生誕祭最終日4
存分に踊りを楽しんだ後、ネスとミアの二人は騎士が送り届け、ヴィーとシルヴァンも城へ戻った。その際、バルコニーで待っていたデュナスは何も言わず、小さな溜息を吐かれただけで済んで双子はお互いにほっとしたのだった。
寝巻き姿にガウンを羽織ったヴィーは窓を開け、窓辺に座る。風が、緩く編まれたヴィーのプラチナブロンドの髪を揺らしている。目を閉じて静かに風を感じていたヴィーは、ゆっくりと目を開けて、一本の木へと赤紫の瞳を向けた。そして、ふんわりと微笑む。
部屋のドアを叩く音がして、ヴィーは窓を閉めカーテンを固く閉じてから返事をした。
「起きていたか?」
入って来たのは、寝巻きにガウンを羽織ったシルヴァンとデュナス、ザッカスの三人。手には酒の瓶とグラス、酒の肴も持っている。
「いつ来るのかと待っていたよ。」
寝室の隣の部屋に置かれたソファに腰掛けて、四人で静かにグラスを傾ける。
「デューに聞きたい事があったんだ。私の事で、国民に何かしたのか?」
「何か、とは?」
琥珀色の液体を喉に流し込んで、デュナスは首を傾げた。デュナスの視線の先のヴィーは、ソファの肘掛けに肘を付いて人差し指で耳たぶに触れている。
「貴族は兎も角、民にまであの様に歓迎されるとは思わなかった。」
「あぁ、それは、ただ噂を流しただけです。」
「噂?」
「死んだと思われていたシルヴァン王の姉姫が実は生きていて、バークリンの王太子のお陰で発見されたと。」
「後はヴィアの武勇伝も騎士達が流していたな。」
ヴィーの隣で足を組んで、グラスの中の液体を回しながらシルヴァンが口を挟む。ザッカスはデュナスの隣でグラスの中身を飲み干して、ヴィーが身を乗り出して酒を注いでやった。
「武勇伝の内容はライから聞いたが、私は騎士達と普通に会話が出来ないのだろうか?」
「それは時間が解決しますよ。幼い時分、武勇伝を作り過ぎましたね、シルヴィア様?」
「昔はヴァンとヴィアは性別が逆なのではないかと疑ったものです。」
「今では更に男らしくなったな、ヴィア。」
酒を舐めるように飲みながら、ヴィーは耳たぶを弄って遊ぶ。
「マーナも共に飲めたら良かったのだがな。」
「母は嗜む程度にしか飲みませんからね。一応ぶどう酒も持って来ましたが、平然と蒸留酒をストレートで飲む女性なんて、ヴィアが初めてです。」
「ご婦人方は紅茶ばかりだからな。飲んでもぶどう酒や甘い酒だ。」
デュナスとシルヴァンの言葉にふっと笑い、ヴィーはグラスの中身をぐっと喉へと流し込む。デュナスが瓶に手を伸ばして空のグラスに酒を注ぎ、自分のグラスも琥珀色の液体で満たした。
「王や宰相補殿の前でガブガブ酒を飲んでいたら、それは淑女ではないんじゃないか?私は男として生きていたからこそ、酒を覚えたにすぎない。」
「シルヴィア様はずっと一座の護衛をなさっていたんですよね?」
「そうだ。ネスの父親は、どこかザッカスに似ているんだ。」
「あぁ、なんとなくわかる気がするな。あちらの方がザッカスよりも豪快そうだがな。」
「ヴァンもきっと気に入る。ネスの事は気に入ったんだろう?」
「あの失礼な子供か。嫌いじゃない。」
「姉の踊り子、美しい娘でしたね。」
デュナスの呟きに、双子は視線を絡ませた。シルヴァンは酒の瓶を手に取り、身を乗り出してデュナスのグラスへなみなみと注ぐ。
「ヴァン、ヴィア、その顔やめて下さい。」
「なんだ、どの顔だ?普通じゃないか、なぁヴィア?」
「あぁ、通常だ。デュー、酒が足りないんじゃないか?ぐっといけ、ぐっと。」
ニヤニヤしていた顔を引き締めて、双子はデュナスに酒を勧める。それを隣で見ているザッカスは苦笑を浮かべるだけで、何も言わずに三人を眺めながら酒を飲む。
「この酒をぐっといったら潰れてしまいます。」
「なんだ、デュー、男の癖にそんなに弱いのか?」
「これはヴィアの方が強いんじゃないか?」
「私もそう思う。悔しいのならば飲み干してみろ。」
「お断りです。」
「つまらん男だ。」
「まったくだ。」
なー、と顔を見合わせて、双子は笑った。ヴィーがグラスの中身を飲み干して、シルヴァンも倣うように飲み干して、二人は同時にデュナスを見つめる。赤紫と碧の瞳の視線を一身に浴びて、デュナスは溜息を吐いてからガブリと一口琥珀色の液体を飲み込んだ。
