森の中で
夕暮れの森の中を馬が駆け抜ける。
馬上には一人の男。丈の長い黒いマントのフードを目深に被り、腕には布に包まれた大きな荷物を抱えている。
男の仕事は腕の中の物を国に送り届ける事だった。手に入れた事で半分は仕事は終わっている。だが男は、この荷を奪う際に出会った出来事に激しく動揺していた。その為に、気付くのが遅れた。
布の塊が微かに動き、布を裂いた刃が男の体に入り込む。
小さな衝撃と痛みに男はフードの中で顔を顰め、布の塊の動きを止めようとしたが一歩遅かった。体に埋め込まれた刃は男の腹を真横に裂く。
それでもこの荷を落とす訳には行かない。男は赤く染まった刃ごと荷を抱え込み、馬上から滑り落ちる。布から突き出した刃は再び、男の体の違う場所へと突き刺さっていた。
「国に、お連れするだけです…どうか、刃をお収め下さい。」
地面に座り込み、男は布の塊へ語り掛ける。
体に埋め込まれた刃は片手で抑え込んだ。だが初撃の傷が深い。溢れる血を押さえる為に、男は布の塊から手を離す。
ごろりと布の塊は男の手から転がり落ち、血の染み込んだ隙間から小さな白い両手が現れて裂け目を広げた。
顔を出したのは子供だった。
夕陽に煌めくプラチナブロンドの長い髪に、赤紫の瞳。珍しい色の瞳が、腹から血を流す男を見据える。
「母上を殺したのはお前か?」
子供はもう一本刃を抜いた。先程の短剣はまだ、男の腹に深く刺さったまま。
「違います。ラミナ様は、他の者が。私はただ、あなた様をお連れしろと…」
「エルランか。お前には悪い事をしたな。」
子供は男に歩み寄る。男は理解を得られた事にほっと胸を撫で下ろし、止血をしようと腹の傷を見下ろす。だが男の目は驚愕により見開かれ、次の瞬間には体から全ての力が抜け落ちた。
男を抱き込んだ子供の持つ短剣は血に塗れ、その刃が、男の喉を裂いたのだ。
「不慮の事故で死んだ。二人共。」
呟いた子供は男から黒いマントを剥ぎ取り、少し迷ってから体に巻き付けフードを被る。動かなくなった男の体を探り、金になりそうな物だけを奪う。腹に埋め込まれた短剣も抜き取り男の服で血を拭ってから鞘に収めた。
「すまない。お前の主を殺してしまった。自由になるか、ここで死ぬか、どちらが良い?」
子供が振り返った先には先程まで男が跨っていた黒毛の馬。馬は静かに歩み寄り、鼻先を子供の頬へと擦り付ける。
「そうか。だがお前を連れては行けない。自由におなり。」
手を伸ばして鼻先を叩いた子供を馬の黒い瞳がじっと捉え、それを見つめ返していた子供は頷いた。
手綱を掴み、子供は馬によじ登る。なんとか鞍に跨ると、馬の首へと縋り付く。
走り出した馬が去ったその場には、プラチナブロンドの短髪が血を吸い、赤茶色の瞳を見開いた男の遺体だけが残された。