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マジェンタの瞳  作者: よろず
第一章生誕祭
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生誕祭最終日2

 マーナに連れられて、ヴィーは控え室へとやって来た。中には正装に身を包んだライとレミノアが既にいて、二人と挨拶を交わしてから椅子に座る。少しするとシルヴァンもやって来てそれぞれに挨拶を交わした。


「ファーストダンス、私達も踊るようだ。」


 会場のドアの前へと移動する途中、ヴィーはライを見上げて呟いた。

 舞踏会用の正装を着たライは、一国の王太子らしく凛としている。腕に添えられているヴィーの手袋に包まれた手をもう片方の手で触れて、ライは微笑みを浮かべた。


「陛下から伺っております。私がリード致しますので、シルヴィア様はダンスをお楽しみ下さい。」

「宜しく頼む。足を踏んでしまわないように気をつけるよ。」

「美しい貴女とダンスが出来るとは、夢のようです。」

「私も、こんなドレス姿でここにいるなど未だに夢ではないかと思う。」


 ふぅっと息を吐いて肩を竦めたヴィーを見て、ライは優しく微笑む。その表情を見上げたヴィーも穏やかに笑った。

 扉が開かれ、先にシルヴァンとレミノアが中へと進む。少し間を置いてからライとヴィーが扉を潜ると、微かなざわめきが会場内を包んだ。多くの視線を受け止めたヴィーは微笑みを浮かべ、淑やかに進む。階段の上、シルヴァン達とは逆側に並んで立ち止まった。


「今宵は生誕祭最後の舞踏会、七日間祭りに付き合ってもらった皆には感謝している。そして、祭りの最後に相応しい客人を招いた。我が姉、シルヴィアだ。」


 シルヴァンに向いていた視線が一気にヴィーへと集まり、淑女の礼を取る。わっと会場が湧いて、ヴィーは内心で苦く笑った。表向きでは姉姫は死んだ事になっていたはずだというのに、城内や貴族達の間では生きていると信じられていたのか、ヴィーが戻ってからシルヴァンとデュナスが根回しをしたのか、人々に拒絶の色は見られない。むしろ好意的な様子だ。

 王の挨拶が終わり、四人は階段を下りて広間の中心へと進む。四人を囲むようにして人々が空間を開け、音楽と共にファーストダンスが始まった。


「お上手ですね。特に問題は見受けられません。」


 微笑みを浮かべたライの耳元での囁きにヴィーも微笑を浮かべたままで返す。


「頭の中では大混乱だよ。貴方のリードが頼りだ。」

「陛下とデュナス殿は練習でよく足を踏まれたと仰っていました。」

「お喋りな奴らだな。私は剣は得意だがダンスは苦手なんだ。淑女には程遠いとよくマーナに怒られた。」

「イルネスの淑女はドレスの中にナイフは仕込まないようですからね。」

「だが貴方の母上は仕込むのだろう?」

「えぇ。血生臭いバークリンでは女性でも自分の身は自分で守る必要があります。」

「私向きの国だ。」

「そのようですね。」


 微笑み合う二人の耳元での囁くような会話は口元がほとんど動かず、誰の耳にも届かないし気付かれない。

 曲が終わりに近付き、ライの手でクルリと回されたヴィーはそのまま身を任せた。

 曲が終わると拍手が湧き起こり、人々に礼をしてから四人は輪の中心を離れる。ファーストダンスの後は皆が思い思いにダンスや会話、会場の端に並べられた料理を楽しむ時間となるのだ。


「流石ライオネル王太子殿下はリードがお上手です。」


 ダンスを終えた四人の下へやって来たデュナスが笑顔で褒める。デュナスと共に、帯剣したザッカスと正装した二人の騎士もいた。王の護衛だなと眺め、ヴィーはドレスよりも騎士達の服の方が良いなとぼんやり考える。ヴィーの視線の先の騎士達は、ほんのりと頬が朱色に染まっていた。