「良いぞ、デュー。それで、ミアがなんだって?」
ニヤリと笑うヴィーのグラスにザッカスが酒を注ぎ足し、差し出されたシルヴァンのグラスにも注いだ。
「ミア、とは踊り子の娘だよな、赤毛の。」
「そう、赤毛で緑の瞳の美しい娘だ。」
シルヴァンが酒の肴を口に放り込み、口を開けて催促したヴィーの口にも同じ物を放り込んだ。むぐむぐ咀嚼する双子の瞳は、未だデュナスに注がれたまま。
「ただ美しい娘だと言っただけです。そもそも小娘に興味はありません。」
「失礼だなデュー。ミアは十七だが、小娘ではないぞ。」
「十も歳が離れていれば小娘ですね。」
ふんと鼻を鳴らしたデュナスはグラスの酒をごくりと飲み込む。
背凭れに体を預けたヴィーは足を組んでからグラスに口を付けて酒を舐めた。
「マーナが言っていたが、お前、ヴァンが相手を見つけるまでは仕事に生きるそうだな?」
「当たり前です。ヴァンは手が掛かるんですよ、貴女も協力して下さい。」
「なんだそうだったのか?俺は初耳だぞ?デューは二十七だろう?そろそろ考えたらどうだ?」
グラスを机に置いて、シルヴァンは木の実を一掴み持ってぽりぽりと囓っている。時折ヴィーに催促され、口へと運んでやる。
「私よりもヴァンですよ。貴方さえ妃を見つけて下されば、私はお見合いでもなんでもします。」
「息子がそう言っているが、どうなんだザッカス?」
静かに見守っていたザッカスは突然水を向けられ、口に含んでいた酒をぐっと飲み込んで、咽せた。
「父上、歳ですか?咽せないで下さい。」
デュナスに背中を摩られて、ザッカスは赤い顔で頷く。
「歳かもしれないな。三人とこうして酒を酌み交わすなど、私も歳を取った。」
「マーナも同じ事を言っていたよ。夫婦揃ってどうした?まだ孫も見ていないではないか。」
「私達の中で七つのままだったシルヴィア様がこうしてご立派になられて目の前に現れたのです。時の流れを感じてしまいます。」
「デュー、お前が嫁でも見つけて孫を見せなければ、二人は一気に老け込むんじゃないか?」
「ヴァン、まずは貴方です。」
ぴしゃりとデュナスに言われ、シルヴァンは口を尖らせてヴィーへと擦り寄る。
「デューは怖いのだ。俺は禿げ上がってしまうかもしれん。」
「可哀想なヴァン。きっとデューは恋が上手くいかない八つ当たりをお前にしているんだよ。」
抱き合う双子を眺めていたデュナスとザッカスは、ヴィーの言葉に凍り付いた。のんきなのはシルヴァンだけで、ヴィーを見上げて恋とはなんだと尋ねている。ヴィーはヴィーで、酒に酔った所為でポロリと出てしまった言葉に内心で冷や汗を掻いていた。
「ヴィー、貴女、何を聞いたんですか?」
たん、とグラスがテーブルに置かれて、デュナスが地を這うような声を出す。ヴィーは双子の弟を抱き締めて、視線をうろうろと彷徨わせた。
「いや、マーナがな、お前の初恋は私だったというものだから、な?」
「ほう、母上が。それで?」
「それで、とは、なんだろうか?」
「それで、貴女は何を探ったんでしょう?」
「ヴィア、これは吐くのが身の為だぞ?罰が軽くて済む。」
ぎゅうっと抱き締められたシルヴァンの助言に、ヴィーは微かに涙目になって頷いた。双子にとって、兄同然のデュナスは未だ畏怖の念を抱く存在なのだ。
「食堂の、ルアナ、という娘だ。お前、髪と瞳の色を見せたら、そんな高貴な方とは一緒になれませんと言われたんだそうだな?」
「そ、こまで、ですか…」
がくんと机に手を付いた息子の肩を叩き、ザッカスは苦く笑う。
「シルヴィア様、まだそれは、傷が出来たてです。」
「なんだ!ザッカスまで知っているのに俺は知らんぞ?デューにとって、俺はそこまでの存在なのか?!」
「ヴァンが出て来るとややこしいので黙ってて下さい。」
「ヴィアー!デューが冷たいぞ!!」
「すまない、ヴァン、私は藪をつついて蛇を出した。」
双子はお互いを抱き締め合って、慰め合う。そんな二人をザッカスは苦笑で眺め、デューは大きな溜息を吐き出してからグラスを手に取ってぐっと酒を喉へと流し込んだ。
「そこまで知っているならば良いでしょう。私はまだ諦めた訳ではありませんしね!」
「だが、会ってもらえないのだろう?」
