0.妹にされました
第2部始まりです。引き続き空行が少ない処理です。どちらが読みやすいかご意見をいただければ幸いです。
追記。評価pt御礼の本日2回更新の1回目です。2回目は12時を予定しています。
『学園』とは何か。
これについての答えはいくつもあるのだが、元地球人として私が答えるならばこの答えが一番だろうと思う。
――国立大学
日本のように、義務教育が定められ、高校はおろか大学進学率までも半数を超え、私立大学国立大学公立大学と選び放題な環境ではピンと来ないところだが、実のところ『大学を作る』のは国家プロジェクト級の大事業だったりする。
「学校作るくらいでそんな莫迦な!」と思うかもしれないが、考えてみて欲しい。
周辺諸国が次々と専門家を配し、軍事面でも経済面でも有利になっていく――そんな状況で「どうにかして追い付き追い越さないと攻め込まれるかも。経済競争に負けるかも」と思わないだろうか?
どんな国だって滅びたくはない。だから、もろもろの専門家の育成を成す大学の設立は、国が威信をかけて主導すべき重要課題である。
私が『学園』を国立大学と考える理由はまさにそれ。
潤沢な資金と有能な教師を多数揃えた専門家の育成を目的とした学校。それが『学園』――正式名称『アスミニア王立大学園』なのだ。
が、
「わかりまシた。ワタシがアスミニア王立大学園の学園長アナーク・ド・ナストの名で、リンゴ・ジュースサんの入学をお認めいたシまス」
「はい?」
私は『学園』の学園長室で首を目一杯傾げた。
「あの、学園長先生? リンゴの入学を認めるというのは、どういうことかしら?」
ニルにもわからないようで、顔に怪訝な表情を浮かべていた。
ニル暗殺未遂事件の翌日、私たちは予定通りにガーナ市から王都へと馬車を出した。
いくつかの村や町を経由しながらの小旅行。ポチが温泉街で痴漢行為まがいのラッキースケベを働いて吊るされたりニルが巨大なぬいぐるみを買い付けて来て私に抱かせて鼻血を吹いてみたりと、細かい出来事はあれど大事なく王都に着いたのが今日の昼前のこと。
ハゲさんの手紙を学園長に届けるべく『学園』へ向かう私に、せっかくだからとニルが付いて来たのだが……なぜ私の入学という話に?
「ソれをお話スる前に、ポートランド・ド・ゲルモンド君を呼んでくれまスか? 一緒に来ているのでシょう?」
絶やさぬ笑みに浮かぶ糸目と南部人の血から見える浅黒い肌が特徴的な二十代とも三十代ともつかない美人――アナーク学園長はポチをご指名だ。ますますわからない。
「ポチー? ちょっと入ってきてー」
「リンゴさん、何かあったんすか?」
と、学園長室のすぐ外で待っていたポチが入ってきた。
「さあ?」
「さ、さあって……?」
知らないものは知らないし。
「あらあら、本当にスぐソこに居たのでスね」
くすくす、と楽しそうに笑うアナーク学園長。
「あなたがポートランド・ド・ゲルモンド君で間違いありまセんね?」
「え、お、おうです。間違いねぇよ、です」
ポチにはそのうちみっちり敬語を仕込もうと決める。
せっかくこの国の言葉にも敬語があるんだから、使いこなせるようになるべきだ。いや、なれ。敬語帝国元日本人の名にかけて、ポチは「ごきげんよう」とか「お疲れの出ませんように」とかさらっと出てくるレベルの敬語マニアに育ててみせる!