「シルヴィア様、熱い視線を私以外に注がないで下さい。妬いてしまいます。」


 笑顔のライに指摘され、ヴィーは騎士達からライへと顔を向ける。


「貴方に妬いて頂けるなんて光栄ですわ、ライオネル様。」


 いつもの低い声では無く女性らしい声音でふわりと柔らかな笑みを浮かべたヴィーに、ライとシルヴァンが二人揃って目を丸くした。その様を見て、ヴィーは口元を右手で隠してから鈴が鳴るような声で笑う。


「デュナスに言われましたの。会場内ではこのように話しをなさいと。でなければわたくしの羽を奪うと言うのよ、酷いと思いませんか、陛下?」

「え?あ、あぁ、ヴィアから自由の羽をもいでしまうとお前らしさが無くなるな、余はいつものお前が好ましいぞ。」

「私もそのように思います。ですが女性らしいシルヴィア様というのも新鮮ですね。」


 動揺しつつも笑みを浮かべたシルヴァンと、目を丸くした後すぐに気を取り直して微笑を浮かべたライの言葉にヴィーは淑女らしく礼を述べた。それを見たデュナスは満足気に頷いている。


「どちらのシルヴィア様も素敵です!本日のお召し物、綺麗な色ですわ。白い肌が際立って更にお美しいです。」

「わたくしと陛下の母の色ですの。レミノア様は陛下の瞳の色ですわね?」


 ヴィーのドレスは赤、レミノアは青を纏っている。そして、ライのタイと髪を纏めるリボンは赤紫。シルヴァンは緑。お互いのパートナーの色を身に付けるのがイルネスの社交界での礼儀なのだ。ただ、自分より上の人間と同じ色を纏うのは失礼に当たる為、王のパートナーであるレミノアと同じ色は誰も纏えない。その為にヴィーのドレスはライの色では無く母の色になった。

 四人が飲み物を片手に会話を楽しんでいると、貴族達が順に挨拶へとやって来る。挨拶する順番は爵位によって決まっていて公爵から順にやって来るのだが、年頃の娘を連れた貴族達は自分の娘を熱心に王であるシルヴァンに売り込んでいる。他国の王女で妃候補であるレミノアが隣に居ようと、令嬢達は無視をしてシルヴァンへと話し掛けていた。


「王とは人気者なのですね。」


 内心では煩わしく思っていそうだが邪険に出来ず、穏やかな笑みで対応しているシルヴァンとレミノアを眺めてヴィーは感想を漏らした。存在を令嬢達に無視されているレミノアはレミノアで、笑顔でやんわりと彼女達にやり返しているのが凄いとヴィーは感心する。


