生誕祭四日目
生誕祭の四日目がシルヴァン王が生まれた日だ。
王城では朝から盛大なパーティーが行われているらしく、街の人々も王城に向かって杯を掲げる。
王城前の広場では城の料理人が腕を振るった料理が振舞われており、街に住む人間や外から生誕祭に訪れた多くの人々で賑わっていた。その中に、ネスとミア、ヴィーもいた。
今朝はライの訪れは無く、静かで忙しいいつも通りの朝だった。公演の準備を終え、宣伝がてら三人で街を歩き、食べ物の香りに誘われたネスの提案で料理を受け取る列に並んだ。ヴィーは料理には興味が無かったが、ネスとミアと離れてしまっては探すのに難儀しそうな為に共にいる。
「太っ腹な王様だな!」
「本当。こんなにたくさんの人に食事を振る舞うなんて、すごいよね!」
「料理人達は大変だろうな。」
苦笑しているヴィーの言葉に、ネスとミアは笑った。
騎士達によって列が整理され、大きな混乱も起きずに順番に料理が配られている。次から次へと集まる人々に料理を配る人間達も大変そうだが、不満の色は伺えない。皆顔は輝き、楽しそうに仕事をこなしていた。
料理を受け取った三人は広場の端の空いた空間で昼食代わりにそれを食べる。一口食べて、ミアとネスは眉間に皺を寄せた。不味い訳ではない。むしろとても美味しい。ただ、味に覚えがあったのだ。
「これさ、ライが持って来たのと同じ味だ。」
「やっぱり?似たようなの食べたなって、私も思ったの。」
姉弟は手の中の食べ物を見下ろし、ほぼ同時にヴィーへと顔を向けた。ヴィーは黙って、料理を口に運んでいる。
「ヴィー、ライってなんなの?やっぱり貴族か?」
「……知らない方が良い。」
「なんで?ヴィーは知ってるのよね?」
ネスとミアの視線を受けて、ヴィーは右手の人差し指を立てて口元に持って行った。黙れと動作で言われ、二人は唇を尖らせて押し黙る。
教えてもらえず不満だったが、二人はヴィーに従って黙ったまま食事を完食した。
「私も本人から聞いた訳ではない。だが、二人は知らない方が良い。」
空になった器を返して王城前の広場から離れた所でヴィーが口を開いた。先程の続きだと理解して、ネスは首を傾げる。
「知ったらどうなるんだ?」
「平穏が崩れる、かもしれない。」
そう言ってヴィーは小さく笑った。そして言葉を続ける。
「生誕祭の全日程、無事に終わって皆でここを離れられたら教えてやる。」
「離れられないかもしれないの?」
不安で顔を曇らせたミアの頭をヴィーの黒手袋の手が優しくぽんぽんと撫でる。
「かもしれない。昨日の人達が放っておいてくれたら、一緒に行ける。」
「私、ヴィーとお別れするなんて嫌よ!」
「俺も!一緒に逃げてやるから、そんな事言うなよ!」
泣きそうに顔を歪ませたミアとネスがヴィーの前に立ち塞がり、ヴィーは手を伸ばして、二人を抱き締めた。
「でも多分、彼らは私に気付いてしまった。」
「彼らって?怖い人?」
「怖くはないよ。私が、捨ててしまった人達だ。」
「ヴィーの、家族?」
ネスの質問には答えず、ヴィーは二人の手を取って歩き出す。
多くの人でごった返した通りを三人は手を繋いで黙って歩いた。
公演も、夕飯も全て終わって眠りに就くだけの夜遅く。マント姿のライが籠を持ってヴィーの前に現れた。
にっこり笑うライに歩み寄り、ヴィーは人のいない隅へとライを誘う。
木箱の上に並んで腰掛けると、ライが手を伸ばしてヴィーのフードを少しだけずらした。
「ヴィー、おめでとうございます。」
「あぁ。何を持って来たんだ?」
「ケーキです。くすねて来ました。」
「そうか。」
ふふっとヴィーが笑い、ライは穏やかに微笑んでその笑顔を眺める。
「少し、触れても?」
確認の言葉で、ヴィーの赤紫の瞳がライを映した。離れた場所で揺らめく松明の灯りで瞳はゆらゆら輝いている。
無言は了承だと受け取り、ライはそっとヴィーの頬に触れる。白い頬を右手で包み込み、赤紫の瞳を見つめているライの心臓は、痛いくらいに高鳴っていた。
「貴女に、心を奪われてしまいました。」
「後戻りは諦めたのか?」
「貴女の平穏を壊したくはない。だけれど、勘付かれてしまいました。」
「だろうな。ライがここへ来なければ、私はただの怪しい人物で終われたんだがな。」
「イルネスの騎士達は優秀ですね。」
苦笑して、ライはヴィーの頬から手を離した。
籠の上から布を取り去り、皿に乗った一切れのケーキを取り出すとフォークで掬って口に運ぶ。
「こんな時間だ。半分は食べてくれ。」
「わかりました。」
「これ、マーナが焼いたんだろう?」
「よく、わかりましたね。」
「こんな物、くすねるからバレるんだ。」
「喜ぶかと思いまして。」
「嬉しい。最高のプレゼントだ。」
「喜んで頂けて光栄です。」
半分食べたライがケーキとフォークを差し出して、受け取ったヴィーは静かにケーキを味わう。ふわりと口の中に広がる甘さに、ほっと息を吐き出した。
「懐かしい味だ。」
呟いて、顔が綻ぶ。
赤紫の瞳が揺らめき、涙が溢れて零れ落ちた。
ぽとぽと流れる涙を、ライが手を伸ばして指先でそっと拭う。
「ヴィー、私は、貴女が欲しいです。」
「それは前途多難な恋だな。」
「そうですね。壁がたくさんあります。」
「私は、貴方を嫌いではないよ。」
花が綻ぶような笑顔でヴィーはライを見上げて、それを目にしたライの顔は真っ赤に染まった。
ふふっとヴィーは笑い、右手の手袋を外してそっと、ライへと伸ばす。
「ヴィー、心臓が、壊れてしまいそうです。」
細い指先に頬をなぞられ、ライは碧い瞳を揺らしてヴィーを見つめている。赤く熱を持った頬に触れるヴィーもまた、ほんのり頬が染まっていた。
「私はどうしたら良いだろうか?」
「流れに身を任せる、というのはどうでしょう?」
「恐ろしい処世術だな。」
「そうですね。」
赤い顔の二人は微笑み合って、手袋をしていないヴィーの右手をライがそっと握り込む。
「私も、心臓が壊れそうだ。」
「お互い様ですね?」
赤紫の瞳と碧の瞳。二対の瞳が見上げた星空は、静かに瞬いていた。