生誕祭六日目
いつものように日の出と共に目が覚めてしまったヴィーは、暇を持て余していた。部屋の中で剣を振り回して鍛錬する訳にも行かず、昨日の今日で城を抜け出したら流石に不味いだろうかと頭を悩ませる。だが退屈に殺されてしまいそうで、ヴィーは無駄に広くてふかふかのベッドから抜け出して、着替え部屋を覗いた。
昨日の服は洗濯の為に何処かに持って行かれている。女物の服しか無い中で、比較的簡素で動き易そうな、街に溶け込める服を選んで着替えた。
腰には剣帯を巻いて剣を差し、見つけた新しいマントを羽織る。
起こしに来たマーナがショックを受けて倒れてしまわないように手紙を書いて、窓から外へと出た。与えられた部屋は王城内の四階にあるが、ヴィーには問題ではない。
「ライは何処かな?」
ライは起きているだろうかと考えて、呟いたヴィーは耳を澄ませる。そして、窓から飛び降りた。バルコニーや壁の出っ張りなどを伝い、ひょいひょいと進む。進んだ先のバルコニーに降り立って、静かに窓をノックした。
起きている気配はする為、耳を澄ませてじっと待つ。
「ヴィー?どうやって来たんですか?」
いつもの服装に既に着替えていたライは、窓を開けて驚いた顔をした。
「おはよう。ひょいひょいっと来た。」
「ひょいひょいって…ここは三階ですが…」
「問題無い。それよりもその格好、何処かに行くのか?」
「ネス達の様子を見に行こうかと思っていました。」
「私も行く。」
「では、共に参りましょう。」
「あぁ。いつもどうやって行くんだ?」
「いつもは、廊下を通ると面倒なのでここから降ります。」
「私もそれで構わない。バレて止められるのは面倒だ。」
ヴィーの発言に苦笑しているライを促して、二人は身軽に壁を伝って地面に降り立った。
「その服装もお似合いですが、少し動き辛そうですね?」
「これしか無かったんだ。テントに着替えがあるから持って来ようと思う。」
話しながら歩いて、二人は通用口に辿り着いた。ライの訪れには慣れているようだが、騎士はヴィーの姿を見ると目を丸くする。
「シルヴィア様の外出の許可は伺っておりません。」
「そうか。だが通してくれないのならば他の出口を知っている。他国の王太子に知られたく無ければ黙って通してくれ。」
「それは…」
「ならば仕方ない。壁を登ろう。」
「は?」
渋る騎士に微笑み掛けて、ヴィーは近くの木にするすると登り始める。呆然と身守るライと騎士達の目の前で、ヴィーは木のてっぺんから城壁に飛び移り、簡単に城壁のてっぺんまで辿り着いてしまった。
「ライ、行くぞ!」
ライへと声を掛けて、ヴィーの姿は城壁の向こうへ消える。
「これは、貴方がたの責任ではないですね。しっかりお守りします。」
苦笑して出て行くライを敬礼で見送ってから、騎士の一人が報告の為に駆け出したのだった。
ライが通用口から出るとフードを目深に被ったヴィーが待っていた。
「城壁を登ってしまうとは、驚きました。」
「日頃の鍛錬の賜物だ。」
鍛錬でどうにかなる問題ではないと思ったが口には出さず、ライは笑う。二人は並んで歩き始めて、ヴィーが背後を気にしているのに気が付いた。
「護衛の方です。」
「いつもライは撒いてしまうんだろう?」
「はい。悪いとは思いますが、見張られているのは落ち着きません。」
「私もだ。」
フードの中でにっこりと笑ったヴィーはライの手を取って走り出した。そのまま大通りの人混みに紛れて、人の間を縫って進み脇道に入る。何度も曲がって道を変えながら駆け抜けて、また大きな通りで人混みに紛れた。しばらくそうして進んで、ヴィーは走るのを止めてライを見上げる。
「生き生きとしていますね?」
「あぁ。楽しい。」
