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マジェンタの瞳  作者: よろず
第一章生誕祭
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騎士と姫君

 酒を飲んで眠ったからか、ヴィーは朝日と共には目が覚めなかった。隣の部屋で人が動く気配で目が覚めて、気配の主に安心して再び目を閉じる。なんだか、幸せな夢を見ていた気がした。まだその余韻に浸っていたい。

 ノックの音がしてドアが開く。

 入って来た二人の人物は、ベッドの側で立ち止まったようだ。


「懐かしい光景ね。」

「朝から泣かないで下さい、母上。」

「だってデュナス、ラミナ様の忘れ形見がこうして揃っているんですもの。泣かないなんて、無理よ。」


 この二人に起こされるのも懐かしい。幼い頃は中々起きない双子をデュナスとマーナが揃って起こしに来たものだとヴィーはぼんやりと思い出す。

 目を開けた先には未だ夢の中らしい双子の弟の顔。手を伸ばしてくしゃりと髪を撫でて、ヴィーは体を起こした。


「おはよう、マーナ、デュー。」


 朝の挨拶を返したデュナスは既に着替えて身支度を整えている。マーナが着替えを持って来たのかなと考えてから、ヴィーは隣の弟の頭をぐしゃぐしゃに掻き回す。


「ヴァン、起きろ、朝だ。」


 鳥の巣頭にされたシルヴァンは、不機嫌に眉間に皺を寄せて布団に深く潜り込む。どうやらこちらは昔のまま寝起きが悪いらしい。

 その様を見てニヤリと笑ったヴィーは、枕の下に手を突っ込んで素早くシルヴァンの上に馬乗りになった。


「陛下、お命頂戴する。」


 囁いて、鞘に収まったままの短剣をシルヴァンの首に突き付ける。ぱっと目を開けたシルヴァンが短剣を持ったヴィーの手首を掴み捻り上げようとして、ヴィーはするりとその手から逃れた。


「残念、今のタイミングだと深手を負ったな。」

「ヴィア……やめてくれ、寝覚めが悪い。」


 がっくりと脱力したシルヴァンはベッドに突っ伏して、見守っていたデュナスが苦く笑う。


「ヴィアと眠る男は命掛けですね。」

「折角夢見が良かったというのに、台無しだ。」


 不満の声を上げたシルヴァンを笑って、ヴィーは両手を伸ばして白銀の鳥の巣頭を更にぐしゃぐしゃと掻き回す。脱力してされるに任せているシルヴァンと楽しそうなヴィーに、マーナが手を叩いて声を掛けた。


「さぁさぁ、双子ちゃん達、ベッドから出て着替えて下さいな。珍しくシルヴィア様がいらっしゃる朝なのですから、ご一緒に朝食を召し上がってはどうですか?」


 マーナの言葉に返事をして、ヴィーはスタスタと着替え部屋へと向かう。シルヴァンの着替えを手伝おうとしたマーナは、はっと気が付いたようにヴィーの後を追い掛けた。


「いつもの服では駄目ですよ!髪も結いますからね!」

「マーナ、私は騎士の服が欲しい。」

「なりません!」

「ならばデューと同じ服で譲歩しよう。」

「それも駄目です!」

「厳しいな。剣が無ければ落ち着かない。」


 着替え部屋から漏れ聞こえる二人の会話を聞きながら、シルヴァンは顔を洗って歯を磨き、デュナスに手伝われながら服を着替えた。髪は梳かして適当に緩く結う。


「騎士服の姫君というのも悪くないのではないか?」

「ヴァン、貴方は口を挟まないのが身の為ですよ。」

「マーナもデューも恐ろしい。ザッカスは戦場以外ではあんなに優しいというのになぁ。」


 ふうっと溜息を吐いて、シルヴァンは窓際の椅子へと腰掛けた。ヴィーの身支度が整うのを待ちながら今日の予定を聞かされる。

 着替え部屋から出て来たヴィーは簡素なドレス姿で髪は緩く結われ、だが顔は不機嫌に歪められていた。


「どうした、ヴィア?美しい装いが台無しだぞ?」

「ヴァン、ドレスでも帯剣して良いという規則を作らないか?」

「作りません。騎士がお側に控えるのでご安心下さい。」

「そういう問題ではなく、剣は私の手なのだ。側にないと落ち着かない。」

「慣れて下さい。」


 デュナスにピシャリと跳ね付けられ、ヴィーは長く大きな溜息を吐き出す。ドレスの下には昨日同様短剣とナイフを忍ばせてはいたが、やはり腰が寂しいのだ。


「何かあったらデューの剣を奪ってやるからな。」

「ナイフ投げお得意だったでしょう?今後はそちらを鍛えたらどうですか?」

「わかった。デューを的にしてやる。」

「あれは恐ろしいぞ、デュー。当たらないんだが、当たるかもしれない。」


 昔を思い出したのか、シルヴァンがぶるりと震えてからヴィーの背中に手を添えてドアの方へと促す。

 デュナスが先導してドアを開け、シルヴァンとヴィーは並び、後ろにはマーナが控え、朝食を取る為にと四人はヴィーの部屋を後にした。



 朝食の後、ヴィーは結局いつもの服に着替えた。何度も着替えをするのは面倒だし無駄だという主張は、朝の着替え部屋でマーナに黙殺されたのだ。

 馴染みになりつつある騎士達に挨拶をして通用口から出たヴィーは、フードを深く被って運動がてら走り出す。前日同様護衛と"鳥"を撒いたヴィーだったが、笑顔の男には捕まった。


