騎士と姫君2
正門を素通りしたヴィーとライに、赤毛の姉弟は首を傾げながらもついて歩く。正門を過ぎて城壁沿いにしばらく進むと通用口に辿り着いた。警護をしている二人の騎士にフードを取ったヴィーが挨拶をするとピシリとした敬礼で迎えられ、片手を挙げて挨拶をしたライには笑顔を見せる。
「何故、ライにはあんなに気さくな反応なんだ?」
ネスとミアの話も通されていた為すんなりと四人は中に入り、騎士達から離れた所でヴィーは不満気な呟きを漏らした。ネスと並んで後ろを歩いているライは苦笑を浮かべている。
「何度も顔を合わせてますからね。陛下に許可を頂いてからは日に何度もあそこを通っていますし。」
「それにしても他国の王太子だぞ?あんなので良いのか?」
「構いません。その方が私も楽です。陛下やデュナス殿もよく抜け出すようですから、ヴィーにもその内慣れるのではないでしょうか。」
「王族って自由なんだな。」
「もっとずっとお城に篭ってるんだと思ってたね。」
なぁ、と赤毛の姉弟は顔を見合わせて、笑顔のライが答えを返す。
「他の国ではこうはいきません。特に女性は護衛無しでは城の外に出ないですし、王族の外出となると多くの人が動く仰々しい物になります。」
「ライの所もそうなのか?」
「はい。外出には長い手順が必要で、ややこしいですね。」
隣を歩くライを見上げて、ネスは感心する。高貴なお方は大変だと感想を漏らしたネスを歩きながら振り向いて、ヴィーはうんざりとした様子で口を開いた。
「城の中でも本当は護衛やら侍女がぞろぞろくっついて来るらしいぞ。私はそんなのごめんだな。」
「あれ?ヴィーはともかく、ライっていつも一人だよね?護衛の人は?」
きょとんとしたミアが振り向いた先のライは、変わらない笑顔を浮かべている。他国の王太子が一人でうろうろしているのは、王族の事を詳しく知らないミアの目にも異常に映った。ヴィーとネスの視線も集まって、ライは口を開く。
「いますよ。いつも共に。」
「は?何処に?」
ネスがキョロキョロと辺りを見回して気配を探ってみるがそんな人影も気配も全くない。
「気配がある者だと煩わしいので撒いてしまうんです。」
「困った王太子殿下だな。」
「ヴィーも私の事は言えないでしょう?」
「まぁな。」
肩を竦めて笑い合う二人を眺めて、王族って変な奴が多いのかなと赤毛の姉弟は心の中で同じ事を考えて納得したのだった。
城内で、通用口の比較的側に訓練場はあった。訓練場の先に見える建物は騎士達の宿舎なのだというライの説明を聞いて、ミアとネスだけでなくヴィーまでが初めて聞いたという反応をしていたのが気になったが、十五年外で暮らしていたのだからそういう物なのかなと赤毛の姉弟は考えた。
訓練場には剣を打ち合わせる音や男達の声が響いている。そして、むわっとした汗の匂い。
ネスは感動した表情でキョロキョロと見回しているが、ミアはそっとヴィーに寄り添った。
「し、シルヴィア王女殿下!!」
訓練場に入った四人の中にヴィーの姿を見つけた騎士が声を上げた。途端、ザザッという音と共に次々と騎士達が膝を折って頭を下げる。その様子にヴィーの表情は引き攣り、ミアとネスは感嘆の声を上げる。
「邪魔をしたくない。どうか気にせず続けてくれ。ザッカスはどこに?」
「が、カーランド隊長は、奥で近衛隊の訓練をしておられます!」
一番側にいた騎士に声を掛けると、裏返った声での返事が来た。苦笑を浮かべてヴィーは礼を告げ、さっさとこの場を離れるのが騎士達の為かと判断をして奥へと進む。進んだ先に短く刈ったプラチナブロンドの大きな背中を見つけて、音もなく剣を抜き斬りかかる。
「おぉ、シルヴィア様、何故お怒りになられているのですか?」
振り向きざま、手にしていた大剣でヴィーの全体重をのせた一撃を受け止めたザッカスが首を傾げ、それを見たヴィーは次々と蹴りや拳を含む攻撃を仕掛けた。
「ザッカス、お前、他の騎士に周知を怠っただろう?」
「それはですね、陛下がその方が面白いのではないかと仰るもので…」
「ヴァンか!とんでもなく居た堪れない思いをしたぞ!訓練の邪魔になってしまった!」
怒りの突きを避けたが僅かに擦り、ザッカスの頬を赤い筋が伝うのを見たヴィーは満足して距離を取る。カチンっと音を立てて剣を鞘へおさめると、観客となっていた騎士達から歓声と拍手が沸き起こった。
