は歴代最高のお人だよ!明日は王城でお姿を拝見出来るから行ってみると良い!」


 ネスの独り言を聞き付けた店主が笑顔で声を掛けて来た。近くにいた別の人間も加わって、会話を始める。


「お姿も凛々しいんだよ。白銀の髪に碧い瞳の美しい王だ。街中の女達が明日は王城に詰め掛けるだろうよ!」

「へー、白銀の髪だなんて珍しいな?」

「亡くなられたお母上の色なのよ。瞳は前王ジルビオール様譲りで宝石のようなの。」


 うっとりと語る女の話に耳を傾けていると、王を褒めたお礼だと行って最初の店主が焼き菓子を三人にくれた。どうやらこの焼き菓子もシルヴァン王の好物らしい。


「ほらな!民に愛される王様なんだ!俺、明日王城行きたい!」


 興奮するネスにミアも同意して、ヴィーも興味があると頷いた。どうやら王の姿を見られるのは公演の前のようだ。抜け出して見に行っても良いか後で団長に相談してみようと話は決まった。

 人の集まる噴水がある広場に辿り着き、三人はそこで宣伝をしようと決めた。

 ミアを守るようにネスとヴィーが立ち、ミアは着ていたローブを脱ぎ捨てる。ローブの下から現れたのは踊り子の衣装。ネスが懐から取り出した笛の音に合わせてミアが舞う。そして、ヴィーが口上を述べてバーンズ一座の公演の宣伝をする。ヴィーの怪しい身形も祭りに溶け込み、尚且つ旅芸人の一座だという事で良い宣伝材料になっていた。

 暫くそこで宣伝をして、三人は場所を移す事にする。ミアが再びローブを着込み、三人は観光がてら歩き出した。


「いろんな店があるな。」


 ネスがキョロキョロとして、ミアが嗜める。だがミアもキョロキョロとして人にぶつかってしまう。そんな二人をヴィーが嗜めて、三人は人混みの中を進んだ。

 そんな三人の耳に、男の怒鳴り声と女の叫び声が届く。いち早くヴィーが駆け出して、ミアとネスもそれに続いた。辿り着いた場所では、酒に酔った男が子供の胸ぐらを掴んで吊るし上げている所だった。その男に母親らしき女性が縋り付き許しを乞うている。どうやら子供が男にぶつかり、持っていた食べ物で男の服を汚してしまったようだ。


「おい!ヴィー!」


 ヴィーは駆けていた勢いのままに人垣の中心へと飛び込んだ。ネスが焦って声を掛けるがヴィーは止まらず、男の腕から子供を奪い取る。


「てっめぇ、何しやがるっ!!」


 赤い顔の男が母親を突き飛ばし、ヴィーがそれを受け止めると同時、酔っ払いの男とヴィーの間に別の男が割り込んで来た。


「騒ぎを大きくして困るのはそちらだと思うが?」


 身形の良い男だった。

 肩までの金茶色の髪を青いリボンで一つに結ったその男は、鞘がついたままの剣を酔っ払いの男の眼前に突き付けている。


「騎士がもうすぐ来る。今去れば見逃そう。」


 その男の言葉で、酔っ払いは舌打ちをして人垣を掻き分けて去って行った。


「怪我はありませんか?」


 親子の怪我の有無を確認しているヴィーにその男が声を掛けて来た。碧い瞳の若い男。


「子供は擦り傷はあるようだが大丈夫だ。母親も、擦り傷程度で済んだらしい。」

「君は?」

「私は問題ない。」

「そうですか。」

「あの、何を?」

「騎士に見つかると私は困ります。君もその身形、面倒事は避けるべきではないでしょうか?」


 男に二の腕を掴まれて立たされたヴィーは、そのまま駆け出した男に引っ張られた。男の言う事にも一理ある為、ヴィーは男に従って走り出す。


「ヴィー!どこ行くんだよ?!」

「ヴィー!」


 ネスとミアの声が聞こえたが、ネスがいればミアも平気だろうとヴィーは判断した。それよりも問題は、この男の手をどうやって外すかだ。悪い人間では無さそうな為に手荒な真似はしたくない。考えながら男の後を走り、ヴィーはとりあえず様子見をするかと小さな溜息を吐いた。

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