「おはよう、ライ。」

「おはようございます。今日は遅いですね?」

「昨夜は酒を飲んでいたんだ。ライはよく眠れたか?」


 フードをずらして笑顔で顔を覗き込んで来たヴィーに、ライは苦く笑って頬を掻いた。


「実はですね、盗賊の男がとても気になりまして…」

「ほうほう、盗賊の男がどうしたんだ?」

「それは…貴女の、初恋、らしいですね?」

「それで?」


 スタスタと歩きながらも、ヴィーはにこにこしてライの表情を観察した。あからさまに観察されて、ライは困った笑いを浮かべる。


「妬いているのか?」

「はい。妬いています。」


 迷わず頷いたライを見て、ヴィーはふふっと笑ってライの腕を取って擦り寄った。肩に頬を擦り寄せたヴィーを見るライの頬は、赤く染まっている。


「素直なのは良い事だ。ご褒美に教えてやろう。」


 黙ってヴィーの言葉を待つライの手を握ってから顔を見上げて、満面の笑みを浮かべたヴィーは口を開いた。


「胸は高鳴ったがそれだけだ。盗賊は商売敵だからな。足を洗わない限り相手にはしないと言ってやった。」


 途端にライの表情は固まり、次の瞬間には脱力したように息を吐き出した。


「弄ばれた気分です。」

「盗み聞きに対する悪戯だよ。」

「では、ヴィーの初恋は私という事で良いでしょうか?」

「そこにこだわるのか?」

「はい。こだわります。」

「そこは…秘密にしておこうか。」


 ニヤリと笑ったヴィーが人差し指を唇に当てて、すぐにフードを深く被り直した。機嫌の良いヴィーがライに擦り寄ったままで歩き、くっつかれているライは嬉しいけれど複雑だという表情を浮かべて、二人は野営地まで歩いて向かった。



 祭りの後では街の中も閑散としていたが、野営地も一気に広々として寂しくなっていた。バーンズ一座を含んだ数組がまだ残っているだけで、それも数日の内にここを離れて野営地は完全に役目を終えるのだろう。

 手を繋いだ二人が野営地に入ると気が付いた騎士達に敬礼された。ライはもうマントを身に付けるのをやめているし、ヴィーのマントにフード姿も見慣れられてしまったのだなと思うと複雑な気分になった。こうなると、マント無しで堂々とシルヴィアとして外出してやろうかという悪戯心が湧いて来てしまう。


「おはよう、ヴィー。今日は遅いのね?」

「ビアッカ、おはよう。昨夜は酒を飲んだから眠るのが遅かったんだ。」

「あら、珍しい。やっぱり護衛される立場だと気が楽?」

「逆に落ち着かないな。ドレスでは帯剣が許されないのが辛いよ。」

「男らしく育ててしまったからね。ミアがドレス姿、褒めていたわよ。」


 ぽんと肩を叩いて、ビアッカは去って行く。今日はロイドと共にのんびりと街の観光をして過ごすらしい。ビアッカが去った先にいたロイドにも手を振って挨拶して、ヴィーはネスとミアの姿を探す。

 ライとヴィーが並んで大きな木箱の横を通り過ぎた時、二人はそれぞれ違う方向に跳んで何かを避けた。二人がいた場所には、抜き身の剣を持った赤毛の少年。誰もいない空間に剣を振り下ろしてすぐ、身を翻してヴィーへと斬りかかる。


「おはよう、ネス。気合いが入っているな。」

「最後のチャンスだと思ったのに!ヴィー!ライ!二人共鋭い!」


 鞘がついたままの剣に斬撃を受け止められ、ネスは溜息を吐き出して剣を鞘におさめた。


「今日は騎士との訓練に参加するらしいですね。きっと驚きますよ。」

「何が?」

「まぁ、行ってからのお楽しみだよ。ミアは?」


 笑顔のライの言葉に首を傾げつつも、ネスは二人をミアの元へと案内する。折角の機会だからという事で、ミアも共に見学に行くのだ。

 ミアは踊り子仲間といた。ミア以外はこれから街へ買い物に向かうようだ。


「ヴィー、王子様と結婚するんだって?」

「ミアに聞いちゃったぁ!ほんとヴィーってびっくり箱だよね!」

「私達、ミアの手前黙ってたけど、みーんな一度はヴィーに恋してたのに、ねぇ?」

「女の人だったなんてねぇ?そこらの男より全っ然素敵だったのになぁ。」


 踊り子達に囲まれて、ヴィーは苦く笑った。フードを取れと騒がれて、ヴィーは素直に従う。


「王様も綺麗だと思ったけど、ヴィーの方が美人!」

「お肌すべすべー」

「火傷、心配して損したぁ。」

「髪もこんなに長かったんだね!」


 揉みくちゃにされてタジタジになっているヴィーをミアが救い出し、踊り子達はきゃいきゃい騒ぎながら去って行く。ぐったりとミアに寄り掛かり、ヴィーは溜息を吐いた。


「あの子達、あんなに積極的だったか?」


 ヴィーの呟きにミアが苦く笑って背中をぽんぽん叩く。


「今まで男の人だと思ってたし、ヴィーは遠くから見て憧れる人って扱いだったんだよ。同性だってわかって近付き易くなったんだね。」


 なるほどな、と呟くヴィーを離れて眺めていたネスとライは顔を見合わせて笑った。


「女ってすげぇな。」

「元気ですね。貴族のご令嬢方も恐ろしいですよ。」

「女の怖さは、庶民も貴族も一緒なんだな。」

「そのようですね。」


 フードを被り直したヴィーと連れ立って、三人は野営地を後にして城へと向かった。

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