「動き、目で追えなかった…ネスとやるより凄かったね…」
「やっぱ俺ずっと手加減されてたんだ!ショック!」
「あれは相手がザッカス殿だからですよ。ずっとヴィーを相手にしていたからわからないかと思いますが、ネスはそこらの騎士に負けない実力だと思います。」
呆然としてショックを受けているネスの肩を叩いてライは笑った。その笑顔を見上げるネスの表情には疑いが含まれている。ミアも全く信じていないという表情で二人を見てから、目の前の近衛騎士達を観察した。
近衛隊は王族警護が主な仕事の為に、式典などにもよく参加する。その為、実力は勿論の事、騎士の中でも見目が整った者が集められているのだ。これは貴族のご婦人方の要望によるもので、近衛隊に入るという事は出世と逆玉の輿に乗れるチャンスを掴めるからと、騎士の中でも配属を希望する者の多い隊だったりする。
「ミア、顔がうっとりしているぞ。」
戻って来たヴィーにニヤニヤと頬を突つかれて、ミアは赤く染まった頬を両手で包んで隠した。
「やぁ、ネス君。来てくれて嬉しいよ。」
「こ、こんにちわ!よろしくお願いします!」
「まぁそう固くならず、こちらへいらっしゃい。ライオネル殿下も共にどうですか?」
「折角ですがお断りしておきます。ネスがどこまで出来るか興味があるだけですので。」
「それは残念です。一度手合わせ願いたいのですがね。」
「私など、ザッカス殿の足下にも及びません。」
笑顔でザッカスとライが会話をするのも耳に入らない様子で、ガチガチに緊張したネスの肩をザッカスが優しく叩く。穏やかな笑みで見つめられて、ネスは深呼吸をして気合を入れた。
「ネス、気負う必要はない。いつも通りにやれば良い。」
ヴィーからの激励に頷いてから、ネスはザッカスに導かれて近衛騎士達の中へと進み出る。挨拶をしているネスを見守って、ミアははたと気が付いた。
「この人達って、近衛隊って言ってたよね?」
「そうだ。やたら顔の良い連中だな。」
「私もそう思うけどそうじゃなくて、なんか強そうな名前の隊だけど、ネスは大丈夫なの?」
心配そうに眉根を寄せたミアに、ヴィーは笑顔で頷いてから騎士達に混ざったネスへと視線を向ける。それでもハラハラして来てしまったミアは不安気に瞳を揺らして、それを見兼ねたのか、ヴィーの隣からライが優しく声を掛けた。
「近衛隊は騎士の中でもエリートですが、ネスなら大丈夫だと思いますよ。私もネスと剣を合わせた事があるので、わかります。」
「でもあの子、ヴィーにもライにも、全然歯が立たないじゃない。」
「大丈夫だよ、ミア。見ていればわかる。」
実力をはかる為か、ネスは近衛騎士相手に試合をやるようだ。
観戦するヴィー達三人に、副隊長だと名乗る男が近付いて来て椅子を勧められた。机の上には紅茶と菓子まで用意されて、優雅にお茶を楽しみ始めたヴィーとライを横目に、ミアはそれどころではない気分だった。どうか大きな怪我をしませんようにと両手を組んで見守る先で、ネスは同じ年頃の騎士と向かい合う。
審判役の騎士の始めの合図で、ネスは相手に向かって飛び出した。
「あれ?なんか…余裕?」
見守るミアの視線の先では、明らかにネスが相手をおしている。ネスの繰り出す剣撃に、相手は追い付くのがやっとという様子だ。
「だから大丈夫だと言っただろう。」
「彼は近衛隊の中では一番下ですが、それでもイルネスの騎士達の中では上位に入る実力の持ち主ですよ。」
「ネスって、実は強かったんだ…」
キインッと高い音と共にネスが相手の剣を跳ね飛ばして、勝負はついた。相手はがくりと膝を付いてショックを受け、他の騎士達は驚きの結果に沸き立つ。ネス自身も驚いて呆然としている。
「ただの護衛にしておくのは惜しいですね。」
「バークリンには連れていかないぞ。あいつの相手は盗賊だ。」
「優しい、良い子ですからね。確かにうちには向かないな。」
「もう十分にいるだろう。」
「…駒はいくらあっても多過ぎるという事はありません。」
紅茶と菓子を楽しむ二人の視線はネスへと注がれている。弟の勇姿に興奮して立ち上がって歓声を上げていたミアは、すぐ側で繰り広げられた会話も耳には届かなかった。