「シルヴィア様!抉ってはなりません!」
「三人で楽しそうだな、俺は仲間外れだ。」
「大丈夫だよ、ヴァン。後でぜーんぶ教えてやる。」
にこっと笑ったヴィーはシルヴァンの髪をくしゃりと撫でる。それをじと目で睨んで、デュナスは双子のグラスに酒をなみなみと注いだ。
「では次はヴィアの番ですね。さぁまずは、ぐっと飲みなさい。」
笑顔のデュナスを見て、ヴィーは大人しく従うのが身の為だと判断した。グラスを手に取って、半分程一息で喉に流し込む。手の甲で口元を拭ったヴィーの口に、シルヴァンが甘い干した果物を放り込んだ。
「さて、ヴィアにはライオネル殿下…との事ではなく、その前の恋愛はどうしていたのかをお聞きしたいですね。男として生きていたのでしょう?」
腕を組んだデュナスはとても楽しそうに笑っている。それを鼻で笑って、ヴィーはニヤリと口の端を上げた。
「私の男装は完璧でな。皆私を男だと疑わなかったのだ。」
「では、ライオネル殿下が初めてだと?」
「いや、一人いた。盗賊の男だ。今思えば、私の初恋だったのかもしれんな。」
「盗賊とはけしからん!その男とはどうなったんだ?」
「まさか、何某かがあった訳ではないでしょうな?」
シルヴァンとザッカスからの避難の視線に、ヴィーはニヤリと笑って首を横に振る。
「秘密だよ。」
立てた人差し指を唇に当てて笑ったヴィーを見て、三人は諦める。この動作をしたヴィーは、自分で話しても良いと思うまでいくら聞いても教えてくれなくなるのだ。それはすぐの場合もあるし、ずっと先の場合もある。タイミングはヴィーのさじ加減で決まる。
「では、次はヴァンだな。ぐっと飲め。」
「俺は何もないがな。」
ごくごくとグラスの中身を一気に飲み干したシルヴァンの口に、今度はヴィーが干した果実を放り込む。それをゆっくり咀嚼して、シルヴァンは飲み込んでから口を開いた。
「さて、何が聞きたい?」
ソファに深く腰掛けて足を組んだシルヴァンの言葉で、デュナスはヴィーを見て促した。毎日、四六時中シルヴァンの側にいるデュナスとザッカスは、シルヴァンの事をなんでも知っているのだ。
ふむ、と呟いてヴィーは左手の人差し指と親指で耳たぶを摘まんで弄る。それを三人がじっと眺め、ヴィーは口を開いた。
「ヴァン、久しぶりに共に眠ろう!」
「構わん。食堂のルアナの話、聞かせてくれるか?」
「聞かせてやろう。だが私は眠い。」
グラスの中身を飲み干して、ヴィーは立ち上がる。
「ベッドは無駄に広い。二人も共に眠るか?」
「同じベッドには入りませんが、私はここで眠ろうかと思います。朝、陛下を起こさねばなりませんからね。父上は母上が寂しがりますのでお戻り下さい。」
「ではそうしよう。シルヴィア様、何かあれば外に騎士がおりますのでお声をお掛け下さい。」
礼をとったザッカスが退出して、ヴィーとシルヴァンは連れ立って寝室へと向かう。デュナスは毛布を取り出してソファで眠るようだ。
双子がベッドに入ってしばらくして、ヴィーが寝返りを打った。
寝返りを打った先で、シルヴァンは目を開けてヴィーをじっと見ている。その瞳を見返して、ヴィーは口を開いた。
「もういないようだ。」
ふっと息を吐き出して、シルヴァンは伸びをする。
「気配が全く無いのだな。風が頼りか?」
「そうだな。だが、対象は私だけだ。」
「それは、惚れた女の護衛という事か?」
「私があちこち飛び回るからな。最適だろう?」
「過保護な男だな。」
呆れたように呟いたシルヴァンに、ヴィーはふふっと笑う。
「それで、レミノア姫とはどうなんだ?」
「まぁ、良い娘だ。お前こそ、ライオネルとはどうなんだ?」
「私の方は出会って間も無い。だが明日、彼の反応が楽しみだ。」
「まさか盗賊の話、嘘ではないだろうな?」
「本当だよ。」
「ヴィアは昔から、平気な顔で嘘を吐くから恐ろしい。」
「嘘を吐いても、ちゃんとタイミングを見計らって種明かしをするだろう?」
「種明かしされない嘘もありそうだがな。」
「それは、騙されておけば良いんだよ。」
囁き声で会話をした双子は、寄り添い合って目を閉じる。二人の頭に浮かんだのは、幼い頃はこうして母も共に眠ったなという、温かで優しい思い出。懐かしい夢が見られそうだと、穏やかな表情で双子は眠りに就いた。




