生誕祭五日目2
野営地に戻ってすぐ、ヴィーの姿を見つけたミアは駆け寄って抱き付いた。ネスも駆け寄って抱き付くものだから、ヴィーは受け止め切れずに後ろに倒れて尻餅を付く。二人の様子に苦く笑って、ヴィーは二人の背中をぽんぽんと叩いた。
「会ったのか?」
「誰に?」
ぼそりと問い返したネスに苦笑して、ヴィーは静かな声で続ける。
「王様。」
「会ったよ。ヴィー、顔見せて?」
ミアが体を離して懇願する。ネスもじっとヴィーを促して、離れた所では一座の全員が静かに見守っている。
「皆、何か言われたか?」
首を傾げて皆を見回しているヴィーに、全員が頷いた。それを見たヴィーは小さく苦い笑いを零す。
「もう、逃げられないか。」
「逃げるよ。ヴィーが一緒にいてくれるなら、俺、一緒に逃げる。」
「私も。ヴィー、いなくならないでよ!」
泣き出してしまったミアとネスを抱き締めて、ヴィーは大きな溜息を吐き出した。
「逃げられないよ。騎士達がずっと私を見張っているんだ。」
ヴィーの言葉に息を飲んで周りを見回した一座の面々の目には、転々と取り囲むように配置された騎士達の姿が飛び込んで来た。
「一人なら逃げられる?」
ヴィーなら出来るだろうと小声でしたネスの提案に、首を振って否定する。
「逃げるのはおしまいだ。」
ごろんとヴィーは地面に倒れ込んで、空を見上げる。
「楽しかったな、皆との日々は。自由で、優しく、温かく、血の繋がった家族より長く居た。」
大の字で寝転がったヴィーをミアとネスが見下ろす。フードが目元を覆っていて、白く小さな顎と桃色の唇だけが見えている。
「ヴィー、王様はあなたに酷い事しない?」
ビアッカが寝転ぶヴィーの側に膝を付いて、不安気に緑の瞳を揺らす。ヴィーの唇が弧を描いてから、開かれる。
「大丈夫。弟だ。」
「あんまりにもそっくりで肝が冷えた。双子か?」
ロイドもヴィーの側に座って、見下ろす。
「そうだ。立派な男になってたか?」
「威厳があって、凛々しいお人だったよ。」
バーンズは立ったまま、ヴィーを見下ろして禿げ上がった頭を撫でた。
起き上がり、ヴィーは座ったままでバーンズとビアッカ、ロイドに頭を下げる。
「怪しい子供を拾ってくれて、ありがとうございました。」
ビアッカがヴィーを見つけたのは森の中だった。旅の途中、野営の準備を終えてから二歳のミアを連れて夕暮れの森を散歩している時に、黒いマントを体に巻き、血塗れのドレスを着た子供が倒れているのを見つけたのだ。駆け寄って息があるのを確認して、ロイドを呼びに戻った。
服に付いた血の量には驚いたが、子供は無傷だった。血が固まった服は脱がせ、体の汚れを落として様子を見る。
目を覚ました子供はヴィーと名乗り、馬が怪我をして歩けなくなり死んでしまったのだと言う。何か事情のありそうな子供に、バーンズが行き場が無いのなら共に来るかと声を掛けた。それに頷いて、ヴィーはずっと一座と共にいる。
「もう一緒に、いられないのか?」
ぐずぐずに泣いたネスがヴィーの首に縋り付いて、マントの肩に顔を埋めた。ぎゅうっと抱き締めて、ヴィーは笑う。
「どうだろう?答え次第かな?」
じっとヴィーがネスの背後を見つめているのに気が付き、ネス達は振り向いた。一座の人垣の間を割るように現れたのは、いつものマント姿のライと深くフードを被った人間が三人。
「顔を確認しに来た。」
ヴィーにそっくりな声が告げて、ネスを抱き締めているヴィーを見下ろした。後ろには、背が高い男らしきマント姿の二人が控えている。その内の一人は公演を観に来たのと同じ人物だろうとネスは思った。
「こんなに自由な国だったか?」
「変えたのだ。いつでも帰れるよう、手筈も整えてある。」
「頑張ったんだな、ヴァン?」
ネスから体を離して立ち上がり、ヴィーは静かにフードを下ろした。
零れ落ちたのは一つに結わえられたプラチナブロンドの髪。現れたのはシルヴァン王に瓜二つの女の顔で、瞳は赤紫色をしている。
「ずっと探していたんだぞ!」
