生誕祭六日目4
城内へと戻った二人を迎えたのは、腕を組んだ弟と、腰に手を当てた妹だった。
「葉など付けて何処に行っていた?」
「わたくしと陛下の事、お忘れだったんですの?」
ライの腕に抱えられたヴィーのドレスの裾から葉を見つけて取ったシルヴァン。怒りに顔を引きつらせた彼の隣には、ライと同じ金茶の髪に宝石のような緑の瞳の姫が兄を睨み付けて立っていた。
「忘れてはいませんでしたが、美しい鳥が羽を休めていた所を見つけ、つい独り占めしたくなりました。」
「初めてお会いするのにこのような格好で申し訳ないな、レミノア姫。」
ライの腕から降ろされたヴィーは、どうやら待たせてしまっていたらしい他国の姫に苦い笑みを向ける。
「どうかお気になさらないで下さいませ。シルヴィア王女殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます。バークリン第四王女、レミノアと申します。お噂は陛下と兄上から、それはもうたくさん!お会い出来て恐悦至極に存じますわ!」
ドレスを摘まんだ完璧な淑女の礼を取ったレミノアは、ヴィーを見つめて顔を輝かせた。その表情から噂とは一体どのような物だろうかと、ヴィーは内心顔を引きつらせる。だが浮かべるのは、優雅な微笑み。淑女の礼を返して、挨拶をした。
「長い事旅をしていた紛い物の姫だ。どうか堅くならず、楽にしてくれ。」
「紛い物だなんて!兄上からはわたくし達の母のように凛々しいお方だと伺いましたわ。一座の公演でお会い出来るのを楽しみにしていたのにいらっしゃらなかったでしょう?昨夜も今朝も陛下にお願いしましたのに中々会わせて下さらないんだもの。兄上も探しに行ったきりで独り占めしてしまうし、不機嫌な陛下と二人きりなんて最悪でしたわ!」
一気にそこまで言い切ったレミノアにヴィーは申し訳無かったと再度謝り、シルヴァンは顔を顰めて鼻を鳴らした。ライはただ静かに微笑んで、足の痛むヴィーの体を隣で支えている。
「余も雛鳥のように五月蝿いそなたと二人きりは地獄だ。それよりヴィア、怪我でもしたか?何故抱えられていた?」
「あぁ、慣れない靴で歩き回った所為だ。大事ない。」
「まぁ!それはいけませんわ!どうかお掛けになって?すぐに手当てしませんと、美しい白い肌に傷が残ってしまっては大変!」
「そうだな、座れ。そしてライオネルはヴィアから離れろ!」
苦笑した顔をヴィーと見合わせてからライは離れ、シルヴァンとレミノアに促されてヴィーは椅子に座った。控えていた侍女がすぐさま足下に膝をつき、靴を脱がせて消毒して包帯を巻く。あまりにも行動が素早く、ヴィーは舌を巻いた。
「手間を掛けさせたな、ありがとう。」
「勿体無い御言葉でございます。」
微笑んだヴィーを見上げた侍女は頬を染めてすぐに下がる。
包帯が巻かれた足では靴が履けないなとぼんやり考えているヴィーは、熱い視線が注がれているのに気が付いた。顔を上げた先では、レミノアがうっとりとした表情でヴィーを見ている。
「レミノア姫?」
「わたくし、本当にお会いしたかったんですの。シルヴィア様のお話をなさる陛下は、優しくて悲しそうなお顔をなさるんですもの。陛下と同じ綺麗な御髪。瞳もお美しいわ。」
「ヴァンはそんなによく私の話をするのか?」
「はい。子供の頃の思い出話をたくさん聞かせて頂きました。わたくしも兄を慕っておりますので、まるで自分の事のように胸が痛んでしまって…見つかったかもしれないと陛下は喜んでいらしたのに、陛下やデュナス様に何を聞かれても兄上はのらりくらりと話を逸らしてしまうんですもの、あの時の兄上は意地悪でしたわ。」
その時を思い出したのか怒りを表情に乗せたレミノアに、ヴィーは苦笑を向けた。
「どうかライオネル殿を責めないでくれ。私が頼んだのだ。」
「そうなんですの?」
「あぁ。彼は何も話していないのか?」
「全く、何も。シルヴィア様のお話をして下さったのはつい先程ですわ。でもわたくし、兄上が恋をしている事には気付いていましたの!」
