生誕祭五日目3
野営地を離れた五人は真っ直ぐ王城へと向かった。
イルネスは大国で、戦争を繰り返して他国を吸収して来た国だ。その為、イルネスには色々な人間がいる。首都であるライア程多様な髪色、瞳の色の人間が集まる街は他の何処にもないだろう。だがその中でも、プラチナブロンドの髪を持つ人間は王城にしかいない。プラチナブロンドの髪に碧の瞳と言えば、すぐにシルヴァン王へと結びつく。そして赤茶の瞳と言えば王の側に侍るガーランド一家の三人だけ。お忍びで出掛ける時には、シルヴァンもザッカスもデューも、マントのフードを深く被ってしまった方が目立たないのだ。
「ライはここから抜け出していたのか?」
王城の中へは正面からではなく、通用口を使って入った。警護の騎士は慣れているのか、フードを取った五人の顔を確認すると中へと通してくれる。その際、ヴィーを見た騎士達が泣き出さんばかりに顔を歪めたのにはヴィーは笑うしかなかった。
「陛下に教えて頂いたんです。許可も頂いていたので、出入り自由でした。」
「ライアの街はそんなに平和になったのか?他国の王太子が城と街を自由に行き来するのは問題だろう。」
「ヴィーはなんでもご存知なんですね。私の顔はあまり知られていないのですが…」
苦く笑うライを見上げて、ヴィーは微笑んだ。
「風は全てを知っている。」
「ヴィア!」
鋭く窘めたシルヴァンに、ヴィーは笑顔を向けて肩を竦めた。
「ライは私を嫁に欲しいらしいぞ。未来の夫君だ。問題無いだろう?」
ヴィーの発言にライは頬を赤く染め、他の三人は驚愕に目を見開く。そしてシルヴァンは、ヴィーとライの間に割って入って二人を引き離した。
「美しいヴィアに惚れるのは構わんが、嫁にはやらん!バークリンとの仲はレミノア姫で事足りる。」
「レミノアを貰って頂けるのですか?」
「交渉中だ。まだ妃は必要ない。」
「陛下、不用意な発言はお控え下さい。ヴィアも、ヴァンを動揺させて遊ばないで下さい。困るのは私です。」
デューに怒られて、ヴィーはくすくすと笑う。そしてまた、爆弾発言を落とした。
「だがな、私はライを好いている。」
「ヴィー、とても、嬉しいです。」
頬を染めて微笑み合う二人の間で、怒りに顔を赤くしたシルヴァンがヴィーを抱き締めてライの視線から隠す。ライは困ったように笑って、ヴィーは弟の反応をくすくすと笑い楽しんでいる。
デューとザッカスは後ろでその様を眺め、帰って来たばかりの王女がもたらした新たな問題に溜息を零したのだった。
人気のない通路を通って辿り着いた一室では、プラチナブロンドの髪に赤茶の瞳の女性が五人を迎えた。
目に一杯の涙を溜めた女性の名はマーナ・ガーランド。ザッカスの妻で、デューの母親だ。
「マーナ、息災であったか?」
笑顔のヴィーが駆け寄ると、マーナは涙を流しながらヴィーを抱き締めた。
「お会いしとう御座いました。貴女様がライアに居るかもしれないとデュナスに聞かされてから、マーナはいても立っても居られず、何度街を探して彷徨った事か…」
「デューも完全に見つけてから告げれば良いものを、いらぬ気苦労を掛けたな。」
「私の所為にしますか?そもそも貴女がとっとと帰って来て下されば、私も母もヴァンもいらぬ気苦労を抱えずに済んだんですよ。そこを忘れないで頂きたい。」
「まぁデュナス!シルヴィア様になんて事を言うのかしら!貴方が嫌で帰って来なかったのかもしれないわ!」
「馬鹿な事を仰らないで下さい母上!ヴァンが真に受けます!」
ぎゃいぎゃいと言い合う母と息子を眺めて、ヴィーは声を上げて笑う。十五年経っても変わらないのだなと胸がじんわり温かくなった。
