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マジェンタの瞳  作者: よろず
第一章生誕祭
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旅の一座2

 女達が朝餉の片付けをする短い時間、ネスはヴィーに稽古を付けて貰っていた。少しだけだ。これが終わったらすぐに出立の手伝いに二人も行かなくてはならない。


「基本は大事だが、お前は騎士ではない。汚い事をしてでも守る事が仕事だ。状況判断を誤るな。周りをよく見ろ。」


 ヴィーは稽古終わりにいつもそう言う。真正面からぶつからなくても、砂を投げつけようと、守りさえすれば良い。一座を狙うのは盗賊達だ。やつらは正攻法では攻めてこない。だからこそ、ヴィーはネスにそう教え込む。これは、ヴィーがネスの父から教わった事でもあった。


「ヴィーはさぁ、姉さんの気持ち、分かってんだろ?」


 剣を鞘に収め、ネスが呟いた。ネスはヴィーを兄のように慕っている。兄のような男と実の姉。二人の恋路を応援したいとネスは考えていた。

 夜色フード越しにヴィーの視線がネスへと向けられる。そして、ヴィーが苦く笑った気配がした。


「私は答えない。」

「なんでだよ?姉さん、美人だろ?スタイルも良いしさ、お似合いだと思うぜ?」

「すまない。」


 ネスは眉間に皺を寄せた。


「もしかしてさぁ、体格の事とか気にしてんの?ヴィーは確かに小柄だけどさ、姉さんより身長あるし、剣だって強ぇだろ。気にすんなよ。」


 黒手袋の手が伸びて来て、ネスの短い赤毛を掻き回す。やめろとネスが叫んで後退ると、ヴィーが静かに笑った。

 ネスはヴィーの静かな空気が好きだ。戦闘時には鋭く厳しくなるが、普段は穏やかで静かな雰囲気を纏っている。


「私は、子を成せない。」


 予想外の発言に、ネスはポカンと口を開けた。しばし思考を巡らせて、思い付く。


「火傷、そんなにひでぇのか?」

「まぁな。」


 ヴィーは幼い頃に大怪我をして倒れていた所をネス達の母ビアッカが見つけたらしい。それは酷い火傷で、一命は取り留めた物の傷跡が酷くフードと手袋で隠している。そして、余りに大きな火傷を追うと子種が無くなるとネスは聞いた事があった。


「ネス、行くぞ。」

「あいよー。」


 姉の恋路は前途多難だなと考えて、ネスはヴィーの夜色マントの後ろ姿を追い掛ける。

 ネスの目標はヴィーだ。彼のように自在に剣を操り、強くなる。そして家族を、家族同然の一座をヴィーと共に守るのだ。



 二十人弱の一座を率いる団長はバーンズという男。団長の名から、一座の名もバーンズという。

 頭が禿げ上がってしまっている団長は、この一座の父親的存在だ。いつもにこにこと微笑み、行き場がなくなった者達を集めてバーンズ一座を作った。その為、一座にいる者は訳ありの人間が多い。元奴隷や元娼婦、国を追われた者など事情は様々だが、団員は皆、居場所を与えてくれた団長に感謝をしている。一座は全員家族なのだ。抱えている事情よりも人柄を重視される。たまに小競り合いも起きるが、解決すればそれも絆に変わる。バーンズ一座は、温かな場所だった。

 旅するバーンズ一座の現在の目的地は大国イルネスの王都、ライア。

 七日掛けて若き王の生誕祭が行われるのだ。多くの人が集まるだろうそこで、バーンズ一座も公演をする。

 ライアの街外れ、バーンズ一座のような旅の者たちの為にと提供されている野営地。そこに彼らが辿り着いたのは日が完全に落ちてからだった。


「騎士が警護してんのかよ、すげぇな…」


 呟いたネスの視線が向けられているのは野営地。そこはぐるりと柵で囲まれ、入り口には騎士が立っている。小競り合いや問題が起きた時には騎士がすぐに駆け付けられるようになっているようだ。


「イルネスの今の王様は賢王って呼ばれてるんだって。民の為の政治をする良い王様らしい。余所者の俺らにもこんな対応してくれんなら、それも本当かもな。」

「詳しいな、ネス?」

「そりゃあ、情報収集ってやつだ。」


 団長が入り口の騎士と話をしている間、周りを警戒しつつ、ネスが知識を披露する。それを聞いたヴィーはネスを褒めた。護衛に際して、現地の情報というものはとても大事だからだ。

 今はネスはまだ半人前の為、ヴィーと常に行動を共にする。もう一人の一座の護衛であるネスの父は二人とは離れた場所、だが視界に入る場所で周りを警戒していた。


「だが、警護担当の騎士達が善人とは限らない。」


 ヴィーの呟きにネスは眉間に皺を寄せる。今まで一座が周った土地で、問題のある騎士に出会った経験があった事を思い出したのだ。


「ここはどうだろうな?」

「まずは私が入れるかが問題だ。」


 フードの奥から聞こえるヴィーの笑い声に、ネスは肩を竦めた。

 夜色のフードを深く被り黒い手袋をはめたヴィーの出で立ちは、何も知らない者が見ると不気味なのだ。宿を拒否されたり、町に入る事を拒否される事はよくあった。そういう時にはヴィーは一人、外で待機する。今回はどうだろうかと二人が見守る先で、騎士と話をしていた団長がヴィーを手招きした。