途端に緑の瞳がキラキラと輝いて、レミノアはにっこりと無邪気に笑う。
「兄上は優しくて紳士ですし、剣の腕も立ちますわ!顔立ちだって整っていますし、国ではご令嬢方の憧れの的なんですのよ?」
「それは困るな。私は夫を独り占めしたい。」
「安心して下さい、ヴィー。私は貴女以外に妻は娶りません。」
すっと近寄ったライが跪いてヴィーの手を取る。指先にキスを落としてからヴィーを見上げてにっこりと微笑んだ。
「まぁ!そういう事ですの?大変ですわ陛下、どうしましょう?」
「どうもしない。許さん。」
「陛下、駄々をこねる物ではありませんわ。姉離れなさいませ。」
「昨日の今日だぞ?それに、戦ばかりの不安定な国へはやれん。」
「そこは兄上がなんとかしますし、陛下にはわたくしがおります。」
「雛鳥のように五月蝿いではないか。」
「でもお嫌いではないでしょう?」
ふんと鼻を鳴らしたシルヴァンの頬は微かに赤い。ヴィーとライは二人のやり取りを黙って見守った。
「シルヴィア様程の美しさはないですが、わたくしは愛に溢れた家庭を築きますわ!子供もたくさん産みます!だから陛下はわたくしを愛して下さい。」
「愛などと、そんな簡単な物ではない。」
「はい!頑張ります!」
「頑張ってどうにかなる物でもない。」
「わたくしは、陛下をお慕いしております。」
「余の顔を慕う者は大勢いる。」
「お顔も素敵ですが、その素直じゃない所も可愛らしいですし、努力家なのも素晴らしいと思いますわ。あとは家族思いですし、意地悪に見せ掛けてお優しいですし、寂しがりやなのもお可愛らしくて好きです。」
「〜っ!余は忙しい!生誕祭でも雑務はたくさんあるのだ!ヴィアを残して部屋に戻れ!」
「すぐに照れる所も好きですわ。」
「五月蝿い!出て行け!おい、ライオネル!何故ヴィアを連れて行く!」
ヴィーが手を伸ばすとライが抱え上げ、二人は部屋を出て行こうとした。それを真っ赤な顔でシルヴァンが止めて、足を止めたライが振り返る。
「ヴァン、私はまた出掛けて来る。許可をくれ。」
「やらんとまた壁を越えるんだろう?そういえば、他の出口とはなんだ?騎士達が困惑していた。」
「あぁ、あれは冗談だ。壁を越えられるのならばどこでも出口だがな。」
「ヴィアは昔以上に凄い女になったな。」
「ありがとう。伊達に男として生きてはいない。」
「ライオネルも行くのか?」
「はい。お供致します。」
「まぁ、なんだ、騎士達を困らせるな。」
苦笑して手を振るシルヴァンに了承の返事をして、ヴィーを抱えたライは部屋を後にする。
「お気を付けて行ってらっしゃいませ。お土産話、楽しみにしていますわ。」
「レミノア!お前も部屋に帰れ!」
「あら、陛下が寂しいかしらと思いましたの。お茶を淹れますわ。お好きな焼き菓子もご用意致します。」
「……とびきり甘い物がよい。」
「はい!心得ておりますわ!」
背後から聞こえる仲の良い会話に顔を見合わせて笑い、部屋を出たライは廊下を進む。
「愛らしい妹君だな。」
「あれでいて恐ろしい姫です。母の娘ですから。」
「ヴァンにはそれが丁度良い。守るだけでも、守られるのでもなく、共に並び立つ者が必要だ。」
「レミノアは並び立てるでしょうか?」
「そう判断したからこそ、この国へ連れて来たのだろう?」
「……はい。姫にしておくには惜しい子です。」
「剣の腕も立つと聞いた。いつか手合わせ願いたいな。」
「それも、あまり知られていないんですが…風に聞いたんですか?」
「風はどこにでもいる。」
「私の事は、何か?」
躊躇いがちに問うたライはチラリとヴィーを見下ろす。ふふっと笑って、ヴィーはライの肩に頬を寄せた。
「惚れてしまうような事を色々と。」
「それはどのような事でしょう?」
「聞きたいのか?」
「それは、まぁ…伺いたいです。」
「秘密だ。」
「残念です。」
甘えるように擦り寄るヴィーに心臓が壊れそうになりながらも、ライは優しく抱き締める。
仲睦まじく見つめ合い微笑んでいる二人を、物陰から多くの人間が静かに温かい眼差しで見守っていたのだった。