自分のフードも外して、シルヴァンはヴィーを掻き抱いた。
同じ髪色。同じ顔。だが、二人並ぶとシルヴァンの方が背が高く、体付きもがっしりとした男の物だ。声も、ヴィーより少し低い。
「大きくなったな。双子なのに、私より大きい。」
「当たり前だ!俺は男だ、全く同じでは困る!」
「後ろの二人は?」
ヴィーの視線を受けて、後ろに控えていた二人も素早くフードを外して地面に膝を付き頭を垂れる。
壮年の男はがっしりとした体格で短く髪を刈っている。もう一人は年若く、肩までの髪を後ろで一つに結っていた。そしてどちらも、プラチナブロンドの髪で瞳は赤茶色。
「シルヴィア様、お久しゅうございます。」
「久しいな、ザッカス。昨日ライがマーナのケーキを持って来てくれた。」
「妻も会いたがっております。ここに共に来ようとしたぐらいです。」
「私も、会いたい。」
シルヴァンの腕の中でヴィーは壮年の男と会話をする。ザッカスは、目に涙を浮かべてヴィーを見上げている。その顔は喜びに溢れ、ヴィーの健在を心から喜んでいる様子が伺えた。
「デューは大人になったな。」
「当たり前です。何年経ったと思っているんですか?私もヴァンも、貴女を探すのにどれほど骨を折ったか聞かせてあげますよ。」
「口は相変わらずだ。」
デューと呼ばれた若い男は軽口を叩き、だがヴィーを見上げる瞳は優しく細められている。
クスクスと笑うヴィーを見つめ、デューは穏やかに微笑んだ。
「お元気そうで何よりです。ライオネル殿下の怪しい行動を探ったかいがありました。私の苦労も報われます。」
「やはりライの所為だな。」
「すみません、ヴィー。」
少し離れた所で見守っていたライが苦く笑う。
「やっとフード無しのお姿を拝見出来ました。やはり、お美しい。」
うっとりと頬を赤く染めたライへにっこり笑い掛けて、ヴィーは一向に離れようとしないシルヴァンの背を叩いた。
「ヴァン、それで?私はすぐに城へ行かないとならないのか?それとも見逃してくれるのか?」
「馬鹿を言うな。どれだけ苦労して探したと思っている。見逃しなどせぬ。」
「姉離れをしないとだぞ。」
「十五年だ。生きていると信じて十五年。酷な事を言うな。」
「……全てを、お前に押し付けて帰らなかった姉だぞ?帰ろうと、居場所を知らせようと思えば出来たのに…」
「構わない。俺にはヴィアしかいない。」
ぎゅうっと力一杯に抱き締められて、ヴィーはシルヴァンの長い髪をそっと撫でた。何かを考えるように目を伏せて、体を離すよう手でシルヴァンを促す。
「ヴァン、彼らにはとても世話になったんだ。」
振り返ったヴィーの赤紫の瞳には、十五年、苦楽を共にした家族の姿が映る。みるみる内に涙が溜まり、流れ落ちた雫がヴィーの白い頬を濡らした。
「お世話に、なりました。」
深く、深く、ヴィーは頭を下げる。
「ヴィー、やだ。行くなよ。」
泣いて縋るネスを抱き締めて、ヴィーは赤毛を掻き回した。
「ネス、鍛錬を怠るなよ?お前が家族を守るんだ。」
ぎゅっと抱き締めてから体を離して、ヴィーはミアに抱き付く。
「騙してごめん、嘘付いててごめん。大好きだよ、ミア。」
「わ、私もヴィーが大好き!行っちゃ、やだよ!」
二人でぼろぼろに泣きながら抱き締め合って、ミアから離れたヴィーはビアッカとロイドの胸に飛び込む。
「ありがとう。二人には本当に世話になった。」
「今生の別れじゃねぇんだ!また顔出せよ?」
「そうよ。お城に監禁されちゃう訳じゃないんでしょう?」
「あぁ。また、会いに来る。」
泣きながら笑って抱き合って、最後にバーンズに歩み寄り両手を握った。
「体に気を付けて、いつまでも元気でいて下さい。」
「ヴィーもだよ。また顔を見せておくれ?」
「はい!」
バーンズのハゲ頭にキスをして、ヴィーはシルヴァンの元へ戻った。
「姉上が世話になった。」
シルヴァンが頭を下げて、それに倣ってザッカスとデューも深く一座の全員へと頭を下げた。
王に頭を下げられて動揺する人々を残し、フードを深く被り直した五人は野営地を後にしたのだった。