「り、リンゴさん? なんか怖いこと考えてないっすか?」
ふふふふふ。
「ソれでは、リンゴ・ジュースサん同様、ポートランド・ド・ゲルモンド君にも試験が終了次第、入学をお認めいたシまス」
「「「はあっ!?」」」
私、ニル、ポチの三人の声が揃った。
「いやまあ、ポチはわかるよ。うん。十五歳だしハゲさん市長の一人息子だ。学を身に付けて貴族の学友を得るべき立場と思う」
「え、僕、やだよ。そんな暇があんならオヤジみたいにリンゴさんを支えられるくらい強くなるっす! だから、勉強なんてしたくないたたたたたたたたたた!? り、リンゴさんほっぺたちぎれる痛い痛い痛い!?」
「ハゲさんはああ見えて文武両道で交友関係が広いからみんな付いて来るんだよ。ちゃんと学びなさい」
「ふぎゃがががが!?」
学もツテもない脳筋お莫迦では名市長なんて呼ばれません。たとえ実の息子のポチでも、私の友人を安く見積もるのは許しません。
「というわけで、ポチの入学は保護者代理として全面的に賛成します。アナーク学園長、手続きや必要な費用があれば書類をお願いします」
「あと、リンゴ・ジュースサんは、でスが――」
「いえ、私は早くガーナ市まで戻らないといけないので」
私はガーナ市の安全を保証する存在なのだ。半端な理由で長期間市外に出ては、街が狙われかねない。だから、入学なんてできるわけがない。
「ソれについて、ハリランダ・ド・ゲルモンド市長からの手紙の中に、リンゴ・ジュースサんあての手紙がありまス。どうぞ」
と、アナーク学園長から差し出されたのは、三つ折になった一枚の上質な紙。
「ハゲさんからの手紙?」
「わたくしにも見せてくださいな」
「ぼ、僕にも僕にも!」
えーと……
拝啓、リンゴ・ジュース殿。雪解けの清水に春節を覚える今日の日を――っといけねぇ、筆を執るときのクセだ。時節の挨拶なんて要らねぇよな。すまん。
んで、本題だ。手短に書く。お前、入学していいぞ。前から『学園』がどういう研究やってっか気にしてたろ? 俺だってそんくらいはわかる。
ああ、市の防衛なんか気にすんな。元からおかしいんだよ。お前はヒトゴロシなんてできねぇはずの体質しててそんなこと好きでもねぇ。静かに暮らしたい隠者になりたいって昔から言ってたろ?
んなやつが市の防衛なんてしたいわけがねーんだ。市や俺らを大事に思ってくれてっから無理してるだけでな。
俺らは情けねぇことに、お前のゲロ吐くほどの献身の上であぐらかいて呑気に生活してたんだ。それも一年や二年じゃねえ、十年以上だ十年以上。この市のどんな名士だろうとそこまでしたやつは居ねぇ。こんな状況、許されることじゃねぇ。いや、誰が何と言おうとどんな手段に出ようと俺が許さんと決めた。
だから、俺はこの機にお前をしばらく追放することにした。
もし帰ってきても門を閉ざして絶対入れてやんねぇ。せめて卒業するまでは『学園』に居ろ。
それから……お前はもうちょっと大人を頼れ。俺は十五年前からお前の友人だが、保護者のつもりでもあるんだからな。
またな、親友。
――情けねぇ大人代表、ハリランダ・ド・ゲルモンド
「ふぐぅううう……良い話ですわぁああ……」
ニルが涙まみれでえらいことに。
「リンゴが……ひっく、リンゴが認め、られて……うぐぅうう……良かったですわ、良かったですの……うぇえええん」
あー、えーと、ハンカチですどうぞ。
感動屋のニルにびっくりして、感動するタイミングを逃しちゃったから冷静です。なんだろう、このビミョーに損しちゃった気分。
「――というわけでス。ワタシはハリランダ市長に助けてもらったことがありまス。たとえアスミニア王家からの要請でもリンゴサんを優先シ、可能な限り守ることを誓いまシょう。どうか、彼の望みを叶えてあげてくれまセんか?」
「いや、でも、私はこれでも二十三歳で――」
「ソもソも『学園』には入学年齢制限はありまセん。胸を張って入学サれた大人も大勢居まスシ、ハリランダ市長が同封シた身分証明書には『十三歳』とありまスよ」
「んなっ!?」
アナーク学園長から引ったくるようにして身分証明書を受け取り確認すると、確かに十三歳。しかも、名前は『リンゴ・ド・ゲルモンド』になっている。
ハゲさぁあああああああああああああん!?
「問題はスべて解決サれまシたね」
されてませんされてません。
「ま、待ってくれ! 学園長さん!」
と、ここでポチが声を上げる。
「ポートランド君、何でシょうか?」
「ひとつだけ……ひとつだけ尋ねたいことがあるんだ!」
おお、いいぞ、ポチ。何か言ってやれ! 言ってやれ!
「――リンゴさんには僕のことを『兄君』と呼んもらうべきか『お兄ちゃん』と呼んでもらうべきか、どっちにすりゃいいんだ!?」
「この莫迦ポチ野郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ほんげらぁああああああああああ!?」
学園長室の壁に赤いシミがちょっとできた。
「確かに……ゲルモンド家の第二子扱いとなれば、ポートランド君はお兄サんでスねぇ」
「こんな兄は要りません」
どきっぱり。
「リンゴ……」
「ニルもわかるよね? いくらなんでもこれはちょっと。身分詐称はともかく、十三歳でポチの妹扱いは――」
「――わたくしのことは『ニルお姉ちゃん』と呼んで欲しいですわ!」
「君もか!?」
かくして私は『学園』入学――という名の長期休暇を取ることとなったのである。