ガーランドの家族とヴィー達姉弟は直接の血の繋がりはない。元々双子の母に仕えていたザッカスとマーナが、彼女の輿入れの際に三歳のデュナスを連れて共にイルネスに来たのだ。双子が産まれた時からガーランド一家はすぐ側にいた。その為、五歳年上のデュナスは兄のような存在で、ヴィーのもう一つの家族が彼らなのだ。
「積もるお話もあるでしょうが、まずはお召し変えを致しましょう。マーナが昔のように髪を結って差し上げます。」
「私はこの格好の方が楽なんだがな。」
苦く笑うヴィーを笑顔で見やり、マーナは首を横に振る。
「そのような服装、マーナは許しませんよ。陛下達も着替えていらして下さい。」
昔から誰もマーナには逆らえないし逆らわない。
ザッカスとデュナスは素直に返事をしてから扉へと向かい、シルヴァンは名残惜しげにヴィーを抱き締めてから踵を返した。
「シルヴィア王女殿下、また正式にご挨拶に伺います。」
ライがヴィーへと歩みより、右手の拳を胸に当てて左手の拳を背中に回した礼を取る。ヴィーは優雅な笑みを浮かべて黒手袋を取った右手を差し出した。
「ライ、貴方はどうかヴィーと呼んでくれ。誰にもそう呼ばれなくなってしまうとあの日常が遠のくようで泣きたくなる。」
「貴女の望む通りに致します。ヴィー、貴女をもう少し、独り占めしていたかったです。」
ヴィーが差し出した右手を取って指先にキスを落としたライは、微笑を浮かべる。
「デュナスに勘付かれたライの落ち度だ。またすぐ、会いに来てくれるか?」
「えぇ、すぐに。」
「ライオネル!いつまでヴィアの手を握っている!さっさと離れろ!」
シルヴァンの怒りの声を二人で笑い合って、ライはヴィーの手を離してシルヴァンの元へと向かった。
扉の向こうへと消える男達の背中を眺めていたヴィーは、これからマーナにされる仕打ちを思って、うんざりとした溜息を零す。
「マーナ、全て一人で出来るのだが…」
「シルヴィア様!この十五年、マーナがどれ程心を痛めたか…心配させた上に楽しみまで奪うとは仰いませんよね?」
「………好きにしてくれ。」
「そう致します。まずはお風呂ですわ。ピカピカに磨いて差し上げます!」
「お手柔らかに頼む。」
泣きそうに顔を歪めた後ですぐに満面の笑みになったマーナを見て、こういう人だったなとヴィーの頬が緩んだ。
マーナに手を引かれ、風呂場へと連れて行かれて着ていた物を全て脱がされる。
「素敵な色の首飾りですね。」
首に掛かった首飾りを見たマーナの言葉に、ヴィーは青と赤のガラス玉を手に取って微笑んだ。
「ライからもらったんだ。」
「まぁまぁ、そんなお顔をなさるようになったんですね。大事になさいませ。」
こくんと頷いて、首飾りを外してマーナに手渡した。受け取った首飾りをマーナは丁寧に扱って、台の上にそっと置く。
「マーナ、服は残しておいてくれ。また着る。」
「畏まりました。お忍びの時には女性用の服をご用意致しますよ?」
「十五年、男として生きていたんだ。女の服は落ち着かない。」
「まぁ…ラミナ様がお聞きになったら、さぞやお嘆きになる事でしょうね。」
母の名に、ヴィーの喉はぐっと詰まった。
湯気の漂う浴場内で、マーナに湯を掛けられて体を擦られる。されるがままに力を抜いて、ヴィーは母の紅いルビーの瞳を思い出す。
優しく穏やかに笑う人だった。
双子と母の元へとたまに訪れる、王だった父。愛し合う二人は、共にいる時にはいつも幸せそうに笑っていた。
何がいけなかったのか。
何処から狂っていたのか。
最後に目にした母は苦しみに顔を歪ませて、口から血を流して倒れていた。その光景を消すように、ヴィーはぐっと目を瞑る。
失った日常。
戻って来た日常。
どれも大切で、ヴィーには選ぶ事など出来なかった。結局ライの言った通り流れに身を任せてしまったなと、ヴィーは内心で苦く笑ったのだった。