「陛下はまだ妃を一人も迎えていないですからね。容姿も際立って美しいですし、ご令嬢方が狙うのは当然です。」


 笑顔のライの返事に、ヴィーは手にしていた扇子を開いて口元を隠した。微笑みを浮かべたままで言葉を紡ぐ。


「ご自分の国ではライオネル様もあの様に囲まれるのかしら?国に意中の方はいらして?」

「意地悪なお人ですね。私の心を掴んで離さないのは貴女ですよ、ヴィー。」

「まぁ、嬉しいですわ。貴方のような素敵な殿方の心を独り占め出来るなど、女の夢ね。」


 くすくすと笑うヴィーを見つめて、ライの微笑みが少し苦い物へと変化する。


「なんだか調子が狂ってしまいます。新鮮なのは良いですが、いつものヴィーの方が安心しますね。」

「あら、わたくしもこれはとっても疲れるんですの。ネスとミアに会いたくてたまらないわ。」

「二人はまだ公演の後片付け中でしょうか?」

「恐らくそうだと思います。後で広場の方へも顔を出すのですが、ライオネル様はどうなさるの?」

「休戦協定を結んでいるとはいえ、元敵国の王太子です。イルネスの民の楽しみに水を差すのは偲び無い。」

「賢明なご判断ですわね。」


 手にしていた飲み物を一口飲んで、ヴィーは扇子で口元を隠した状態で重たく溜息を吐き出した。


「ライ、疲れた。部屋に引っ込みたいよ。」


 愚痴を零したヴィーを隠すように前に立ち、ライは優しく微笑む。


「少し、休憩しますか?」

「あぁ。貴族達の挨拶はまだ続くのか?」

「先程の方は侯爵ですからね。皆貴女と言葉を交わしたくてうずうずしているようですよ。」

「勘弁してくれ。これも王族の仕事なのか?」

「そうですね。貴族達の協力を得られないと政が滞ります。」

「流石産まれながらの王太子殿下だ。貴方は上手く立ち回っているようだ。」

「バークリンでは母の前例があるので、普段のヴィーでも寛容かもしれません。」

「そう願いたい。」


 苦く笑ったヴィーの頬をするりと撫で、ライは先程の位置へと戻る。開けたヴィーの視界の先には体格の良い男が三人。顔に傷がある様子から、騎士だろうかと推測する。


「あのお三方は将軍です。ザッカス殿が現れるまではイルネスの三翼と恐れられていた方々ですよ。」


 ヴィーよりもイルネスの貴族に詳しいライは、先程からこうして耳打ちして教えてくれるのだ。会話も上手い具合にフォローを入れてくれていて、今の所はデュナスの助け無しでなんとかやれているのは彼のお陰だった。


「拝謁賜り恐悦至極に存じます、シルヴィア王女殿下。ライオネル王太子殿下も、ご機嫌麗しゅう存じます。」


 三人がそれぞれ挨拶の言葉を述べて、ヴィーとライも挨拶を返す。どうやら、最初に言葉を発した真ん中の男がリーダー格のようだ。三人共、金の髪に碧の瞳。イルネスの貴族はほとんどこの色なのだ。他国の血が混ざった者もいるが、未だ貴族にはこの色が多い。


「鮮やかな真紅のドレスがお美しい。バークリンの王太子殿下がお側にいらっしゃると、ある騎士を思い浮かべてしまいますな。」

「シルヴィア様はバークリンの赤騎士をご存知でしょうか?ライオネル王太子殿下に拝謁する際、お側に控えているのではないかと期待していたのですが、お会い出来ず残念でした。」

「お二人共、レディの前でそのような話は如何かと思いますな。」


 一人が二人を窘めたのを見て、ヴィーは穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。


「わたくしは長い事旅をしておりましたので、バークリンの赤騎士のお話はあちらこちらで耳にしましたわ。貴方がたは戦場で(まみ)えた事がお有りなのかしら?」

「もちろんです。我が国のザッカスでも彼の者に勝てるかどうか。」

「最後の戦でイルネスが勝利をおさめられたのも、赤騎士が不在だったからでしょうな。」

「ライオネル王太子殿下が指揮する戦に赤騎士有りと謳われていたのに姿を現さず、我々としては命拾いをしましたよ。」


 口々に彼らが褒め讃えるバークリンの赤騎士。赤とは戦場でその騎士が浴びた返り血の色で、全身を鎧で包んだ彼の正体は誰も知らないのだ。十三歳で初陣を飾ったライオネルの腹心の部下で、数々の戦の勝利は赤騎士の力があってこそだと言われている。


「しかしギルフォード様は赤騎士不在の戦で戦死されてしまいましてなぁ。」

「あら、赤騎士はいらっしゃらなかったの?」


 手袋を嵌めた指先を口元に持っていき、ヴィーは尋ねた。三人は大きく頷いて、声を潜めて答える。


「違う戦場にいたらしいのです。あと一押しだったのですがね。」

「お三方は中々手厳しい。あの戦、最後は混戦状態でしたからね。何が起こったのやら私にも皆目検討が付きません。」


 苦笑を浮かべたライに視線を向けた三人は豪快に笑って詫びを口にした。


「赤騎士のいる戦場程恐ろしいものは無いのです。」


 しみじみとした呟きを残して、三人が挨拶をして去って行く。その背を見送りながら、ヴィーは開いた扇子で口元を隠した。


「だ、そうだぞ。ライ?」


 赤紫の瞳を向けられたライは、ただ静かに微笑みを浮かべるだけだった。

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