掴んでいた手を離そうとしたヴィーの手をライの手が追って捕まえた。首を傾げて見上げた先のライの頬は、ほんのり赤く染まっている。
「こうして、歩いても良いでしょうか?」
「構わない。」
ほっとした表情で笑ったライとフードで表情の見えないヴィー。二人は寄り添うように近付いて、手を繋いで一座の野営地へと向かった。
フードを被った二人が一座の野営地に辿り着くと、皆公演の準備で忙しなく動き回っている。中にはライに気が付く人間もいて、一緒にいるのがヴィーだと分かると女の格好のヴィーを物珍し気に眺めたり、笑ったり、様々な反応をした。
ミアとネスの姿を探して歩いていると、背後から忍び寄る気配に気が付いた。まだまだだなと笑って、ヴィーは振り向く。
「ネス、ただいま。」
「やっぱヴィーなの?」
そうだと肯定するとネスは泣き笑いの顔で抱き付いて来た。
「昨日の今日じゃねぇか!俺の涙返しやがれ!」
ネスにぎゅうぎゅうに抱き締められる腕の中で、ヴィーはくすくす笑う。
「退屈で抜け出して来てしまった。」
「お姫様って暇なの?」
「どうだろう?ちゃんとしたお姫様を私はやった事がない。」
ヴィーらしいなと笑ったネスは、ミアの元へとヴィーを引っ張って連れて行く。昨夜はミアは泣き続けて大変だったらしい。そんな大層な別れ方をしてしまったのにあっさり帰って来てしまって申し訳無いなと苦笑するヴィーに、まったくだとネスが笑顔で同意した。
二人の後ろには、穏やかに微笑むライが付いて行く。
「姉さん!これ誰だと思う?」
ネスの声で振り返ったミアは考えるように一瞬眉を寄せてからすぐに顔を輝かせた。
「ヴィー!お帰り!」
「ただいま、ミア。目が腫れている。」
「だって、こんなすぐに帰って来られるなんて思わないじゃない!もう会えないんじゃないかって思ったんだから!」
「すまない。お姫様という奴は暇らしい。」
「何よ、それ?元々お姫様なんでしょう?」
「そうだが、違う。」
「良くわかんないけど、まぁ良いわ!ご飯は食べた?どのくらいいられるの?」
「食事はまだだ。その内怒り狂った迎えが来る。それまでだ。」
「内緒で来ちゃったの?」
こくんと頷いたヴィーに仕方ないなと笑い、ミアはヴィーをぎゅうぎゅう抱き締める。
「何か手伝う。」
「そんなに暇なの?ライもしょっちゅう来るもんね?」
ミアの言葉にライが苦く笑って、二人は公演準備の手伝いをする。
バーンズやビアッカ、ロイドとも会話しながら作業をしていると、あまり時間が立たずにフード姿の二人の迎えがやって来た。
シルヴァンとザッカスだ。
「ヴィア!昨日の今日で姿を消すな!マーナが倒れる所だ!」
「おはよう、ヴァン。暇だったんだ。」
「ライオネル、貴様俺よりもヴィアといるではないか!卑怯だ!」
「おはようございます。その点については、申し訳無いとしか言いようがないですね。」
ぷんぷん怒ったシルヴァンが歩いてヴィーに近付き、手を取ろうとした所をネスとミアがヴィーを抱き込んで阻んだ。
「姉さん、本当に王様かな?」
「わかんないけど、イメージ違うね?」
「あれは仕事用だ。ヴィアを返せ。」
手を差し出したシルヴァンをじっと見て、ネスとミアはぎゅうぎゅうヴィーを抱き締める。
「お前達はずっと一緒だったんだ。俺も、姉と時を過ごしたい。」
悲しげな声を出して俯いたシルヴァンに、ネスとミアはぐっと喉を詰まらせてから渋々離れた。すかさずシルヴァンは手を伸ばしてヴィーを引き寄せる。
「狡くなったんだな。」
「狡く無ければ王など出来ん。」
感心したようにヴィーが呟くとシルヴァンは鼻を鳴らした。
「また隙を突いて抜け出して来る。」
シルヴァンに引き摺られながらひらひら手を振るヴィーを見送って、ネスとミアは王様は狡いのだなと学んだのだった。