「呼ばれたな。」

「あぁ。行ってくる。」


 顔を顰めたネスに片手を上げて答え、ヴィーは団長の元へと歩く。騎士がじっと観察してくる視線を受け止めて、ヴィーは団長の隣に立った。


「バーンズ、どうした?」

「すまないな、ヴィー。入れるには入れるのだが、彼が君と会話をしたいと言うんだ。」


 ヴィーよりも背の低いバーンズは、禿げた頭を撫でながら苦笑する。バーンズの表情から悪い事では無さそうだと読み取り、ヴィーは騎士へと視線を向けた。

 軽装備の鎧を纏った騎士だ。兜は小脇に抱え、逆側には槍を持ち、碧の双眸がヴィーを見下ろしている。


「夜遅くに着いて疲れていると思うが、少しだけお付き合い頂けるだろうか?」

「構いません。この出で立ちです。警戒される事には慣れています。」


 肩を竦めて見せると、騎士は表情を崩して苦く笑った。笑うと人懐っこい犬のような男だなとヴィーはこっそり考えた。


「幼少期に酷い火傷をしたと聞いたが?」

「はい。この出で立ちも、跡を隠す為の物です。人に見せられる物ではないので…」


 ヴィーは声に悲しみを乗せる。表情を他人に見せられないヴィーは、声音で感情を表すのだ。


「そうか。事情が事情だ。他の騎士にも貴殿の事は通達しよう。だが、警備の仕事上動向を伺う者も多くいると思う。どうかご容赦願いたい。」

「構いません。慣れております。」

「すまないな。ここにいる間は我らが警護をする。旅の疲れ、ごゆるりと癒されよ。」

「お気遣い、感謝致します。」


 ヴィーは右手の拳を胸に、左手の拳を背中に回して軽く腰を折り曲げた礼をとる。これはイルネスの男が目上の者に取る、一般的な敬礼の形だった。


「貴殿、イルネスの生まれか?」

「各地を回っております故、知識の一つです。」

「なるほど、郷に入れば郷に従えという事か。」


 ヴィーの取った礼に、上機嫌に騎士は笑う。


「私はここの警護の責任者のボルト。何か困った事があれば声を掛けてくれ。」

「ありがとうございます。」


 そうして一行は野営地への入場を許可され、割り当てられた場所へと荷物を降ろしてテントを張る。

 ネスはヴィーの作業を手伝いがてら、話をする為に近付いた。

 ネスとヴィーは寝床が違う。ネスは自分の家族と、ヴィーは団長と同じテントで眠るのが常なのだ。団長と己の為のテントを用意するヴィーの背後を取ろうとして、ネスはまた失敗する。

 気配で振り返ったヴィーがフード越しにネスを見て、笑った。


「気配の消し方がなっていない。」

「ヴィーが異常なんだよ。親父には今ので背後取れんのに。」

「ロイドも耄碌したか。」


 ロイドとはネスとミアの父親の事だ。まだ耄碌する程の年ではないが、ヴィーの冗談にネスは一緒になって笑う。


「な、騎士、どうだった?」


 声を落としたネスの質問に、ヴィーは手を動かしながら答えた。


「よく訓練されている。教育もちゃんとしているようだ。観察眼も鋭い。」

「へー、ヴィーが褒めるなんてよっぽどだな。やっぱりシルヴァン王は立派なのかな?」

「かもな。手を動かすのなら、情報収集の成果を披露しても構わない。」

「そうこなくっちゃ!」


 実はネスは、これを話したくて仕方が無かったのだ。イルネスに入国して以降、王都ライアに向かう道すがら手に入れた情報をヴィーに披露したくてうずうずしていた。

 顔を輝かせてテキパキと働き始めたネスの横で、ヴィーも手を動かしつつ耳を傾ける。


「今回の生誕祭って、シルヴァン王が即位して初めてのでっかい催しなんだって。」


 第三王子で側妃の子であるシルヴァンが王になって六年。若き王誕生の前には、王族の死が相次いだ。それはシルヴァンが王位を狙って仕組んだ物では無く、ただ単に不幸が続いたのだ。


「最初は、第二王子が六歳で病死。次は側妃のシルヴァン王のお母さんと姉姫だろ。んで、七年前には王太子だった第一王子が戦死して、そのすぐ後に王妃と前王だって。なんか、王妃が狂って前王を毒殺して自分も死んだんだって。それでシルヴァン様しかいなくなって即位したから、ずっと喪に服してたらしい。」

「ネス、手が止まっている。」


 ヴィーに窘められて、ネスは慌てて作業を再会する。思い出しながら話すとどうしても手が止まってしまうようだ。


「前王が崩御した混乱治めて、民の暮らしを良くしてくれてんだって。だからイルネスのみーんな、今回の生誕祭には気合い入ってるらしいぜ?」

「良い王なんだな。」

「そうらしい!話聞いた人達みんな、シルヴァン王には感謝してるって言ってた。立派な王様っているんだな。」


 これまで一座が旅した国の中には、王の圧政に苦しめられている場所も多くあった。そんな場所では、笑顔を生む為にバーンズ一座は金を取らずに公演をする。だが笑顔で腹は膨れない。気休めにしかならないがそれしか出来ないという歯痒い体験を、ネスもたくさんして来ていた。だからこそ、民が笑顔で感謝する王様に興味が湧き、たくさん話を聞いたのだ。


「明日は街の中歩いてみようぜ?」

「そうだな。私も、興味がある。」


 作業を終え、二人はそれぞれのテントへと入った。

 生誕祭は明後日から始まる。明日は前夜祭。一座は明日一日で告知と準備を行うのだ。

 若き王が治める大国イルネス。王都ライアの野営地での夜は、静かにふけていく。

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